肉を引き裂かれる痛みを知っているだろうか。
体の中を蚯蚓のように這われながら食い破られる痛みを感じたことがあるだろうか。
そんな物が陳腐に思われる世界で生きることを考えることがあっただろうか。
なあ、過去の俺よ。今の世界は地獄そのものだ。仲間の意味もわからなくなって、摘出者だのと呼ばれて化け物を殺せと命令されて、それに従う他ない世界。
人類の生存も危ういこの世界で俺だけが死から遠ざかっているんだと歓喜まじりに上官らは言っている。
なあ、過去の俺よ。こんな肥溜めなんていう表現じゃ足りないくらいクソッタレな世界で生きたいと思えるか。
少なくとも俺はもう死ぬことを諦めたよ。
地響きと共に意識と視線が引き上げられる。
廃ビルの窓から見える一軒家ほどの大きさの恐竜の形をした化け物。そいつの体からは無数の触手が生え、一つ一つに目がついているかのように周りの建物や隙間を調べている。
ビープ音が骨を介し頭に響く。
「貴方の周辺に寄生型の来訪者がいるのは見えているはずです。それの情報は」
「煩い、そんな定型文を送るくらいならもっとマシな冗談を言え。例えば、世界は必ず平和になりますだの、戦いは終わりますだの」
思考を直接送ることができる事に今程感謝する事はない。口うるさい指令はもうウンザリだ。談笑の方がまだ良い。
「すみません。ユーモアもなく、情報も与えられず」
「構わん。君は新入りだろう。それにやつの体型は初のタイプだ。典型パターンしか言うことは無いだろ。だが、周辺の反応はチェックしておいてくれ。俺の注意が散漫になる可能性がある」
「分かりました。かの不可死のサポートをやり遂げてみせます」
再びビープ音が鳴り、通信が終了する。
不可死。もう呼ばれ始めて何年だ。数える気が起きない。もうウンザリなんだよ、死ねないのは。どいつもこいつも死ねない事をこれ以上ない幸運だと言う。
ため息を吐いて頭を冷やす。
仕事をしなければ。唯一、俺が誇れる事を。誇らなければならない事を。
来訪者はまだ俺のいる建物には触手を伸ばしていない。気づいていないならこちらから奇襲をかけるべき、だが奴の本体を観測できないことには不意を突かれることもあり得る。
だが、そんな回りくどいことは必要ない。
手に握ってある背丈ほどの棒を握りしめる。それを合図に体の中に鉱物と生物の性質が混じった触手が侵入する。
ミチリと音を体内に響かせながら体の奥へと進む。肉を引き裂く痛みが神経を通じて伝わり、膝が少し震える。
他の奴らは神経が死んでこれも感じなくなるんだったか。羨ましいなあ。ちゃんと死に向かえて。
触手の侵攻が止まり、棒を見やる。すると棒は2.5メートルほどの大剣へと姿を変えていた。
「今回はこれでなんとかしろと。機嫌が良いな」
そう言って撫でると少し跳ねた。
剣には結晶型の特徴もある。それなら早く終わるだろうか。
スーツにある申し訳程度の消音、隠密機能を使い、足を壁につける。
剣を横たわらせ、床と水平に。
「さあ、踏み込もう」
今度は建物の中に響くくらいの大声で。
壁に対し全力で踏み込む。それとほぼ同時に壁が砕ける。瞬きにも満たない時間で奴に肉薄し、大剣を横薙する。
草のように簡単に上下に二分される。だが、触手の動きは止まらない。
隠密も破られ、触手は俺の体に食いつこうとする。
響くビープ音を無視し、大剣を振り回し切り落とす。前方の触手を全て切り払い、視界が拓ける。でも、それも一瞬。切った端からまた襲い来る。
もう面倒だ。
足が地面に着く。それと同時に腕を広げ、触手を受け入れる。それらは突き刺さり体を侵していく。
そして、俺を宿主とする奴はそれに怒りそいつらを喰らおうと暴れる。
その余波により痛みが全身に広がる。生えている他の触手が全て俺に向かい、俺を喰おうとする。
それらを手で引っ掴み、伸びている先を見る。
そこか、核は。突き刺さる触手を引きちぎり、伸びている先に素早く向かう。逃がすものか。
伸びていた先に剣を振るい、先ほどとは違う固い感覚が伝わる。結晶型の性質の作用により刃が回転し、核の外殻を削る。食い込んだなら、終わりだ。
力の限り剣を振るい核を断つ。
下半身側にある核を破壊すると、上半身側も叫びながら活動が停止した。
巨体が支えを失い地面に打ちつけられて土煙りが俺を包む。体に刺さった触手が食いちぎられ、体の再生が始まる。
ビープ音。また無視しようとした、その時だった。
「もう一つ動いています。恐らく先程の奴の上半身です」
頭を二度指で叩いて応答の意思を伝え、煙を抜ける為に走る。その先には、車ほどの触手を地面に向けて伸ばし足とする恐竜の上半身があった。
不均衡が過ぎるその見た目に思わず顔がしかむ。
「おい、周りの追加反応は調べられるか」
「はい。貴方を12とし、3、7、5の方向。距離は順番です」
全部で四体か、どのタイプが来ているかまでは目視しない事には分からない。
結晶型と寄生型の組み合わせも考えるべきか。
ひとまずあの珍獣から仕留める。
あの太い足ではあまり速度は出ないだろう。幸いもう体は治っている。無理をしてもいいか。
体内の存在に呼び掛け、力を要求する。身体全体を折り畳まれるような痛みが一瞬走った。痛みで酩酊した頭は再生力により回復し、視界は晴れている。
代わりに握っていた大剣は姿を消していた。
「今日はこれ以上無理と言うのか。貧弱な」
その言葉を理解したのか拳に鉄板のような物体が生える。
「出し渋るな、いつもそう言っているだろう。痛いものは痛い。なるべく短く、少なく済ませたい」
軽く踏み込む。それだけで地面のコンクリートが砕け、体に慣性力がかかる。
あの形になるような奴は見た事がない。初めから一つの個体に、二つの核の反応がある訳ではなかった。
なら、俺が両断した時に分裂したのだろうか。そうであったのなら他の部隊が同系統の個体と当たった時にする苦労は計り知れない。
一度で核を射抜ける武装があるなら別だが、大体は手探りで探す事になるのだから。
であるなら、俺の今の目は幸運他ならない。核がサーモグラフィを通した人間のように赤く見える。
奴の前へと出て進路を妨げる。方向転換し、仲間の所へ向かおうとしているのか。
踏み込み、空へ飛び上がる。その勢いのまま奴の体を貫く。
拳に突き刺さった核を粉微塵にし、奴が沈黙したことを確認する。
休んでばかりはいられない。
まだ、三方向から地鳴りのような足音が聞こえてくる
目視できる距離にようやく来たな、不法侵入者共。一人残らず粉微塵にしてやる。俺の痛みの分それ以上を返す。
蜘蛛のような体躯全てが鉱物でできた奴。類人猿に馬の頭。後は食虫植物に甲虫が取り込まれたような姿。どれもこれも戦前の一軒家ほどの体躯を持っている。揃いも揃って人間が嫌悪を抱くような姿をご丁寧にとっている。
後どれだけ俺が保つかは分からない。早く片付けないと。
走り出し、蜘蛛の足を叩き折ろうとする。しかし、蔓に絡め取られ、馬猿に頭を殴られる。
視界が明滅し、意識が消し飛びそうになるのを体の中の痛みが引っ張り出す。
「殴り、やがって。これ以上頭がおかしくなったらどうしてくれるんだ」
力を入れ直し、何とか引きちぎり、植物の頭に突貫する。ウツボカズラのような頭が下がり、その誘いに乗る。
その中では甲虫部の口がカチカチと動き、俺を食い殺そうと迫っている。
殴り砕こうとしたが、甲虫の顔までが口として開く。
左腕を差し出し、それだけを食わせる。一本の紐が断面から出ているのを確認し一言念じる。
「孵れ」
甲虫の顔から胴までが砕け、肉片と液体が飛び散る。酸性だったのか、皮膚が軽く焼けてしまった。
筒から出れば、天を突く巨木の様な腕が悠悠と聳えるのが見える。
動き回っていた蔓も地面にへたり込み、微動だにしなかった。
蜘蛛と馬猿が前後から迫る。
蜘蛛の方が素早く、その鎌の様な脚を振り回す。
だが、妨害がないなら避けることは容易い。前方へ進み、脚を掻い潜りながら奴の頭上に乗る。
金切り声を上げ、脚をばたつかせている蜘蛛。
「耳が痛い、もう黙ってくれ」
全力で拳を振りかぶり、頭を砕く。置き土産なのか、背丈程の結晶が奴の体内からこちらに飛び出してくる。
結晶が射出されるまでに馬猿を射出口の前に誘導し、異音が鳴り止んだと同時に飛び上がる。
結晶は衝撃波と共に馬猿の体を貫き、向かいの廃墟に奴を磔にした。
文字に起こし難い鳴き声を上げながら刺さったものを抜こうと躍起になっている。
肘から先からが抜け落ちた左腕が途端に前に掲げられ、体内の存在がそこに集中しているような感覚に襲われる。そして、背中に悪寒が走り出し、体から力が抜けていく。
断面からは、体の体積を無視していると思える数の触手が現れ奴の体を飲み込んでいく。
ふらつきに耐えられず、地面に目線が落ちる。硝子を破砕する音、肉を引き裂く音が止んだ後にはもう奴の体は一欠片も残っていなかった。
それと対照的に、無かった筈の左腕は元通りになっている。
また勝手に食ったのか。もうこればかりは打つ手がないのだろうか。意思に関わらず、再生への補填へ回そうとする。
とんだ悪趣味だ、自殺しようとすれば周りの人や建物だろうと食い始めるかもしれない。それが嫌なら砂漠にでも行けばいい。でも、そんなことは最初からコイツがさせてくれない。
左腕を力一杯に握り締めて、歯噛みする。しっかりと感覚も復元され、滲むような痛みを感じる。
そんな事をしながら、思念を送る。
「もう、反応はないか」
「はい、半径300メートルに来訪者の反応なし。緊急撃破要請の対象も居ません」
「帰還は命じられたか」
「今確認を・・・・・・はい、正式に帰還命令が不可死殿に下されました」
「分かった。帰還する」
蜘蛛の死骸を引き摺りながら、シェルターまでの長い道を歩く。
結晶型の死骸は原則回収。これで死人が出たらどうするんだ、と俺が考えるのはお門違いか。
長い間従軍しているが、人を資源と見る目が本当に多い。人類はもう戦前の半分もいないんだぞ。そんな事をし続ければ自分たちで首を絞めることになる。それは理解しているのだろうか。
廃棄された建物がそこかしこに緑の植物を纏っている。人類存亡の危機、そんな事がどうでもよかった日が懐かしい。人類が減っているのに、乾パン一つで言い争いが起こっている。そんな事を意にせずただ健やかに育つ植物が羨ましい。
奴等の環境支配がこの辺りには進行していないから言える事か。そうなれば、植物でさえ養分を取り合うんだろうからな。
誰にも聞き届けられない筈の愚痴。なのに、体の中のモノはそれに対して応答するようにビクリと蠢く。
お前じゃなくてちゃんとした人に話を聞いてもらいたいよ。
帰路は特に何もなくただのハイキングだった。
シェルターの入り口にある認証を通過して、濾過され切った空気が体の中に入る。外とは違う清潔感が、暫く見ていない曇り空の様に重く感じられる。
死骸を搬入し終えると共に、断頭台の様に素早く扉が閉められる。
「おお、これは有り難い。綺麗に心臓部のみが砕かれ、武器である外殻が綺麗に残っている。資源搬入も優れているとは素晴らしい」
白色の作業服を着た見慣れない男が後ろの死骸を見ながら気分よく話していた。
「見ない顔だな。新人か」
「はい。第五支部からの異動で今日付でここA区第一支部配属になりました、レオンです。来訪者の研究や技術開発をしておりました。今後ともよろしくお願いします。英雄殿」
そう言って彼は手で敬礼をし、はにかんだ。
「英雄だなんて、よしてくれ。ただ死ねないだけなんだから」
「ご謙遜を。戦前に居た熟練の兵士が軒並み殉職した戦場を単騎で制圧したという事実はしっかりとあります。それを見ないふりはできませんよ」
見ないふりはできない。その言葉が今日殴られた時の痛みよりも重くのしかかった。
「俺も仕事に戻らなくてはならない。君も仕事に戻ってはどうかな」
彼はその言葉に焦ったのかそそくさと俺から離れ、死骸を運搬用の檻に入れる為の作業に戻っていった。
俺はどこに行けばいい。そう思念を送り応答を待つ。少し歩きでもしようかと思った矢先に返答が来る。
司令官の元へ向かえ。
合成音声を使った平坦な声色が頭の中に響く。あの狐男の事だまた何か企んでいるんだろう。
司令官の部屋に着き、ノックをする。
「特待兵士、登録名不可死。ここに参りました」
扉が自動で開き、中の様子が露わになってくる。中は今まで通ってきた通路の白とは正反対の黒々とした壁に囲まれ、壁に沿い配置されている棚には戦前の銃火器が飾られている。
正面には上等な布で作られたであろう背を向けた椅子と、黒檀色の木材で作られた机が見え、その上には夥しい数の書類が積まれている。
「ここまでご苦労。さあ、話そうか」
背を向けていた椅子が半回転し、俺に声の主の姿を見せる。真っ黒なスーツと白色のシャツに、青色のベレー帽を被った男がそこにはある。
「この私、それとこの世界の進退について」
面白かったり、琴線に触れたのなら評価、感想という形にしてもらえると分かりやすいのでありがたいです