俺の命を守るためなら、お前らを盾にする   作:最高司祭アドミニストレータ

25 / 27
タチバナ視点


#9 祝勝会の夜、酔った彼女は大胆に
祝勝会


 人間の意識というものは、肉体が極限の防衛本能を働かせて強制的に遮断された後、いかにして現実世界へと復帰を果たすのか。

 

 タチバナが深く、暗い泥水のような昏睡から浮上した時、彼を最初に現実に引き戻したのは、鼻をくすぐる上質な布の匂いと、周囲を包み込む尋常ではない熱気と騒音であった。

 

 ゆっくりと重い瞼を押し上げる。視界のピントが合うにつれ、自分が宿屋の特別室のふかふかなベッドに横たわっていることが理解できた。

 

 そして、彼の寝台を取り囲むようにして、街の長らしき立派な衣服の老人、宿屋の主人、屈強な自警団の男たち、さらには涙目でこちらを見つめる三人の乙女たちが、ひしめき合っていることに気づいた。

 

 

「おお…! 皆の者、英雄がお目覚めになられたぞ!」

 

 誰かが叫んだその一言を皮切りに、部屋の中、いや、開け放たれた窓の外の広場からすらも、地響きのような大歓声と割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 

 

(……え? 英雄? 誰が? 俺が?)

 

 

 タチバナの明晰な頭脳は、まだ重い頭痛を抱えながらも、与えられた状況証拠から極めて冷徹に現在のステータスを逆算し始めた。

 

 自分が最後に記憶しているのは、四天王ブライアンの圧倒的な殺気と魔力を前にして、恐怖のあまり意識を手放した瞬間だ。ならば、自分が今こうして五体満足でふかふかのベッドに寝かされており、さらには周囲から『英雄』と称えられている事実が意味するものは何か。

 

 

(なるほど。俺が気絶して意識を失っている間に、あの性格の悪い精霊が聖剣の自律戦闘術式とやらを起動させ、あの巨大なゴリラを微塵切りにしてくれたというわけか。そして、俺の肉体が剣を振るっていた以上、この街の連中から見れば『勇者タチバナがたった一人で魔王軍の幹部を討ち果たした』という歴史的偉業として認識されている…!)

 

 

 全てのロジックが完璧に繋がり、タチバナの口元が自然と緩みそうになる。彼はその歓喜の笑みを寸前で抑え込んだ。大衆の熱狂をさらに煽り、己の価値を最大化するためには、ここでどう振る舞うべきか。

 

 タチバナは、死闘の疲労から辛うじて意識を取り戻した、満身創痍の高潔なる戦士の顔を完璧に作り上げた。

 

 彼はゆっくりと身を起こそうとして、あえて痛みを堪えるように小さく顔をしかめてみせる。そして、心配そうに駆け寄ろうとするアリシアたちを片手で優しく制し、弱々しく、しかしどこまでも慈愛に満ちた笑みを浮かべて呟いた。

 

 

「すまない…心配をかけたな」

「タチバナ様ぁぁぁっ!」

「勇者様、ご無事で本当によかった…!」

 

 

その完璧な一言と演技に、ヒロインたちはもとより、屈強な男たちまでもが感極まって涙を流し始めた。

 

 

『…目覚めて第一声が、その一切の羞恥心を感じさせない白々しい演技とは。呼吸をするように虚偽を吐き出すその手腕、もはや一種の病的な才能ですね。底知れぬ厚顔無恥さに感服いたします』

 

 

 隣の空間から、精霊フィリアの絶対零度の思念がタチバナの脳髄を刺したが、今の彼にとってそのような小言は、己の偉業を彩るファンファーレにしか聞こえなかった。

 

 その日の夜。宿屋の一階に併設された広大な大食堂は、街を救った勇者を称える盛大な祝勝会の会場と化していた。テーブルには、街中から集められた最高級の肉のロースト、香辛料をふんだんに使った煮込み料理、そして樽ごと持ち込まれた極上の果実酒が所狭しと並べられている。

 

 タチバナは主賓席の中央に陣取り、次々と注がれる酒と、浴びせられる称賛の言葉を全身で受け止めていた。

 

 

「兄ちゃん、マジですげーな! あの化け物みたいな巨人を、一歩も引かずに単独で切り伏せちまうなんてよ! 俺たち、震えが止まらなかったぜ!」

 

 

 街の自警団の屈強な男たちが、顔を真っ赤にしてタチバナの肩をバンバンと叩く。

 

 

「勇者様、本当に素敵ですわ! 貴方はこの街の救世主です!」

「タチバナ様、私の注いだお酒も飲んでくださいな!」

 

 

 さらにタチバナの周囲には、目を潤ませ、頬を上気させた街の美しい娘たちが幾重にも群がっていた。彼女たちはタチバナの腕に遠慮なく抱きつき、その豊かな胸の柔らかさを、布越しに彼の二の腕へと直接的に押し付けてくる。

 

 

(…素晴らしい。なんて素晴らしい世界だ! 死ぬほど怖い思いをして気絶しただけで、魔王軍の幹部を倒したことになり、最高の食事と酒、そして美女たちからの過剰なまでのスキンシップが保証される。これほどまでに労力に対する見返り(リターン)が大きい商売が、他にあるだろうか!)

 

 

 タチバナは、娘たちの柔らかな感触を右腕と左腕で同時に堪能しながら、内心で高笑いを上げていた。彼の視線は、周囲の娘たちに愛想笑いを振りまきながらも、少し離れた席で歓談している三人の少女──彼自身の部隊の仲間たちへと向けられていた。

 

 彼女たちは、村娘たちとは根本的に造りが違う、まさに奇跡のような美貌と肢体の持ち主である。タチバナの頭脳は、この祝祭の喧騒を利用し、いかにして彼女たちの強固な警戒の壁を取り払うかという、極めて卑小で計算高い作戦を練り始めていた。

 

 

(よし…酒だ。アルコールとは、人間の大脳新皮質に作用し、理性を司る機能を一時的に麻痺させる極めて優秀な薬効成分を持っている。あの酒を大量に摂取させれば、彼女たちが普段まとっている道徳や羞恥心という名の分厚い装甲は、面白いように崩れ去るはずだ…! ぐへへへへ!)

『実に短絡的で貴方らしい、吐き気を催すほど下劣な計画ですね。英雄の祝宴を、己の発情を満たすための酒池肉林へと貶めるその思考、救いがありません』

 

 

 フィリアの容赦のないツッコミも、アルコールと欲望で温まったタチバナの脳には全く響かなかった。

 

 タチバナの目論見は、驚くほど容易く、そして完璧な形で実を結んだ。彼は街の者たちに「今日の勝利は彼女たちの支えあってのものだ、大いに労ってやってくれ」と巧みに誘導し、次々とヒロインたちの席へ酒の入った杯を運ばせたのである。

 

 最初にその効果が顕著に表れたのは、普段は最も厳格で己を律している王女騎士、アリシアであった。彼女は、足元をふらつかせながらタチバナの席へと近づいてくると、遠慮もなしに彼のすぐ隣にドサリと座り込んだ。

 

 

「タチバナ様ぁ…」

 

 

 とろんと潤んだサファイアの瞳。普段の凛とした声はどこへやら、甘く、熱を帯びた吐息のような声で、彼女はタチバナの肩にこてんと頭を乗せてきた。それだけではない。酒の熱気を逃がすためか、彼女は普段きっちりと着込んでいる騎士服の胸元の留め具を、無造作にいくつも外していたのだ。

 

 タチバナの視線は、アリシアの白い首筋から、その緩んだ衣服の隙間へと一直線に吸い込まれた。

 

 布地の奥に広がる、汗ばんで熱を持った白磁のような肌と、豊満な二つの果実が織りなす、深く、どこまでも甘美な谷間。彼女が呼吸をするたびに、その圧倒的な造形美がタチバナの理性を激しく揺さぶる。

 

 

「今日の貴方は…本当に、お強くて…素敵、でしたぁ…。私、貴方の背中を、ずっとお守りしますからね…えへへ」

(うおおおおお!! あの堅物の王女騎士が完全にデレた! しかもこの無防備すぎる胸元! 彼女の身体的魅力が、アルコールの力によって限界突破しているぞ!)

 

 

 タチバナが心臓の鼓動を暴走させていると、今度は反対側から、燃えるような赤毛が視界に飛び込んできた。

 

 

「もー、アリシアばっかりズルいー!」

 

 天才魔法使いのメグが、呂律の回らない声で文句を言いながら割り込んでくる。そして彼女は、なんとタチバナの太ももの上に、ごろんと無防備に自らの頭を乗せてきたのだ。

 

 彼女の着用している魔法使いのローブは、元々活動性を重視した極端に丈の短いものであった。それが、タチバナの膝枕で身をよじることによって、さらに大胆にめくれ上がってしまう。

 

 その下から露わになったのは、彼女の若々しく弾力のある、健康的な太ももの絶対領域であった。

 

 

「勇者様の膝、すっごく気持ちいー…。ねーねー、今日のあたしの魔法、どうだった? すごかったでしょ? もっと褒めて、褒めてー?」

 

 

 メグは、琥珀色の瞳を上目遣いに向け、タチバナの脚に自らの頬をすりすりと押し付けてくる。

 

 

(膝枕! しかも太ももが丸見え! ああ、神よ! 感謝します! 俺は今、間違いなく人生の絶頂に君臨しています!)

 

 

 タチバナは、右肩に極上の谷間の気配を感じ、左膝に滑らかな太ももの感触を味わいながら、己の計画の完璧な成功に酔いしれていた。

 

 

『アルコールの血中濃度上昇によって、彼女たちの判断能力と羞恥心が著しく低下しているようですね。貴方のような男に無防備な姿を晒すとは、同性として嘆かわしい限りです』

 

 

 フィリアの冷徹な分析が響くが、タチバナは「これが酒の正しい効能というやつさ」と内心で嘯き、両手でこっそりと彼女たちの柔らかさを堪能する機会を虎視眈々と狙い続けていた。

 

 祝宴の喧騒と、ヒロインたちとの密着による極度の興奮。そして、次々と注がれる強い酒。生来、それほど酒に強くないタチバナの肉体は、やがてアルコールの処理能力の限界を超え、彼の意識は幸福な幻覚と共に完全にブラックアウトした。

 

 次に彼が感覚を取り戻した時、周囲は深い静寂に包まれていた。重たい瞼を開けると、そこは騒がしい食堂ではなく、静かな薄闇に沈む己の客室であった。身体は、上質なシーツが敷かれたふかふかのベッドの上に横たえられている。

 

 

(…あれ? 俺、いつの間に部屋に…? 飲みすぎたか)

 

 

 タチバナが鈍い頭を振りながらゆっくりと身体を起こそうとした、その時である。ベッドのすぐ脇に、人影があることに気づいた。

 

 

「すぅ…すぅ…」

 

 

 微かな寝息を立てていたのは、僧侶のセシリアであった。彼女はベッドの横に置かれた硬い木製の椅子に座ったまま、上半身をタチバナのベッドの縁に預けるようにして、こくりこくりと舟を漕いでいる。

 

 額には冷たい水で絞った布が置かれており、どうやら、酔い潰れたタチバナを部屋まで運び、そのまま介抱してくれているうちに寝落ちしてしまったらしい。

 

 

(…セシリア。なんて健気で、いい子なんだ…)

 

 

 タチバナは、月明かりに照らされた彼女の無防備な寝顔を見下ろした。だが、彼の視線はその美しい寝顔から、すぐにさらに下へと引き寄せられていった。

 

 彼女の腕がベッドに乗せられていることで、純白の分厚い僧侶服の胸元が不自然に圧迫されている。その結果、ただでさえ規格外の質量を誇る彼女の双丘が、布の限界を突破せんばかりにせり上がり、彼女の静かな寝息に合わせて、極めて扇情的なリズムで上下に揺動していた。

 

 

(なんてけしからん、暴力的なまでの胸なんだ…!)

 

 

 タチバナの体内に残っていたアルコールが、彼の理性を完全に焼き払い、代わりに果てしない欲望の炎を点火した。彼は、己の今から行おうとする行為を正当化するため、極めて論理的かつ利己的な「大義名分」をコンマ一秒の速度で組み立て始めた。

 

 

(よく考えてみろ。こんな背もたれの硬い椅子に座ったままの不自然な姿勢では、首や腰の血流が著しく阻害され、明日の彼女の体調に深刻な悪影響を及ぼすに違いない。彼女は部隊の生命線を担う回復役だ。万全の休息を取らせることは、指揮官である俺の絶対的な義務である。そうだ、俺のこの広くて柔らかいベッドに寝かせてやるべきだ。うん、それが弱者を思いやる紳士というものだ)

『…「紳士」という単語の定義を、一度辞書で確認されることを強く推奨します。貴方の現在の思考回路とこれから行おうとしている行動は、明らかにその定義から致命的に逸脱した、ただの犯罪者のそれです』

 

 

 フィリアの冷ややかなツッコミが脳内に突き刺さるが、タチバナの決意が揺らぐことはない。彼は音を立てないよう、細心の注意を払いながらベッドから抜け出すと、眠るセシリアの正面に立った。

 

 

(この分厚く、締め付けのきつい僧侶服を着たままでは、睡眠の質は著しく低下する。人間が最も深い休息を得るためには、身体を束縛する衣服を取り払い、皮膚呼吸を促進させることが医学的にも推奨されているはずだ。…そうだ、この窮屈そうな衣服を、俺が直々に脱がせてあげるべきだ。うん、それが本当の優しさであり、究極の思いやりというものだ!)

 

 

 タチバナは、唾をごくりと飲み込み、震える手を伸ばした。彼女が目を覚まさないよう、呼吸すらも慎重にコントロールする。その手つきは、さながら爆弾の起爆装置を解除する熟練の技術者のようであった。

 

 ゆっくりと、僧侶服の帯の結び目に指をかける。布が擦れるわずかな音が、静まり返った部屋の中で異様に大きく聞こえる。帯が解け、分厚い純白の生地が、左右にふわりと開いた。

 

 タチバナは、重ねられた清らかな衣服を、まるで薄い包装紙を一枚ずつ剥がしていくように、ゆっくりと、そして極度の興奮に指先を震わせながら脱がせていった。セシリアは、アルコールの影響もあるのか、心地よい温もりに包まれて「んん…」と小さく寝返りを打つだけで、目を覚ます気配はない。

 

 やがて。分厚い法衣という封印から解き放たれた彼女の豊満な肢体は、極めて薄く、肌に密着する質素な下着一枚の姿となって、青白い月明かりの下に完全に晒された。

 

 

「(おお…! おおおお…っ!)」

 

 

 タチバナは、声にならない絶叫を心の中で上げた。衣服の上からでも圧倒的であったその質量は、下着一枚の姿になることで、その真の破壊力を露わにしていた。

 

 雪のように白く滑らかな肌。重力に逆らいきれず、しかし究極の弾力を持って横へと流れる柔らかな双丘。そして、女性特有の丸みを帯びた腰のライン。それは神々しさすら感じさせる、完璧な肉体芸術であった。

 

 

(これが…! これが、聖母の真実の姿…! 俺の人生の目的は、今日この瞬間のために設定されていたのだ!)

 

 

 彼は、その扇情的な光景に急上昇する血圧を必死で抑え込み、再び鼻血を吹き出さないよう鼻から大きく息を吸い込んだ。そして、限りなく優しく、宝物を扱うようにセシリアの膝裏と背中に腕を差し入れ、彼女の身体をふわりと抱き上げた。

 

 その瞬間、彼の腕に伝わってくる、驚くほどの柔らかさと、女性特有の甘い香り。タチバナは天にも昇る心地を味わいながら、彼女を自分のベッドの中央へと静かに横たえ、冷えないように上質なシーツを首元までそっとかけてやった。

 

 

(よし。これで彼女の睡眠環境の改善という、指揮官としての任務は完了した)

 

 

 全ての犯行…いや、タチバナの理屈によれば「紳士的かつ医学的な救済行為」を終えた後、彼は満足げな表情で頷いた。そして、何食わぬ顔をして、セシリアが眠るベッドのシーツをめくり、彼女の隣のわずかに空いたスペースへと、己の身体をそっと滑り込ませたのである。

 

 

「(ふぅ…。これでセシリアもふかふかのベッドで安眠できる。そして俺も、彼女の温もりを感じながら隣で安眠できる。まさに、双方に利益をもたらす一石二鳥の完璧な戦術。我ながら、非の打ち所のない紳士的配慮だったな…)」

 

 

 タチバナは、すぐ隣から伝わってくるセシリアの柔らかい体温と、甘い花の香りのような寝息を極上の子守唄とし、これ以上ないほどの幸福感に包まれながら、深い眠りの底へと意識を手放していった。

 

 部屋の隅の暗がり。その一部始終を、霊体の状態で完璧に観測し続けていた精霊フィリアは、もはや怒りも呆れも超越した、絶対零度の無表情を浮かべていた。

 

 

『…人間の屑という概念が服を着て歩いているような男ですね。貴方のその腐りきった性根は、いっそ清々しさすら覚えます』

 

 

 彼女は、広大なベッドの上で己の欲望を満たして幸せそうに寝息を立てる史上最低の勇者と、その横で何も知らずに無防備な下着姿で眠り続ける哀れな聖母を、ただ静かに、冷徹な紫水晶の瞳で見下ろし続けるのであった。




感想やお気に入り登録、高評価などをいただけますと、作者のモチベーションとなりますので是非よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。