異世界で復讐心に囚われてはいけないはずが仲間の暴走を止められません!!   作:ナイ神父

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1 エドワード・カトライトという男

 

「…………っ……あ が…………」

 

 意識の浮上は、泥の底から這い上がるような不快感をもたらす。

 肺に焼き付いた塩水によって起こる痛み、喉を焼くような渇き。そして、何よりも脳を内側からゴリゴリと削り取られるような、あまりにも巨大な「記憶」の濁流。

 

 ────「俺」は、「私」だったはずだ。

 【エドワード・カトライト】氷雷の英雄と呼ばれ、信頼した仲間たちに裏切られ、冷たい深海へと沈められた男。

 だが今、俺の脳内にはそれとは全く異なる「俺」の断片が、火花を散らしながら結合していく。

 

(……なんだ、これは。スマホ?ソシャゲ?課金ガチャ?レジェクロ……?)

 

 眩暈に耐え、重い瞼を押し上げる。

 視界に飛び込んできたのは、見知らぬ木造の天井だった。

 時折聞こえる砂を打ち付ける潮の音、微かに鼻を突く薬草の匂い。身体を動かそうとすると、全身を走る激痛に思わず息が止まる。

 ふと自分の身体を見れば、ボロボロだったはずの服は脱がされ、胸から腕にかけて隙間なく清潔な包帯が巻かれていた。

 

「ここは……どこかの、小屋か……?」

 

 漏れた声は自分でも驚く程にひどく掠れていたが、無意識に選んだ言葉は対外的な「エドワード」としての丁寧な口調だった。

 俺を救った誰かがいる。その事実に安堵するよりも先に、頭の中に定着した「前世」の記憶が、警鐘を鳴らし始める。

 

(落ち着け、考えろ、整理しろ。死ぬ間際、俺は海底で何かに触れた。そこからだ、馬鹿げた記憶が混ざり始めたのは。──いや、違う。混ざったんじゃあない【思い出した】んだ)

 

 「私」が今の今まで生きていたこの世界。

 剣と魔法、神と魔王、そして数多の未知に溢れ、悪の陰謀渦巻くこの【エテルノス】という世界。

 それは、前世の記憶で画面越しにプレイしていた、とある一つの作品。スマートフォン向けRPG【レジェンダリア・クロニクル】の世界そのものだった。

 ファンタジーのテンプレートを全て掻き集めた闇鍋、節操のない設定。キャラのモチーフだけは童話や小説から取っているが、ソシャゲの性質上継ぎ足し継ぎ足しされた歪な世界。

 

 そして、その物語における「エドワード・カトライト」という男の立ち位置は────

 

(……いやいやいや、冗談じゃ無いって!!笑えないってぇ!!)

 

 エドワード・カトライト

 1部では主人公の過去回想、及び別の国で若き非業の死を遂げた英雄として名前のみが登場し、2部では別人として現れ主人公達の協力関係となる。そして、レジェンダリア・クロニクル最終章と銘打たれた3部において、本性を露わにし、全てを憎み、世界を焼き尽くすために舞い戻る大ボス。

 

 別名、ヴィクター・ロードワード。

 この世界エテルノス内の6大陸中3つの大陸を消滅させ、物語のヒロインたちを冷酷に殺害し、最終的に主人公と刺し違えて死ぬ、救いようのない復讐の権化。

 ベッドの横にある横にあった鏡を凝視する。何度繰り返して見てみてもその蒼い長髪、燃え盛る黒煙の瞳、何よりゲームで何度も見たその顔は、紛れも無くエドワード・カトライトのモノだった。

 

「──俺が、あの化け物になると?あんな誰にも救われずに憎しみの中で果てるだけの、舞台装置に?」

 

 復讐?ああ、したいに決まっている。俺をハメたユウフェル、ダングス、ヴィンセント。

 あいつらの面を思い出すだけで、はらわたが煮えくり返る。裏切りを知った瞬間の絶望は、今も肌を刺すように生々しい。

 だが──。

 

(……復讐?いや、御免被る。あんな連中のために、俺の新しい人生をドブに捨てるなんて、それこそあいつらの思うツボじゃないか)

 

 俺は、ヴィクターに、世界を滅ぼす復讐者にはならない。

 記憶を思い返して冷静になれた今、復讐という負の連鎖に身を投じて、挙句の果てに世界と心中するなんて馬鹿げたシナリオ、こちらから願い下げだ。

 俺には「プレイヤー」としての視点がある。この最悪な現状を客観視できるアドバンテージがある。なら、選ぶべき道は一つだ。

 

「……まずは、現状の確認か。生きていなければ、何も始まらない」

 

 俺は痛む身体を無理やり起こし、ベッドの脇に置かれていた水差しを手に取った。

 焼け付いた様な痛みの喉を潤しながら、前世の記憶を頼りに「この世界の法則」を呼び出す。

 

「記憶だと、こうか? 『ステータス表示』……いや、出る訳が無いか」

 

 空中に伸ばした手に多少の恥ずかしさを覚えながら首を振る。ゲームの様なシステムウィンドウは、今の俺には見えない。だが、魔法は別だ。

 

「それじゃあ此方はどうだ?護れ〘薄氷魔術・蓮葉氷(グリース・アイス)〙」

 

 呟きに呼応するように、手のひらの先に冷気を纏った半透明の氷の板が現れる。どうやら魔法は問題なく使用できるようだった。

 

(問題なく使える……。よし、まずは外へ出よう)

 

 壁を支えに立ち上がり、ふらつく足取りで小屋の扉へと向かう。

 扉を開けると、目に飛び込んできたのは眩い陽光と、凪いだ青い海だった。

 数時間前、俺を飲み込み、殺そうとしたあの狂暴な波が嘘のように大人しい。

 

「……静かなものだな。あれほど俺を拒絶したはずが」

 

 寄せては返す波を見つめていると、胸の奥がキュッと締め付けられるような痛みに襲われる。

 心配だ、俺が死んだと思わされているであろう、愛しい人──メルセデスのことが。

 今すぐにでも彼女の元へ駆けつけ、無事を知らせて、あの優しい腕に抱かれたい。あの笑顔を、ぬくもりを、愛を、感じたい。陽光の中にいるような、今の感情とは真逆の彼女に。だが────

 

「……っ、いや、ダメだ」

 

 俺は、強く拳を握りしめた。

 行けない。会いに行くわけにはいかないのだ。

 脳内にある「レジェクロ」の知識が、残酷な事実を俺に突きつけてくる。

 

(メルセデス……君と、あの裏切り者のユウフェル……。君たちが、この物語の()()()()()()になるんだよな……)

 

 それは、3部の終盤で明かされる衝撃の真実。両親を殺された主人公が仇であるヴィクターを調べる過程で知るソレは、当時のプレイヤーからは『はいはいヴィクター、全部ヴィクターが悪い』と言われる程に全ての悪の元凶がヴィクターだと流される程度の事ではあったが、当事者になれば事情も変わってくる。

 

 もし俺が今、メルセデスの元へ戻ればどうなる?

 ユウフェルは俺を殺そうとさらに執拗な策を弄するだろう。メルセデスを巡る争いは激化し、歴史は歪み、本来生まれるはずの「世界を救う主人公」の存在すら危うくなる。ヴィクターには劣るといえ1部ボスの魔王も2部ボスの神様も彼等以外ではどうしようも無い程の強敵である。

 ───何より、俺が彼女の傍にいる限り、道順が違うとしても、彼女の為に俺はヴィクター・ロードワードへの道を歩まざるを得なくなる。

 

「……すまない、メルセデス。君を……君の未来を、俺が壊すわけにはいかないんだ」

 

 例えどれほど愛していても。例えユウフェルを殺したいほど憎んでいても。

 彼女の幸せと、この世界の存続を天秤にかければ、俺が身を引くしかない。

 俺は死んだ。エドワード・カトライトという男は、この海で果てたのだ。

 

「……悲しんでいられないな。今の自分に、どれだけの『力』が残っているのか、確かめなくては」

 

 俺は無理にでも未練を断ち切るように海へ向き直り、指先に意識を集中させた。

 氷の魔術ではない、エドワードが誇ったもう一つの極致──

 

「──堕ちろ〘黒雷魔術・天雷(テンライ)〙」

 

 手の動きに合わせ魔法陣の先で、バチッ、と黒い火花が腕を駆け抜ける。その火花は天へと高速で駆け抜け、そして厄災の様に天より降り注ぐ。

 

「これは…凄いな、今までとは桁違いの威力だ」

 

 驚いた。以前なら、全魔力の半分を注ぎ込まなければ発動できなかった奥義が、呼吸をするよりも容易く顕現している。

 天より幾本もの黒い稲妻が放たれ、海面を鋭く切り裂いた。

 

「身体能力も、魔力量も、以前とは比較にならない。これが……ラスボスとしての才能だというのか?」

 

 なら、さらにその「奥」にある力はどうだ。

 海底で触れた、神話の次元に属するあの力。ゲームにおいて、その力を使い世界を崩壊させようとしたヴィクターの究極にして終の力。

 

「包め、〘星蓋魔術(せいがいまじゅつ)───〙」

 

 その言葉を紡いだ瞬間、世界が静止した。

 頭上に、空を覆い尽くさんばかりの揺り籠にも似た巨大な「幾何学模様の天蓋」が展開されようとする。

 それはただの攻撃魔法ではない。

 星そのものに蓋をし、その内側にある事象、生命、情報の全てを支配し、搾取するための終末概念。

 

「……っ!? 待て、マズい、これは危険すぎる!!」

 

 その力のほんの欠片を呼び出そうとしただけで、脳が沸騰しそうなほどの情報量が流れ込んできた。

 何千、何万キロ先の風の動き、地脈を流れる魔力の奔流、世界中に散らばる生命の鼓動。

 それら全てを『管理者』として処理させようとする情報の津波。

 

「止まれ!!キャンセルだ!!止まってくれ!!」

 

 俺は悲鳴の様な声を上げながらMPの供給を無理矢理に断ち切った。

 空がくだけ天蓋が霧散し、現実の空が戻ってくる。

 俺は砂浜に崩れ落ち、激しく嘔吐した。視界は真っ赤に染まり、耳鳴りが止まらない。

 

「はぁ……クソッ、死ぬかと思った……。こんなもの、人間が扱っていい情報量じゃない……」

 

 だが、その激痛の最中。

 暴走した情報の一部が、俺の脳内にあった「前世の記憶」を雛形にして、急速に整理されていくのを感じた。

 

(……ああ、そうか。多すぎる情報は、『型』に嵌めればいいのか)

 

 脳が勝手に、世界から奪った全てのデータを「俺が最も理解しやすい形」へとレンダリングしていく。

 チカチカと網膜に光の文字が浮かび上がった。

 

【名前】:エドワード・カトライト 18歳 Lv500

【固有スキル】:復讐の徒(ヴェンジャンス)

・味方の復讐者のステータスを強化する

【ステータス:星蓋解析による限定表示】

・HP:1480000/1500000

・MP:∞

・状態:記憶統合による脳過負荷(中程度)

【所持魔法】

・薄氷魔術

・黒雷魔術

・星蓋魔術(MP中断により機能制限中)

 

「……っは、はは……ステータス表示か。さっきは出なかったのに、無理やり魔法で情報を引き抜いたら、こうして見えるようになるのか」

 

 俺は震える手で顔を覆った。

 皮肉なものだ。世界を滅ぼすための力が、今の俺にとっては「現状を把握するための道具」として機能している。

 

 「それにしても何だこの数値、確か主人公達で1〜2万とかじゃ無かったか?」

 

 明らかに異常な数値、恐らくはラスボス様に設定されたモノと同値なのかもしれないが、そこまで詳しく知っている訳では無い。

 

「……復讐はしない。ユウフェル、お前には勝手に英雄の父になってもらう。ダングスも、ヴィンセントも……お前達の顔は二度と見たくないが、わざわざ殺しに行く手間も惜しい」

 

 俺は立ち上がった。身体を包む包帯が風に揺れる。

 

「俺の目的は、復讐に囚われることではない。この理不尽な力を飼い慣らし、俺が俺として、この世界でただ生き残ること。……たとえ世界が私をラスボスとして望んだとしても、私は私の平穏(ハッピーエンド)を掴み取ってみせる」

 

 エドワード・カトライトとしての英雄譚は、あの海で終わった。

 今ここにいるのは、運命という名の脚本を破り捨てた、ただの「生き残り」だ。ならば、少しは自分の為に生きても良いだろう。

 

「……さて。まずはこの怪我を治さなくてはな。……おーい、どなたか居ませんかー? 助けていただいたお礼を、まだ言えていませんので!」

 

 俺は丁寧な口調を取り戻し、自分を救ってくれた「誰か」を探して、一歩を踏み出した。

 空はどこまでも高く、俺の新しい人生を祝福するように晴れ渡っていた。

 俺──エドワード・カトライトの、二度目の人生。

 それは、最悪のラスボス候補が、最高に平穏な結末(ハッピーエンド)を掴み取るための、血塗られた歩みの始まりだった。

 

◇◆




用語解説【レジェンダリア・クロニクル】
よくある異世界ファンタジーを使ったソシャゲ

世界名がエテルノス

冒険者ギルド、魔法、スキル、亜人、モンスター、王族、貴族、陰謀、闇の組織、魔王etc…むしろ逆に最近珍しい全部盛りの頭が悪いソシャゲ

他と違うところを挙げるならばキャラのモチーフが童話や有名小説から来ている事だが、あくまでモチーフなだけで全然元ネタからは乖離しているキャラが多いし名前も関係ない為あくまでモチーフ、一応エドワードもモチーフはある

仲間はストーリー加入キャラ以外はガチャ形式での入手かイベント配布のタイプ

そのため初心者冒険者の時点で魔王国王神様主人公の様な馬鹿の考えたパーティーも可能

1部が全3章でラスボスが魔王、2部が全5章でラスボスが神様、3部が全4章でラスボスがこのエドワードことボス名ヴィクター・ロードワード。魔王と神様より後のボスって何だよ(迫真)
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