ある日の昼。相変わらず治安の終わり散らかしているキヴォトスの片隅で、先生が部隊を指揮している時のことだった。
「覚悟しろ! 規則違反者共め!」
イオリがライフルを構えて突撃する。先生からの指示を受け、それを後ろから援護するのはノノミだ。
「イオリさーん? あまり突っ込み過ぎないでくださいね~?」
ノノミの忠告を聞いているのかいないのか、「分かってる!」と叫びながら暴れ回るイオリ。その様子に少し苦笑いをしながら、先生が戦場を俯瞰し、様子を伺っていた、その時だった。
「解析、完了」
その言葉と共に、先生の背後から人影が歩み出た。足音一つ立てずに現れたそれは、戦場の中をまるで散歩でもするかのように、悠然と進み出る。
先生の「危ないよ! 下がって!」という警告も無視して進む彼女は、ブツブツと呟きを溢しながら、連続のバックステップで前線を引き下げたイオリへと歩を進める。
「13時41分20秒、戦闘中のイオリさんが退避判断を決行。普段ならばライン後退には極度に消極的、先生の指揮による影響と判断。
……既に敵勢力の解析は完了。現在最も大きい変数たる『先生』はイオリさんに不利益をもたらす可能性はごく低いと判断し、観測を中断。これより援護態勢に移行します」
そうして、イオリの隣に立った彼女……即ち永峯ヒナノは、体勢を立て直さんとするイオリの動きに同期するようにして拳銃を構えながら、言った。
「こんにちは。奇遇ですね、イオリさん。たまたま通りかかったので、援護させていただきます」
その声に、どうやらヒナノの存在に気付いていなかったらしいイオリは肩を跳ねさせる。
「うわっ!? お前、いつの間に現れたんだ!? びっくりさせるなよ!」
「了解しました。敵勢力の解析は終了していますので、いつでもご命令を」
イオリの文句を聞いているのかいないのか、ややズレた回答を返しながら銃を構えて待機するヒナノ。その姿にイオリはため息を吐くと、「じゃあ」と指示を出す。
「先生の指示に従って。先生の指示なら間違ってることの方が少ないから」
「拝命しました。これより永峯ヒナノ、先生の指揮下に入ります。適切な作戦指示を期待します」
冷徹な口調の中に、僅かに『圧』が混ざる。「イオリに余計な負担を負わせたら分かっているだろうな」と、そう言っているかのようだった。先生は固唾を呑むと、役割とできることを端的に確認する。
「基本の役割はポイントマン。スポッターの代行も可能。基本動作は観測・偵察・前線維持。できることはイオリさんのサポート全般」
先生の端的な問いへの、ヒナノの返答もまた端的であった。その回答を受け、先生は「一気に前に出て前線を確保しつつ、イオリの射線が通らない場所を潰していって」と指示を出す。
「把握しました」
「へー。さすがだね、先生。あの風紀委員の子、初見の人でしょ? やるじゃん」
カズサが戦闘の合間を縫って先生を茶化すが、先生は右手をひらひらと振って否定する。それを見てカズサはまた、口笛を吹きながら敵めがけて銃弾を放つ。
カズサの茶化しに苦笑いしながらヒナノを見遣ると、そこには障害物を蹴り飛ばし、投げ倒しながら、イオリの射線を通し、自分の攻撃位置を確保している姿。さらには、近づいてきた敵を殴り倒し、別の敵に向けて投げ飛ばす姿も。
「うわ、ガラ悪……。
でも、なんかあの戦い方、癖に覚えがあるな……なんだっけ」
「こーら、よそ見はダメですよー!」
「あっ、ノノミさん、ごめんごめん」
引っ掛かりを覚え、引き金を引きながら少し思索にふけるも、それをノノミに注意されるカズサ。ササッと先生から離れて戦線に戻る。
それを見つつ、シッテムの箱の機能での戦場サポートに戻る先生。……と、その時。イオリから見て五時の方向、死角となる物陰からイオリを狙う銃口が見えた。
咄嗟に「カズサ、ノノミ! イオリから見て五時の方向に増援!」と指示を出す。二人も素早く反応し、銃口を向けるが、一歩遅かった。引き金が引かれる。
――ダダダッ!!
……しかし果たして、その銃弾を受けたのは、イオリではなかった。引き金が引かれるより数瞬早く、ヒナノが間に割って入り、射線を切ったからだ。
「えっ?」
「は?」
ノノミとカズサの思考が、一瞬止まる。先生も同様だった。ヒナノは先程まで、
「
左前腕部に裂傷、さらに跳弾により額部、左肩部に擦過傷、挫傷を確認。出血あり、戦闘続行に支障なし。
イオリさんの射線、確保しました。制圧を続行します」
だが事実として、ヒナノはそこにいた。なんでもないことかのように、自身の損傷を淡々と報告し、右手に握るH&K USP.45タクティカルをリロードする。
「ひっ……!? これ喰らって怯みすらしないのかよ! バケモンが……!」
銃弾を当てた本人であるヘルメット団員が恐怖する。が、その直後、全員から集中砲火を受け、ヘルメットを破壊されて気絶。どうやら彼女で最後だったらしく、後には静寂が残った。
「おい、またやったのかお前! 全く……ほら、さっさと帰ってチナツかセナに見せるぞ」
「イオリさんの障害は排除しましたし、創傷も軽微です。なんら支障はありません」
左腕から流れる血を拭い、淡々と告げるヒナノ。そのやはり少しズレた噛み合わない回答に、イオリは頭を抱える。
「支障とかそういう問題じゃな、あぁもう……!」
ガシガシと頭を掻いて苛立ちを露わにするイオリ。すると、いつの間にか隣にやってきていた先生がイオリを宥める。
「先生? ……ああ、後衛にセリナがいたっけか。じゃあ、よろしく頼む。こいつ、自分が傷ついても無視すること多いからさ」
先生は頷く。そして、ヒナノに対して「久しぶり。元気だった?」と挨拶をする。
「……? 表層記憶には過去先生と遭遇した経験が残されていません。確認します。
……はい。確かにお久しぶりです、先生。では」
そう言って軽く会釈をして横を通り過ぎるヒナノ。どうやら本当に先生自体には欠片も興味がないらしい。通り過ぎた先で無表情でセリナの処置を受けるヒナノの姿に、先生は苦笑いだ。
「はぁ、本当にこいつは……」
「ん~、随分と独特な方ですね~?」
「うーん、こういっちゃあれだけど、変な人だね……機械染みてる」
ため息を吐くイオリの横で、苦笑いをしながら感想を述べるノノミとカズサ。先生も正直に言えば二人に同意するところなのだが、一応善意の第三者であり躊躇なく戦線に参加してくれた助っ人たる彼女に対し、わざわざそれを言及するのは何となく少し気が引けた。
「ああ、二人は初めて会う……初めてだよな? 初めてってことにしとくぞ。
こいつは永峯ヒナノ。私の同級生で風紀委員会の部下。気味が悪いけど優秀なポイントマンで、よく私の補助をしてくれてる。異様に多趣味で特技は近接格闘術。察してる通り変なやつだし、あんまり喋ることも多くないやつだけど、よろしくしてやってくれ」
「わあ、そうなんですね~☆ 私はアビドス高校2年の十六夜ノノミです! よろしくお願いしますね、ヒナノさん♪」
「トリニティ総合学園1年、杏山カズサ、よろしく。なんか知らないけど、あんたと会うの初めてな気しないんだよね。私は一応初対面のつもりだけど、どこかで会ってるかもしれないね」
ノノミが満面の笑みで手を取って握り、カズサが不器用に笑いながらナンパ師のようなセリフを吐く。
「……はい」
「いや挨拶しろよ」
それを無言で見つめ、そして興味なさげに相槌を打ってイオリに振り向くヒナノ。イオリが呆れ顔で突っ込むと、ヒナノの反応は神速だった。
「失礼しました。改めて自己紹介を行います。
永峯ヒナノ、ゲヘナ学園風紀委員会所属、2年生。役割はポイントマン。使用武装はハンドガン。趣味は人間観察、精密射撃、読書、ゲーム、筋トレ、レスリング、卓球、登山、天体観測、絵日記、DIY、タロット占い、動画配信、6弦ベース、ビオラ。特技はCQC。よろしくお願いします」
「……とまあ、こんなやつだ。よろしく」
イオリがパシパシとヒナノの後頭部を軽く叩く。彼女が喋り終える頃には、ヒナノは既にメモ帳と万年筆を取り出しており、一心不乱に何かを書き記していた。ブツブツと呟いている内容に耳を傾ける限り、やはり書き留めているのはイオリの事についてのようだ。
「14時19分02秒、先生の指揮下においてイオリさんの戦闘ルーティン変化記録終了……変数『先生』の観測必要性を確認。
また、トリニティ総合学園所属杏山カズサ、及びアビドス高等学校所属十六夜ノノミとの知己を獲得。共闘・観測結果から、イオリさんへの影響力は低レベルと推測できるものの、皆無ではない為、観測対象に追加。優先度評価、脅威度評価は共に低……」
苦笑と共に、思わず「……やっぱり、変わった子だね」と口をついて出てしまった先生に、その場の全員が同意せざるを得なかった。
永峯ヒナノ、情報更新
| 名前 | ヒナノ |
| フルネーム | 永峯ヒナノ |
| 武器種 | HG |
| 学園 | ゲヘナ学園2年生 |
| 部活 | 風紀委員会 |
| 年齢 | 16歳 |
| 身長 | 169cm |
| 誕生日 | 9月20日 |
| 趣味 | 人間観察(特にイオリ)、精密射撃、読書、ゲーム、筋トレ、レスリング、卓球、登山、天体観測、絵日記、DIY、タロット占い、動画配信、6弦ベース、ビオラ |
| 基本情報 | |
| ゲヘナ学園所属、風紀委員会のポイントマン。 徒手格闘と異種二丁拳銃を組み合わせた独特の近接戦闘を得意とする、前線維持のスペシャリスト。 観察力に長け、無鉄砲なイオリのサポーターとして戦場を駆けることが多い。 だが、どうも彼女に向ける視線が異様だとの風紀委員会での専らの噂となっている。 | |
| 愛用品 | |
| 使い古した万年筆 | |
| 詳細 | |
| ヒナノが記録を書き留めるためにいつも使っている、使い古した万年筆。 とても大切に扱っているのか、状態がかなり良い。 |