俺の命を守るためなら、お前らを盾にする 作:最高司祭アドミニストレータ
聖女アナスタシアの祈りによって、僧侶セシリアの命を蝕む魔王の遠隔呪詛が打ち破られてから、数日の時が経過していた。
大聖堂の静謐な客室に滞在する勇者タチバナの日常は、ある一つの「極めて甘美な変化」を迎えていた。
「タチバナ様、本日のお体の調子はいかがですか? もしわずかでも倦怠感がおありでしたら、私がすぐに浄化の祈りを捧げますわ」
「タチバナ様、よろしければこの聖都サンクチュリアの歴史について、私が直々にご案内いたしましょう。二人きりで、大聖堂の奥深くを散策するのも一興かと存じます」
透き通るようなプラチナブロンドの髪と、吸い込まれそうなルビーの瞳を持つ絶世の美少女、聖女アナスタシア。
彼女がタチバナに向ける視線は、もはや「神の御使いに対する畏敬」という生易しいものではなくなっていた。そこにあるのは、一人の男の熱情に完全に当てられてしまった乙女の、純度百パーセントの熱烈な好意であった。
用事を作ってはタチバナの部屋を訪れ、甲斐甲斐しく世話を焼き、恥じらいながらも上目遣いで彼を見つめてくる。
(ぐへへへへ…! 聖女様、チョロすぎだろ…! 俺のあの命乞いの絶叫を、どれだけ美しく脳内変換してくれたのかは知らんが、完全に俺の魅力にメロメロじゃねえか!)
タチバナは、自らが発した「俺が困るから死ぬな」という純然たる自己保身の言葉が、聖女の思考回路をいかに都合よくねじ曲げたのかを理解していなかった。
結果としてこれ以上ない極上の果実が手に入ったことに、内心で狂喜乱舞していた。
だが、この甘美な状況は、必然的に別の波乱を呼び起こす。
タチバナがアナスタシアの熱視線に愛想よく応えるたび、彼の背後からは、見えない氷の矢のような凄まじい「嫉妬のオーラ」が三方向から突き刺さってくるのだ。
気高き王女騎士アリシアは、眉間に深いシワを刻み、腕を固く組んで壁を睨みつけている。
天才魔法使いメグは、「あたしたちの勇者様なのに…!」と、今にも火球を放ちそうな勢いで唇を尖らせている。
心優しい僧侶セシリアは、大粒の涙を瞳に溜め、祈るように両手を握りしめながら、聖女からタチバナを奪い返せない己の不甲斐なさに震えている。
そのギスギスとした、針のむしろのような空気。
普通であれば胃に穴が開くほどのプレッシャーだが、タチバナの歪んだ自尊心は、それすらも極上の優越感として味わい尽くしていた。
(はははは! 見ろ、この状況を! 大陸でも最高峰の美少女たちが、この俺という一人の男を巡って、バチバチと火花を散らしている! 俺が微笑めば喜び、他の女を見れば嫉妬に狂う。これこそが、男として頂点に立った真の英雄の姿よ!)
タチバナが、顔面の筋肉を緩ませて下劣な笑みを浮かべようとした、その時である。
『実に結構なご身分ですね。貴方という中身の空っぽな存在が、周囲の優秀な女性たちの精神をいかにかき乱し、無駄な摩擦を生み出し、不幸へと導いていくのか。実に興味深い観測対象です』
隣の虚空から、精霊フィリアの絶対零度の思念が脳髄に突き刺さった。
(うるさい! お前は嫉妬してるだけだろ! 俺のこの圧倒的なカリスマ性が生み出す、華麗なる愛の修羅場を黙って見ていなさい!)
その日、大聖堂の中庭から続く広い訓練場にて。
聖女からのあからさまな猛アプローチに、ついに業を煮やしたアリシアが動いた。
「タチバナ様…明日の出立に備え、私と、手合わせを願えませんか」
凛とした声でそう申し出てきたアリシアに対し、タチバナは拒否しようとした。
だが、彼の優れた打算のアンテナが瞬時に別の可能性を受信した。
(…待てよ。稽古ということは、アリシアと二人きりになれるということだ。あの聖女の熱視線から一時的に避難しつつ、アリシアの機嫌を取る絶好の機会じゃないか。それに、軽く打ち合うフリだけしておけば、適当に汗を流して爽やかな指揮官を演出できる…悪くない)
「ああ、構わない。少し身体を動かしておきたかったところだ」
タチバナは、余裕に満ちた英雄の笑みを浮かべて承諾した。
木剣を手にして訓練場へと足を踏み入れた瞬間、彼の目は信じられない光景に釘付けとなり、その場に完全に硬直してしまった。
そこに立っていたアリシアは、いつもの身体の曲線を隠す重厚な白銀の鎧姿ではなかったのだ。
「お待たせいたしました、タチバナ様…いざ、参りましょう」
彼女が身に纏っていたのは、王国騎士団の正式な訓練用装束であった。
上半身は、身体にぴったりとフィットした純白のシャツ。その生地は薄く汗を逃がすために、胸元が普段よりも大きく深いV字型に開かれている。
その薄い生地の下には、彼女の豊満で暴力的なまでの胸の双丘がはち切れんばかりの圧倒的な存在感を持って、くっきりと浮かび上がっていた。
さらに下半身は足さばきを最大限に活かすため、太ももの半ばまでがあらわになるほどの、極めて丈の短いキュロットスカート。そこから伸びる、過酷な鍛錬によって引き締められつつも女性らしい滑らかさを残した脚線美が、容赦なくタチバナの理性を乱打する。
(な…なんだ、この格好は!? 露出面積と密着度のバランスが異常だろ! 扇情的すぎる! こんなの、男の目線を釘付けにするための兵器じゃないか!)
タチバナは、およそ神聖なる大聖堂の訓練場には似つかわしくないその光景に、軽い眩暈すら覚えていた。
『一応事実のみを伝達しておきますが、あれは王国騎士団が定めた機能的で合理的な正式訓練着です。装甲を排除して機動力を最大化するための設計に過ぎません。ですが、貴方のその下劣なフィルターを通して観測すると、全ての衣服が破廉恥な誘惑の道具に見えてしまうのでしょうね。もはや病気です』
フィリアの冷ややかな解説が脳内に響くが、タチバナの耳には届かない。
(うるさい! 理屈はどうでもいい! 俺は今、この目の前に広がる圧倒的な造形美に、猛烈に感動しているんだ! ありがとう、王国騎士団の制服デザイナー! 俺はお前を生涯忘れない!)
「では、参ります!」
アリシアが鋭い呼気と共に地を蹴り、木剣を上段から振り下ろしてきた。
本来であれば、剣技において素人に等しいタチバナなど、一撃で木っ端微塵に粉砕されるはずの踏み込みである。
彼の腰に提げられた聖剣の精霊が、自律防衛機構を無音で起動させていた。タチバナの肉体は、彼自身の意思とは無関係に、アリシアの剣筋を最小限の動きで完璧に躱していく。
傍から見れば、それは達人同士の流麗な剣の舞に見えるだろう。
しかし、当のタチバナの視線は、アリシアの剣の軌道など一ミリも追っていなかった。
彼の両目は、もはや完全に『エロ芸術鑑賞モード』へと移行し、彼女の肉体の躍動のみを貪欲に追いかけていたのだ。
アリシアが、タチバナの反撃を警戒して鋭く踏み込むその瞬間。彼女の身体の動きに連動して、純白のシャツの下にある豊かな胸の質量が、ぶるんっ! と重々しく官能的な弧を描いて大きく揺れ動いた。
(おお…! 揺れている! 普段は硬い金属の胸当てに押し込められている伝説の騎士パイが、今、自由の翼を得て激しく揺動しているぞ!)
アリシアがタチバナの頭上を狙って剣を高く、上段に構え直す。その姿勢をとったことで、シャツの生地が限界まで上へと引き伸ばされ、大きく開いた胸元から、二つの双丘が押し上げられる。結果、白磁のような肌の間により深く、より濃い魅惑的な谷間の影が形成された。
(見える…! 俺にははっきりと見えるぞ! あの深い渓谷の先に広がる、禁断の桃源郷への入り口が! あと数センチ、あと数センチ踏み込んでくれれば、俺は真理に到達できる…!)
さらにアリシアが、タチバナの下段への攻撃を躱すため、身体を深く屈める。
そのたびに極端に丈の短いキュロットスカートの裾が翻り、その隙間からチラチラと、彼女が身に着けている純白の布地──清楚でありながらも極めて扇情的な下着の輪郭が、見え隠れするのだ。
(純白…! やはりお前は外見通り、純白を選択していたか、アリシア! 騎士としての誇りと乙女の恥じらいを兼ね備えた、完璧な選択だ! 俺の眼力に狂いはなかった!)
タチバナは、己の命が脅かされるかもしれない剣戟の最中において、ただひたすらにアリシアという極上の芸術作品を、舐めるように、余すところなく鑑賞し尽くすことに完全に没頭していた。
『一応再度申し上げておきますが、これは剣の稽古です。貴方の劣情を満たすための、プライベートな舞踏会では断じてありません。私が貴方の身体を操作していなければ、貴方の頭部はすでに三回はカチ割られていますよ』
(うるさい! これも指揮官の重要な任務だ! 仲間の肉体的なコンディションを視覚的にチェックし、その疲労度や筋肉の稼働状況を把握しているだけだ!)
『その詭弁、いつか必ず貴方の首を絞めることになりますよ』
稽古がさらに熱を帯び、十数合の打ち合いが経過した頃。常に全力で剣を振るうアリシアの呼吸は、次第に荒くなっていった。
「はぁ…っ、はぁ…っ、くっ…!」
剣を振るうたびに漏れる、その艶めかしく熱を帯びた吐息。過酷な運動によって体温が上昇し、彼女の白い頬は熟れた果実のように鮮やかな朱色に染まっている。
何より彼女の全身から噴き出した汗が薄い純白のシャツを容赦なく濡らし、その下の滑らかな肌の質感や下着の透け感を、より一層リアルなものへと変貌させていた。
(よし。最高の状態に仕上がったな)
タチバナは、荒い息をつくアリシアの姿を見つめながら、心の中で邪悪にほくそ笑んだ。
ただ見ているだけでは終わらせない。この千載一遇のチャンスを、最大限の「スキンシップ」へと昇華させるための完璧なシナリオが、彼の脳内で組み上がっていた。
「タチバナ様、これで最後です!」
アリシアが残る全ての気力と体力を木剣に込め、大きく渾身の力を込めて振りかぶった。
その瞬間。タチバナは、自らの身体を操るフィリアの魔力制御に一瞬だけ逆らい、わざと足をもつれさせるフリをして見せた。
「うおっ!?」
タチバナの身体が、大きくバランスを崩す。
木剣を振り下ろそうとしていたアリシアは予期せぬ転倒に目を見開き、慌てて剣の軌道を逸らそうとした。
だがタチバナの倒れ込む方向は完璧な計算に基づき、アリシアの無防備な懐へと一直線に向かっていた。
「きゃっ!?」
アリシアが避けきれるはずもなく、タチバナの身体は彼女の正面へと激突する。
そして、彼の両手は、まるで吸い寄せられるかのように、完璧な軌道を描いてアリシアの引き締まった細い腰をがっしりと抱きしめた。
さらに彼の顔面は、彼女の汗でしっとりと湿った極限まで柔らかく、そして暴力的なまでの質量を持つ「巨大な胸の谷間」へと、見事に寸分の狂いもなくうずめられたのである。
ボフッという極上の羽毛布団に顔を突っ込んだような、この世のものとは思えない柔らかい音がタチバナの脳内にだけ響き渡った。
(ぐっはあああああああ! 天国! これぞまさに至高のパラダイス!)
硬い金属の鎧に阻まれることのない、ダイレクトな肌と肌の感触。
鼻腔を甘くくすぐる、乙女の熱い汗と、洗いたての髪から漂う花の香り。
そして、顔面全体を優しく、かつ圧倒的な弾力で包み込んでくる、二つの巨大な果実。
「た…タチバナ様…!? だ、大丈夫ですか…!?」
突然の抱擁と密着に、アリシアは完全に動きを停止した。彼女の顔面はかつてないほどの熱を持ち、耳の先から首筋に至るまで真っ赤に染まっていた。
震える両手でタチバナの背中を戸惑いがちに触れながら、か細い声で尋ねる。
タチバナは、この極上の感触をあと一時間は堪能していたいという激しい欲求を必死に抑え込み、ゆっくりと、そして名残惜しそうに彼女の胸の谷間から顔を上げた。
彼はアリシアの腰からそっと手を離し、一歩だけ距離を取る。乱れた前髪を無造作にかき上げ、サファイアの瞳を潤ませて硬直している彼女を真っ直ぐに見つめ、真剣で憂いを帯びた表情を作り上げた。
「すまない、アリシア。怪我はないか」
タチバナの声は、低く、落ち着いていた。
「私の剣が未熟なばかりに…」と謝罪しようとするアリシアを、タチバナは静かに首を振って遮った。
「君の剣のせいではない…君が汗を流し真剣に剣を振るう姿が、あまりにも美しくてな。つい見惚れてしまい、足元の注意を怠ってしまったようだ…失格だな」
タチバナが放ったのは、自らのセクハラ行為を隠蔽するための、純度百パーセントの大嘘であり、背筋が凍るほどキザで陳腐な言い訳であった。
だが、その言葉を聞いたアリシアのサファイアの瞳孔が限界まで見開き、彼女の思考回路は完全にショートし、停止した。
ポロリと彼女の手から木剣が滑り落ち、石畳を叩く。
『…お見事ですね』
タチバナの脳内に、フィリアの呆れを通り越して感嘆すら混じった解説が響き渡った。
『貴方のその最低のセクハラ行為と、吐き気を催すような安い口説き文句が、彼女の極端な恋心というフィルターを通ることで、今、見事に翻訳されました。彼女の脳内では、貴方の言葉は「お前の戦う姿の美しさに魂を奪われた。俺の心を乱すのはお前だけだ」という、『魂を揺さぶる、情熱的な愛の告白』として完璧に変換され、受容されたようです。…人間の脳の自己欺瞞の構造とは実に便利で、そして恐ろしいものですね』
フィリアのその宣告は、タチバナにとって完全勝利を告げるファンファーレに他ならなかった。
(よし! 勝った! アリシアの機嫌を取るどころか、好感度を限界突破させることに成功したぞ! 俺の完璧な計算と演技力の勝利だ!)
こちらをうっとりと見つめてくる気高き騎士姫の姿を、タチバナは腹の底で下劣に笑いながら底知れぬ余裕を持った英雄の眼差しで、満足げに見つめ返すのだった。