異世界で復讐心に囚われてはいけないはずが仲間の暴走を止められません!!   作:ナイ神父

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2 錫の心臓、呪いの屋敷

 

「────誰も、いないのか?」

 

 声を張り上げてみたが、返ってくるのは相変わらず繰り返される波の音と、風に揺れる木々のざわめきだけだった。

 俺を救い、包帯まで巻いてくれた「誰か」は確かにいるはずだが、周囲に人の気配はまったくない。そもそも、この島は一体どこなんだ。以前の俺「エドワード」としての記憶を探っても、この海域に島があるなんて話は聞いたことがない。

 

「……そうだ、さっきの『あれ』が使えるか」

 

 俺は意識の端で、脳内に定着したシステムウィンドウを呼び出した。

 星蓋魔術の暴走によって強制的に引き抜かれた世界の情報。それが俺の前世の記憶にある「レジェクロ」のUIへと書き換えられているのなら、あの機能もあるはずだ。

 

「『マップ表示』…よし、出た。案外素直に動いてくれるようだな、この力は」

 

 視界の右隅に、半透明の円形マップが展開される。

 そこには俺が今いる場所が赤い点として表示されている。これならばとマップを縮小していくと、この島がどこにあるのかが判明した。

 

ここは六大陸の中央付近、内海に浮かぶ『忘却の諸島』の一つのようだ。

えぇ…冗談だろ。2部の終盤に追加された、ゲーム的には所謂過去のイベントをいつでもプレイ出来るとされている場所。エドワードの知識としては噂だけが広がっている誰も立ち入った者は居ないはずのの謎の島じゃないか。

 マップの端には「未踏領域」を示す霧が広がっているが、俺が今いる場所だけは詳細に表示されている。

 そして、そのマップの少し先、島の中心部に不自然な構造物を示す「?」のアイコンが点灯していた。

 

「あそこに何かがいる、あるいはあるのか。俺を助けた奴がそこにいるなら、挨拶くらいはしておかないとな」

 

 身体の節々に走る激痛を魔力で強引に麻痺させ、俺は密林の奥へと足を進めた。

 道なき道を進む。以前の俺なら、この茂みを抜けるだけで体力を削られ、魔獣の気配に怯えていただろう。だが今は違う。俺の皮膚を叩く枝葉も、絡みつく蔦も、俺から漏れ出す黒雷の残滓に触れるだけで炭化して崩れ落ちる。

 

「歩きやすいのはいいが、これじゃ隠密性もあったもんじゃないな!!」

 

 背後に出来ている獣道ならぬエドワード道の悲惨さに、意識して魔力を抑えるようにしながら走り続けると、数十分後に唐突に視界が開けた。

 そこに鎮座していたのは、絶海の孤島には不釣り合いなほど巨大で、あまりにも禍々しい雰囲気を纏った「洋館」だった。

 

「……なんだ、この寒気は」

 

 洋館を見上げた瞬間、足が止まった。

 古びた石造りの壁には不気味な形に蔦が絡まり、窓ガラスの多くは割れ、その奥には不気味な暗闇が凝固している。まるで建物そのものが巨大な生き物で、俺が近づくのをじっと待っているような……そんな錯覚すら覚える。

 

(……入るべきか? いや、そもそもここが俺の知る『レジェクロ』の忘却の諸島なら、イベントの変なギミックに触れるのは自殺行為だ。だが、俺を救った誰かがここにいる可能性がある以上、無視して小屋に泊まるってわけにもいかないしな)

 

 俺は迷った。再び開いたマップには洋館が閲覧できる範囲には追加されていたが、中は相変わらず?のアイコンのみ。

 今の俺は、かつての俺とは比べ物にならないほど強い。だが、その強さはあくまで「予定された絶望」の結果だ。この洋館がシナリオ外の存在だとしたら、俺の知識は役に立たない。仮にここが主人公だけしか対処の出来ない大事の事件が起こる舞台かもしれない。と、思うと足が竦む。

 

「いや、逃げてどうする。俺はもう、誰かに人生を決められるのは真っ平なんだ。不法侵入だろうが何だろうが、確かめさせてもらう」

 

 俺は自分を鼓舞するように呟くと、重い足取りで正面玄関へと向かった。

 石段を一段登るごとに、空気の粘度が上がっていく。

 ギィィィ……と、不快な音を立てて大きな両開きの扉を押し開けると、館の中は昼間だというのに夜のように暗く、埃の匂いと、何かが腐敗したような甘ったるい臭いが鼻を突いた。

 

「……お邪魔する。誰か、いないのか?」

 

 返事はない。ただ、床に積もった厚い埃が、俺の足跡を残し、足音を不気味に吸い込むだけだ。

 広間の中央まで進んだ時、背後で扉が激しい音を立てて閉まった。

 

「……っありがちな歓迎だな。おい、そんなに隠れてないで出てきたらどうだ?」

 

 木星の扉から漏れ差し込む光をさけるように揺れ動く、背後の闇を睨みつける。

 すると天井の隅や柱の影から、ぼんやりとした青白い光が滲み出してきた。

 それは次第に人の形を成していく。顔のない、虚無の瞳を持った亡霊(ゴースト)たちが、十数体も俺を囲んでいた。

 

「アァ……オォ……」

 

「なるほど。歓迎会は終わって、次は余興か」

 

 俺は呆れ、空に溜息を吐いた。

 以前の俺なら、一斉に魔術を放って距離を取っていただろう。だが、今の俺はこの程度の雑魚を相手にするのに、リソースを割く必要すら感じない。

 

「魔術の試し撃ちの次は体術の時間だ。───消えろ」

 

 俺は右手に魔力を集中させる。バチバチと暴れていた黒い魔力が手のひらに収束し、握り拳が薄く黒いエネルギーで纏われる。

 亡霊の一体が、冷気を纏った牙で俺の喉笛に襲いかかる。

 俺はそれを避けることすらせず、無防備に近づいてきたその頭部を、魔力を纏った掌でそのままガシィッと掴み取った。

 

「ガ、ア、ア……!?」

 

「ただの残留思念(ゴースト)如きが、俺に触れるな」

 

 そのまま、万力のような力で握り潰す。

 パリン、と硝子が砕けるような音がして、亡霊の頭部が闇に霧散した。

 残りの亡霊たちが一瞬、怯んだように動きを止める。

 

「次、まとめて来ると良い。掃除の手間が省ける」

 

 手首をゴキリと鳴らし、煽るように手を招くと、怒り狂ったゴーストたちが一斉に殺到してきた。

 俺はただ、淡々と腕を振り、近づく影を一つずつ、物理的に「握り潰して」いった。

 魔力を纏った俺の手は、もはや実体を持たない亡霊にとっても、逃れられない死の象徴となっている。亡者たちの検討虚しく数分後、広間には再び静寂が訪れた。

 床には俺が踏み荒らした埃の跡だけが残り、亡霊たちの欠片すら残っていない。

 

「ふう、準備運動にもならないな。レベル500ってのは、こういうことか」

 

 俺は一呼吸置き、本格的に館の探索を開始した。

 一階の食堂、二階の客室。どの部屋も豪華な家具が並んでいるが、どれもこれも時間が凍りついたようにそのままで放置され、当時から静止している様だった。

 どこかに俺を介抱した形跡、濡れたタオルや、空になった薬瓶でもないかと探したが、どこにも見当たらない。

 

「……おかしい。あの小屋に俺を運んだのは、一体誰だ?この館に主がいないなら、幽霊が俺を介抱したとでもいうのか?」

 

 一通りの探索を終え、俺は一階の書斎で足を止めた。何の手がかりもない。ただの古い、呪われた廃墟。

 そう思って一息つき、椅子に座ろうとした瞬間だった。

 

 ──ドクン

 

 心臓に直接響くような重い振動、存在を根本から歪められるような心胆を震わせる衝撃が身体へと伝わる。

 

「!?…なんだ、今の音は────」

 

 音は、足元から聞こえてきた。

 地下。それも、ただの貯蔵庫があるような深さではない。

 俺はマップを凝視する。すると、さっきまで表示されていなかった「隠し階段」のアイコンが、本棚の裏側に浮かび上がっていた。

 

「まだ下に何かがあると、隠しているのか?」

 

 俺は本棚を力任せに蹴りつけ推し退けると、そこには闇の奥へと吸い込まれるような螺旋階段が口を開けていた。

 空気は冷え、腐敗臭ではない、もっと「金属的な」生臭さが混じり辺りに漂いだす。

 

 一歩、一歩、一歩、一歩

 階段を降りるたびに、俺の中の『星蓋解析』が警告を鳴らす。

 

 『異常な魔力反応』『魂の衝突』『零落の雄』どれも異常な反応だ。

 最下層に辿り着いた俺が目にしたのは、館の地下に広がる、あまりにも異常な「墓所」だった。

 

「──他人の趣味にケチを付けるつもりは毛頭ないが、これは趣味が悪いな」

 

 地下は広大なドーム状の空間になっていた。

 天井からは冷たい青白さを放つ魔光石が吊るされ、整然と並ぶ墓標を照らしている。

 だが、その最奥にある二つの墓。それが異様だった。

 左側の墓標は、白い石材に繊細な装飾が施され、流麗な文字で刻まれている。

 

 【ジュリィ・メルティア】

 

 それに対し右側の墓標は、まるで返り血を浴びたかのように赤黒い塗料で、呪詛のような筆致で書き殴られていた。

 

 【ロメオ・スタンネル】

 

「ジュリィとロメオ?どちらも聞いたことは無いが……俺の記憶にはない名前だ」

 

 その二つの墓標の間、生ぬるい風が抜けるその間の地面に、異様な物体が転がっていた。

 大きさは人間の頭二つ分ほど。形は、かつては「ハート」だったことが辛うじてわかる、歪にひしゃげた塊。

 

「……(スズ)か?」

 

 鈍い銀色の輝き。俺は顔を近づけ、その物体を凝視する。

 『星蓋解析』のステータスウィンドウが、激しく点滅しながら詳細を弾き出す。

 

【解析:熔解した錫のハート】

・構成:錫、鉄、および人間二名分の「心臓組織」の融合体。

・備考:高熱の火炉によって不可逆的に接合。生存したまま溶解及び結合が行われたため魂の波長が一つに溶け合っている。

 

「───何?人だと?この錫の塊がか?」

 

 俺は思わず目を見開きその成れの果てを凝視する。

 ただの金属の塊じゃない、この歪な形。

 人間二人が、生きたまま、一つの心臓として【溶かされ、固められた】成れの果てだ。

 足元をよく見れば、塊に絡みつくように、炭化した人間の肉片と、銀色の金属が混ざり合った「何か」がこびりついている。

 

「お世辞にも趣味が良いとは言えないな、誰がこんな真似を──」

 

 だが、俺は恐怖よりも、抑えきれない好奇心、あるいはこの「残骸」に呼ばれているような感覚に突き動かされた。

 なぜ、俺はこの島に流された?

 なぜ、俺は生きている?

 この「一つになった二人」が、俺を呼んだのか?

 

「確かめさせてもらうぞ。お前たちの、正体を」

 

 俺は意を決して、その錫の塊に指を触れた。

 ひやり、と冷たい金属の感触。

 だが次の瞬間、それは燃えるような熱へと変わり、俺の指先から「記憶」が逆流して来る。

 

 ──アァァァァァァァァァッ!!熱い、熱い、熱いよぉぉぉぉぉ!!

 

 星蓋魔術による防御を貫通して、怨嗟の声、苦悶の声で脳が焼ける。

 俺の視界は地下墓地を離れ、数百年、あるいは数千年前の「光景」へと呑み込まれていった。

 

(熱い、ロメオ!!助けて!!熱いよ、身体が溶けていく……!!)

 

(ジュリィ、離さない。たとえ奴らが、炎が俺たちの愛を灰にしようとも、俺は君と一つになる……!!)

 

 燃え盛る焼却炉の中、二人の恋人を嘲笑い、炉へと突き落とした「世界」の残酷な声。

 

 裏切り、嫉妬、憎悪

 

 それは、俺が海底で感じたものと全く同じ、それでいて、より純度の高い「呪い」の記憶。

 

「────ああ、そうか。お前たちも、俺と同じ存在(復讐者)か」

 

 光の中で、俺は二人の男女が溶け合い、一つの「銀色のハート」へと変わっていく最期を見た。

 視界が、白銀の光に完全に包まれる。

 

「ならば、見捨てる訳にはいかないな」

 

 アイテムの記憶を巡る旅。それは、新たな「災厄」の覚醒を告げる序章でもあった。

 

◇◆




用語解説【エテルノス】
このレジェンダリア・クロニクルの世界の舞台名

6つの大陸と幾つかの小島から成る世界であり、ゲームの主人公は1の島から冒険を開始する

本小説のエドワードは5の島の出身で、大陸の中では4番目の大きさだが唯一の大陸全土が一つの国家で出来ている戦闘国家である

島の名前は各舞台のときに詳細解説が入るため今回は省略

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