俺の命を守るためなら、お前らを盾にする 作:最高司祭アドミニストレータ
聖都サンクチュリアの大聖堂、その静謐な客室の一角で。
王女騎士アリシア・フォン・ローゼンバーグの胸の奥深くには、燃え盛る青い炎が渦巻いていた。
彼女のサファイアブルーの瞳が、少し離れた卓を挟んで談笑する二人の男女を鋭く射抜いている。
一人は、己が剣と忠誠を捧げた絶対の存在、勇者タチバナ。
そしてもう一人は、この大聖堂の最高位に座す絶世の美貌の主、聖女アナスタシアであった。
「タチバナ様、こちらのお茶はいかがですか? この聖都にのみ自生する、心身の疲れを癒やす特効の茶葉を煎じたものですわ」
「おお、それはありがたい。聖女殿に入れてもらえるとは、恐悦至極だ」
アナスタシアが甲斐甲斐しくタチバナの世話を焼き、彼がそれを受け入れて柔らかな笑みを向ける。その光景は客観的に見れば、聖なる者同士の交流を描いた一幅の名画のように調和がとれていた。
(あの女…!)
だがアリシアの優れた直感と、王宮という権謀術数渦巻く伏魔殿で培われた観察眼は、聖女のその慈愛に満ちた笑みの裏側に隠された「真実」を正確に見抜いていた。
アナスタシアがタチバナに向ける視線。神の御使いに対する純粋な畏敬や、民を救う英雄への労いではない。もっと生々しく熱を帯びた、明確な「女としての独占欲」の表れであった。
聖女という、何者にも不可侵な絶対的立場を最大限に利用し、タチバナの隣という最も近い空間を堂々と独占している。
そして何よりもアリシアのプライドを許せなかったのは、タチバナがその聖女に向ける「あの眼差し」であった。
(なぜだ。なぜ、私ではないのだ)
アリシアの拳がドレスの布地を握りしめ、微かに震える。一番最初に彼と出会い、彼をこの旅へと導いたのは私だ。いかなる時も彼の隣に立ち、その背中を護り、最も近くで彼の戦いを見つめてきたのも私だ…それなのに。
メグのような男の懐に飛び込む天真爛漫な無邪気さも、セシリアのようなすべてを包み込む圧倒的な献身と母性も、今の自分にはない。今目の前に現れたあの聖女のような、息を呑むほどの神々しさと神秘的な美しさすらも。
(私は、王女としての気高さと、騎士としての武を磨いてきた。しかし…それだけでは、あの方の心を完全に繋ぎ止めることはできないというのか?)
自身のアイデンティティそのものを否定されたかのような深い焦燥。アリシアの誇り高き魂は、ここで絶望に沈むことを良しとしなかった。
(いいえ。まだだ。私には、まだ行使していない強力な武器がある)
彼女は、握りしめた拳をゆっくりと開いた。
騎士としてではない。一国の王女としてでもない。
「一人の女として」、あの聖女に奪われかけている彼の視線と心を、確実にこちらへと引き戻す。そのための戦術的かつ大胆な決断が、彼女の中で固まった。
「タチバナ様。明日の出立に向けた調整として、私と手合わせを願えませんか」
この申し出は、アリシアにとって退路を断つための乾坤一擲の策であった。大聖堂の訓練場にてタチバナを待つ彼女の姿は、いつもの堅苦しく肌の露出を極限まで抑えた重厚な白銀の鎧姿ではなかった。
アリシアは、鏡の前で自身の姿をじっと見つめた。身に纏っているのは、王国騎士団において正式に採用されている訓練着である。規律を重んじる彼女が、奇抜な衣服を身に着けることはない。
だが彼女は「自らの意思」で、普段着用しているものよりもワンサイズ小さなものをあえて選択していたのだ。
上半身を包む白いシャツは、身体のラインに極端なまでにぴったりとフィットし、息をするたびに布地が限界まで引っ張られる。その締め付けられるようなフィット感は、彼女の豊満な胸の双丘の形状と質量を、これ以上ないほど強烈に浮き彫りにしていた。
首元も放熱性を考慮したという名目で、普段よりもボタンを多く開け、深い谷間の入り口を意図的に提示している。
下半身は、足さばきを最大限に活かすという理由づけの元、太ももの半ばまでがあらわになるほど丈の短いキュロットスカート。そこから伸びる長年の過酷な鍛錬によって引き締められた、滑らかで白い脚線美が惜しげもなく陽の光の下に晒されている。
(さすがにこれは、はしたないのだろうか)
一瞬騎士としての強固な羞恥心と道徳観が頭をよぎり、頬が熱を帯びた。彼女はすぐに小さく首を振り、その迷いを断ち切った。
(…いいえ。これは戦いなのだから。いかなる手段を用いてでも、勝利を掴まねばならない)
あの聖女の神々しさに打ち勝つための。彼の心を、己の元へと取り戻すための。
これは単なる衣服ではない。己の女性としての魅力を最大火力で叩きつけるための「戦術兵器」であり、女として戦うための絶対的な決戦用のドレスコードなのだ。
訓練場へと姿を現したタチバナが、彼女の姿を視界に捉えた。その歩みをピタリと止め、ほんのわずかに息を呑んだのを、アリシアの鋭い視線は決して見逃さなかった。
(…よし)
第一段階は、想定以上の成果をもって完了した。彼女は早鐘のように高鳴る心臓の鼓動を必死に抑え込み、できる限り平静な騎士としての顔を装って木剣を構えた。
「タチバナ様、お手合わせ願います」
絞り出したその声が、わずかに熱を帯びて上ずってしまったのは、きっと訓練前の高揚感のせいだ。彼女はそう自分に言い聞かせた。
木剣が交錯し、鋭い打突音が訓練場に響き渡る。
剣を交えたその瞬間から、アリシアは己の想定が根本から甘かったことを、思い知らされることとなった。
タチバナの剣技は、彼女の理解が及ぶ「人の領域」を遥かに超越していた。
アリシアが長年の修行の末に編み出した最速の踏み込みも、変則的な連撃も。
タチバナはまるで未来を視ているかのように、最小限の動きで全てを完璧にいなし流し、彼女の最も脆弱な隙を突くカウンターの軌道を無音で提示してくる。
(すごい。これが…これが、魔王軍の幹部を単独で討ち果たした、タチバナ様の本当の実力…!)
アリシアは戦慄すると同時に、武人としての強烈な歓喜に打ち震えた。この圧倒的で底知れぬ強者と剣を交えている。剣という最も純粋な言語を通じて、彼の魂と直接対話している。その絶対的な事実が彼女を騎士として、これまでにない最高の興奮状態へと導いていた。
しかしそれと同時に一人の「女」としての彼女の心は、武の昂ぶりとは全く異質の甘く粘り気のある熱に浮かされていたのだ。
彼の視線。
木剣が激しく打ち合う最中であっても、彼の瞳は決して剣筋を追っていない。時折彼が放つその真剣で、どこか恍惚としたような熱を孕んだ眼差し。
その視線が己の顔ではなく、自らが意図的に強調した「胸元」や「露わになった太もも」へと直接注がれていることに気づいた時。
アリシアの顔面は、火でも噴き出したかのようにカッと熱く燃え上がった。
(み…見られている…! あの方の熱い視線が、私の身体を舐めるように這わせられている…!)
恥ずかしい。羞恥で思考が焼き切れそうだ。
でも、嫌ではなかった。
不快感など微塵もない。むしろ、もっと見てほしい。自らが決意を込めて纏ったこの姿を、隅々まで網膜に焼き付けてほしいとさえ、心の底から願ってしまっていた。
激しい運動により大量の汗が流れ、呼吸が次第に荒くなっていく。
「はぁ…っ、はぁ…っ、はっ…」
自らの口から漏れる呼吸の音が、やけに艶めかしく、湿り気を帯びたものに聞こえてしまい、アリシアはさらに混乱の度合いを深めていった。汗で濡れた薄いシャツが肌にぴったりと張り付き、中の下着の輪郭すらも透けて見えそうになっている。
(…だめだ。集中しなければ。これは稽古なのだから…!)
彼女は必死に騎士としての理性を総動員して、精神を統制しようとする。
が、タチバナの視線が熱を帯びて己の身体を撫で回すたびに、彼女の身体の奥底から甘い痺れが湧き上がってしまう。正直に、敏感に反応してしまっていた。
(この一撃で、全てを出し切る…!)
アリシアは残る全ての気力と愛情を木剣に乗せ、上段から大きく渾身の力を込めて振りかぶった。
その瞬間タチバナの足が、何もない平坦な地面で不自然にもつれ、彼の身体が大きくバランスを崩し、こちらへと倒れ込んできたのだ。
本来の彼女の騎士としての反応速度であれば余裕で回避するか、彼を安全に受け止めることができたはずだ。
しかし彼女の身体は、まるで強力な拘束魔法にでもかけられたかのように、その場から一歩も動くことができなかった。
無意識の奥底で、彼に触れられることを、彼に押し倒されることを、強烈に望んでしまっていたかのように。
「きゃっ!?」
アリシアの口から屈強な騎士のそれとはかけ離れた、可愛らしい乙女の悲鳴が上がった。彼女の世界は圧倒的な衝撃と熱と究極の柔らかさと、そして抗いがたいほどの強烈な「男性の匂い」によって完全に支配された。
タチバナのたくましい身体が、真正面から激突してくる。その勢いのまま、アリシアは背中から芝生の上へと倒れ込んだ。柔らかな草のクッションのおかげで、背中に痛みはない。
痛みがない代わりに彼女の許容量を遥かに超える、絶大なる精神的衝撃が彼女の全身を襲った。
倒れ込んできたタチバナの顔面が、まるで寸分の狂いもなく計算された完璧な軌道を描き、アリシアの豊満な胸の谷間へと、深々と息ができなくなるほどに埋められたのである。
「んんっ…!」
厚い金属の鎧は存在しない。
汗でしっとりと湿った薄いシャツ一枚を隔てただけの状態で、彼女の身体で最も柔らかく、そして最も敏感な場所に、タチバナの熱い頬と、荒い吐息が直接的に触れている。
その生々しい感触にアリシアの身体の奥底から、ビクンッと奇妙で甘い痙攣が電流のように駆け上がった。
鎧のない、あまりにもダイレクトすぎる接触。鼻腔を甘くくすぐる、彼の汗の匂い。アリシアの優れた戦術的頭脳は、もはや完全に真っ白に染め上げられ、思考回路がショートした。
(む…胸に…! タチバナ様の…お顔が…直接…!)
しかも、タチバナはすぐに顔を上げる素振りを全く見せない。むしろ、その究極の心地よさを存分に確かめるかのように、彼女の谷間の奥深くにぐりぐりと顔を押し付け、さらに深く埋没しようとさえしているように感じられた。
「あ…ぁ…た…タチバナ…さま…っ」
彼の柔らかな黒髪が、彼女の敏感な首筋から鎖骨にかけてをかすかにくすぐる。ぞくりとした脳髄がとろけるような甘い痺れが、背骨に沿って一気に駆け下りていく。
強烈な羞恥心と、騎士としての禁忌を犯しているという背徳感。そして、それら全てを軽々と凌駕する、今まで経験したことのないほどの強烈な快感が、アリシアの身体から急速に力を奪っていく。
(だめ…こんな、はしたない姿を…)
抵抗して彼を突き飛ばそうにも、腰の奥が完全に砕けたように抜け落ちており、指一本動かすことができない。
それどころか己の両腕を伸ばし、彼の頭を胸の中にきつく抱きしめ、永遠に離さないようにしてしまいたいという、狂おしいほどの衝動すら湧き上がってくる。
「んぅ…」
己の騎士としての理性とは完全に裏腹に、アリシアの桜色の唇からは熱を帯び甘く濡れた媚声が、抑えきれずに漏れ出してしまっていた。
ようやく、タチバナがゆっくりと顔を上げた。どこか名残惜しそうな熱情を堪えるような仕草に、アリシアの心臓がまた大きく跳ねた。
彼の瞳は強い熱を帯びてアリシアを見下ろしている。アリシアは、獲物を前にした蛇に睨まれたように、あるいは神の威光に打たれたように、その視線から逃れることができない。
そして彼の顔がゆっくりと近づき、彼女の赤く染まった耳元へと寄せられ、熱い吐息と共に、極めて甘く、低い言葉が囁かれた。
「すまない。汗を流す君が、あまりにも美しくてな。つい見惚れて踏み込みすぎてしまったようだ」
「…へ?」
美しい?
私が?
これほどまでに余裕をなくし、汗にまみれ、あろうことか淫らで、はしたない声を出してしまったこの私が?
タチバナ様が、そう思ってくださった?
その言葉はいかなる高位の精神支配魔法よりも強烈に、アリシアの思考能力を完全に麻痺させ融解させた。
聖女アナスタシアへの黒い嫉妬も。王女としての高潔なプライドも。騎士としての厳格な規律も。
それら全てが、彼のそのあまりにも甘く、劇毒のような囁きの中に、跡形もなく溶けて消え去っていく。
アリシアは荒い呼吸を繰り返しながら、とろけるようなうっとりとした目で彼を真っ直ぐに見つめ返した。