異世界で復讐心に囚われてはいけないはずが仲間の暴走を止められません!!   作:ナイ神父

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3 溶け合う呪い、産声は地獄の淵で

 

 ───それは、語る者すら呪われる、とある二人のあまりにも惨酷な愛の末路。

 

 かつて、とある王国にロメオという名の一人の兵士がいた。

 彼は名門の出でも、天賦の魔才を持つ英雄でもなかった。ただ、古びた(すず)の玩具のように素朴で、柔らかく、決して折れぬ粘り強さと忠誠を胸に抱く、実直なだけの男だった、

 

 そんな彼が、国の至宝と謳われた麗しの伯爵令嬢ジュリィと想いを通わせることが出来たのは、決して神の祝福などではなく、意地の悪い悪魔の気まぐれだったに違いなだろう。

 

 身分違い。その一言で切り捨てられるには、二人の恋はあまりに純粋で、そしてあまりに深すぎた。

 

 二人の密会を嗅ぎつけたのは、腐った権力に執着する傲慢な貴族たちだ。彼らはロメオの『誠実』を嘲笑い、その魂を磨り潰すことを至上の愉悦とした。

 彼らはロメオを『不敬罪』という名の底なし沼へ叩き落とし、見せしめとして彼の右脚を、錆びついた斧で執拗に、ゆっくりと叩き切ったのだ。

 

「……あ、あぁ……!!ジュ、ジュリィッ……!!」

 

 ───断末魔の叫びは、酒の肴にされる嘲笑にかき消された。私欲のために暴利を貪る者共の陰に、真の愛は汚された。

 

 自由を奪われ、誇りを汚されたロメオは、そのまま隣国との境界にある呪われた荒野へと、ゴミのように捨て去られた。

 

 だが、地獄はそこから始まった。片脚を失った身で、彼は這った。

 指の爪が剥がれ、指の骨が剥き出しになっても、彼は故郷へと続く大地を掻き抱いた。

 幽鬼のように地べたを這いずり、時には飢えに狂った野犬に襲われ、左腕を肩口から食いちぎられた。

 寒風に晒され、毒草を呑み込み、呪詛を込めながら泥水を啜り……その代償として、彼の右目の光は、腐敗した膿と共に闇へと消えた。

 

 五体が欠けるたびに、ロメオという器の中から『人間としての形』が崩落して零れ落ちていく。

 だが、肉体が削ぎ落とされるほどに、その内側に潜む執念は研ぎ澄まされていった。

 

「もう一度、彼女に会いたい」

「もう一度だけ、あの指に触れたい」

「──最期に一度、愛していると伝えたい」

 

 もはやそれは恋と言った言葉に収まるモノではなく、世界を呪うための燃料と化した『怪物』の衝動だった。

 

 数年の歳月をかけ、血の跡だらけの身体で国境を繋ぎ、彼は再び彼女(ジュリィ)の元へと辿り着いた。

 だが、ボロボロの肉塊となった彼を待っていたのは、弔いの鐘と、絶望を煮詰めたような黒い煙だった。

 屋敷の中央広場付近、そこには巨大な火葬炉が口を開け、今まさに一人の女性の亡骸が運び込まれようとしていた。

 

 「ジュリィ…………………?」

 

 ロメオを失い心を壊された彼女は、政略結婚という名の陵辱から逃れるために、自ら薬を飲み、その上で喉を灼き、その命を絶ったのだ。

 

「……ぁ……じゅ、り…………」

 

 もはや言葉にならない鳴き声が辺りに木霊する。

 それを見守っていたのは、数年前と変わらぬ、贅を尽くした服を纏った貴族たちだ。

彼らは目の前で地を這う異形のナニカが、かつてのロメオであると気づくと、腹を抱えて笑い転げた。

 

「見ろ!あの這いずる汚物を!片脚、片腕、片目……ククッ、まさに子供に遊び倒され、捨てられた『錫の兵隊』そのものではないか!」

 

「素晴らしい!究極の余興だ!おい、その壊れた玩具を火の中へ放り込め! 死んでまで彼女に尽くしたいというなら、その願い、叶えてやろうではないか!」

 

 抵抗する力など、彼には一欠片も残っていなかった。

 彼は乱暴に引きずられ、まだ生気の残るジュリィの亡骸と共に、激しく燃え盛る火炉へと叩き込まれた。

 

 熱い 熱い 熱い 熱い 熱い

 

 骨が爆ぜ、脂肪が燃え、魂が融解していく。

 その猛火の中で、ロメオの優しい心は、ついに救いようのない怨嗟へと反転した。

 

(──ああ呪ってやる、俺たちを笑った薄汚い豚共を。愛を、正義を、彼女を否定したこの世界の総てを……根絶やしにしてやる!!)

 

 その瞬間、彼が肌身離さず握りしめていた、唯一の形見となった『錫の指輪』が白銀の輝きを放った。

 二人がかつて交わした約束の証。それが呪いの触媒となり、炎の中で二人の遺骸をドロドロに溶かし、一つに練り上げていく。

 

 肉は混ざり、骨は結びつき、魂は溶け合い……

 後に残ったのは、ただ一つの、脈動する『錫のカタマリ』

 

 ───こうして、愛した二人は永遠になりました。地獄よりも深い、暗闇の中で。

 

めでたし、めでたし

 

 

◇◆

 

 

「…………っ、はあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 俺は叫びながら、その場に崩れ落ちた。

 指先から逆流してきたのは、あまりにも重すぎる『負の記憶』

 視界がチカチカと点滅し、脳が沸騰したかのように熱い。ロメオの感じたあの斧の冷たさや炎の熱さが、今も幻肢痛となって俺の全身を苛んでいる。

 

「なんだよ…?こんな、ふざけるな、こんなの……誰も、救われないじゃないか……!!」

 

 現代の知識を獲得した俺の倫理観が、激しい憤りで燃え上がる。

 彼らをここまで追い詰めた貴族たちへの憎悪。そして、そんな悲劇を「設定」として組み込んだ『レジェクロ』という世界の残酷さに、吐き気が止まらない。

 

 …………だが

 

 ──ドクン

 

 心臓の奥底、俺の預かり知らない領域で、冷徹な「異物」が目を覚ました。

 

(……ッ!? 待て、なんだこれ。身体が動かない?)

 

 全身の制御が、指先一本に至るまで、強制的に上書きされていく。

 俺の意識は、自分の肉体という檻の中に閉じ込められ、ただの『観客』に成り下がった。

 

 【警告:深層意識の同期率が100%に到達しました】

 

 【固有権限:ヴィクター・ロードワードを起動します】

 

(何を…何を言って───)

 

「───クク……ハハハ……ハハハハハハハハッ!!」

 

 自分の喉から、聞き覚えのない、氷点下の笑い声が溢れ出す。

 俺の身体は、淀みない、優雅ですらある動作で立ち上がると、床に転がる『錫のカタマリ』を愛おしげに、あるいは残酷に掴み上げた。

 

(……やめろ、ヴィクター!! 勝手に俺の身体を使うな!!)

 

 脳内で叫ぶ。だが、身体を支配する『彼』には届かない。

 ヴィクターの瞳が、狂気と愉悦を孕んだ黄金色の輝きを放ち、錫の中の魂に語りかける。

 

「聞こえるぞ、決して折れることのない鋼鉄の矜持を」

「視えているぞ、裏切りという熱に焼かれ、なおも輝きを失わぬ、その高貴なまでの殺意を」

 「素晴らしい、実に見事な怨嗟だ。これほど純粋な毒は、この世界には稀有な宝石と言える」

 

 ハートの欠片が、まるで仕えるべき主を見つけた猟犬のように、ドクンと激しく拍動した。

 

「お前たちの望み、この私が聞き遂げてやろう。世界に裏切られたというのなら、世界を焼き尽くす力となれ」

「お前たちの流した血の数だけ、この大地を赤く染め上げようじゃあないか」

「案ずるな、産声に相応しい『供物』は、今ここで用意してやる」

 

 ヴィクター、いや、俺の身体が、ゆっくりと左手を天に掲げた。

 その指先が虚空をなぞると、洋館の天井を透過し、空全体を覆い尽くさんばかりの、絶望的なまでに巨大な魔法陣が展開される。

 それは幾何学模様が複雑に絡み合い、中心に「眼」のような紋章が鎮座する、星蓋魔術の真骨頂。

 

「───星を喰らい、虚無を紡げ。万象の息吹を我が掌中に、亡骸の願いを新たな命の揺り籠へ」

 

 ヴィクターの唇が、呪詛の旋律を奏でる。

 

「略奪せよ、星の輝きを。蹂躙せよ、生命の理を。天蓋の幕が下りる時、そこに残るは絶対的な終焉のみ───」

 

「───堕ちろ。〘星蓋魔術・星河一天(せいがいってん)〙」

 

 その瞬間、世界から『色彩』と『音』が消失した。

 

 天から降り注ぐのは、星の輝きに似た無数の光の糸。

 だが、それは慈悲の雨ではない。

 光の糸が触れた場所から、生命という名の情報が根こそぎ『剥離』されていくのだ。

 

 ドォォォォォォォン、と、島全体を震わせる重低音。

 

 洋館の周囲に広がっていた鬱蒼とした森が、一瞬にして灰色へと変色する。数百年を生き抜いた大樹が、まるで砂細工のように脆く崩れ、塵となって風にさらわれていく。

 海を泳ぐ魚たちは、水面に浮かぶ暇さえなく、骨すら残さず溶けて消えた。

 逃げ惑う獣も、草陰に潜む虫も、さらにはこの『忘却の諸島』全体を循環していた魔力の奔流さえもが、逃れようのない吸引力に捕らわれ、地下墓地という一つの『点』へと強引に収束していく。

 

 空は不気味な紫黒色に変色し、大気は生命の存在を許さない真空のような静寂に支配された。

 

(は、はは……、やりすぎだ……止めろ、ヴィクター!!島が……島だけじゃない、海も、空も、全部死んでしまうぞ!!)

 

 俺の意識は、視界の端に表示される「マップ」に絶望した。

 緑色だった森林地帯が、一瞬で「死」を意味する灰色に塗りつぶされていく。

 島に点在していた生命反応を示す光点が、瞬きをする間に一つ、また一つと消滅していく。

 

(片鱗はあった。屋敷でゴーストと戦った時にも、妙に気分が上がっていたが……まさかここまでなんて)

 

 後悔をするには、少し遅すぎた。

 それは魔法という名の、あまりに効率的で冷酷な『虐殺』だった。

 

 奔流となった命の残滓が、ヴィクターが掲げる『錫のハート』へと注ぎ込まれる。

 あまりのエネルギー量に、地下墓地の石材が耐えきれず、ひび割れ、融点を軽く超え結晶化していく。

 

 ───ド、ク、ン

 

 鼓動のたびに、空間そのものが波打つ。

 錫が解け、血管が編み上げられ、奪い取った数万の命を触媒にして、純白の肉体が構築されていく。

 それは生命の誕生というよりは、死の残骸を集めて作り上げた『異形の神』の再構成に等しい。

 

 ───やがて、目も眩むような光が収束したときには

 

 ヴィクターの腕の中には、一人の少女が抱かれていた。

 髪は、全てを燃やし尽くした後の灰を思わせる、儚くも美しい白銀。

 肌は、月の光を凝固させたかのように白く、冷たい。

 

 その瞼がゆっくりと持ち上がり、瞼の裏に隠された決意が浮かび上がる。

 右目にはロメオの『灼熱の憎悪』を宿した、深淵を覗くような深紅が。

 左目にはジュリィの『果てなき悲哀』を湛えた、凍てつく冬の海のような蒼が。

 

 二つの魂が溶け合い、一つの肉体に押し込められた、あまりにも美しい「呪いの結晶」が、そこにいた。

 

「……ア、ア、ア………………パ……パ……?」

 

 少女の唇から漏れたのは、自我すら定かではない、か細い問いかけ。

 ヴィクター……俺の肉体は、満足げに口角を吊り上げると、その少女の白銀の髪を、まるで壊れ物を扱うように指先で撫でた。

 

 ───その一瞬、ヴィクターの支配が僅かに緩み、俺の意識が表層に滲み出す。

 

(……ああ、なんてことだ。こんな……こんな死骸の上に築かれた命に、どんな救いがあるっていうんだ……)

 

 俺の嘆き、後悔、悲嘆。だが、そんな感傷などヴィクター()にとっては塵に等しい。

 

「案ずるな、お嬢様。お前を拒んだ世界は、先ほどこの私が食らってやった。お前の歩む先には、ただ絶望と、私という唯一の真実だけがあれば良い」

 

 ヴィクターは少女の顎を、王が臣下を跪かせるかのように、誇り高く、かつ逃さぬように持ち上げた。

 

「祝福しよう、新たな同胞。このクソッタレな運命を、我らと共に蹂躙しようではないか。お前の復讐も、嘆きも、全てはこの私が背負ってやろう」

 

 生命の死に絶えた、色彩を失った島で。

 一人のラスボスと一人の命が、月明かりすら届かぬ地下墓地で、永遠の契約を交わす。

 

「───地獄へようこそ、フロイライン」

 

◇◆




用語解説【錫のハートの2人】
元ネタはロミオとジュリエット、そしてすずの兵隊

余談ではあるがすずの兵隊は小さい頃の作者の性癖を壊した
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