俺の命を守るためなら、お前らを盾にする 作:最高司祭アドミニストレータ
静寂に包まれた聖都サンクチュリアの大聖堂。その高く長い回廊を歩きながら、天才魔法使いメグ・フレイムハートは、可愛らしい唇をむすっと尖らせていた。
(アリシアのやつ、絶対にわざとだ。全部計算ずくだったんだ!)
メグの脳裏に、昨日の訓練場での光景が焼き付いて離れない。
あの堅物で生真面目な王女騎士。あろうことか胸元や脚を強調した薄着の訓練着で、タチバナと剣を交えていたのだ。
あの時のアリシアの顔を思い出すだけで、メグの胸は嫉妬の炎で張り裂けそうになっていた。
(勇者様は、あたしたちみんなの勇者様だ。…でも本当は、あたしだけの勇者様だったらいいのに)
ぽつりと心の中に浮かんだその独占欲に、メグ自身も少し驚いていた。
だが、あの底知れない優しさと圧倒的な力を持つ彼を独り占めしたいという感情は、もはや抑えきれないところまで膨れ上がっていた。
そんなことを考えながら角を曲がろうとした時、回廊の向こう側から、機嫌良さそうに歩いてくる黒髪の青年の姿が見えた。当の本人、勇者タチバナである。
(チャンス!)
メグは立ち止まり、きゅっと拳を握りしめて決意した。
アリシアみたいに「手合わせ」だなんて回りくどい言い訳は、自分には似合わない。あたしはあたしのやり方で、真っ直ぐにぶつかっていくんだ。
メグは意を決し、彼が角に差し掛かるタイミングを見計らって、勢いよく飛び出した。
「勇者様、見っけ!」
タチバナが驚く間も与えず、メグは彼の左腕に自分の両腕をしっかりと絡ませた。そして、計算ではなく純粋な本能のままに、自分の年齢に不相応なほど豊かに成長した胸の膨らみを、彼のたくましい腕へとこれでもかと押し付けた。
タチバナの目が一瞬見開き、驚きの表情を浮かべる。だが、その直後、彼の顔に「少しだけ嬉しそうな、男らしい色気を含んだ笑み」が浮かんだのを、メグは見逃さなかった。
(よし! いい反応!)
メグは内心でガッツポーズを決め、畳み掛けるように、彼に身を預けたまま上目遣いで顔を覗き込んだ。
「ねえ、勇者様! 昨日はアリシアばっかりズルい! あたしとも遊んでよ!」
不満げに頬を膨らませるメグを見て、タチバナは余裕のある微笑みを崩さない。
その大人の男の余裕にドキドキしながらも、メグは切り札となる提案を口にした。
「あたしね、新しい攻撃魔法の構築を考えたんだ! その威力の実験に付き合ってほしいんだけど…いいでしょ?」
もし「疲れているから」と断られたらどうしよう。
一瞬だけ不安がよぎる。しかしタチバナの熱を帯びた視線が、自分の瞳ではなく、腕に押し付けられている胸元へと注がれていることに気づいた瞬間、メグの不安は完全な勝利への確信へと変わった。
(ふふっ…ちょろいんだから、勇者様は!)
自分が「女」として強く意識されているという事実が、メグの全身を甘い優越感で満たしていく。
「ああ。いいだろう。君の新たな力、この俺が見届けよう」
タチバナが、頼りがいのある低く優しい声でそう答えた。
その言葉に、メグは心の底から「やったー!」と歓声を上げ、さらに力強く彼に抱き着いた。
腕越しに伝わってくる、彼自身の高い体温と、しっかりとした筋肉の硬さ。ただ横にいるだけで、胸の奥が甘く痺れてドキドキが止まらなくなる。
(見てなさいよ、アリシア。勇者様を一番ドキドキさせられるのは、このあたしなんだから!)
メグは、彼を独占できる喜びを全身で表現しながら、意気揚々と彼の手を引いて歩き出した。
聖都の喧騒から遠く離れた、郊外に広がる荒涼とした岩場。
見渡す限りの荒野には、草木一つ生えていない。強大な破壊魔法を試すには、これ以上ないほど完璧な環境であった。
(それに…ここは誰の目にも触れない、二人きりの場所。最高のシチュエーションだね)
メグは荒野の中央に立ち、最高の笑顔でタチバナを振り返った。
「あそこにある、一番大きな岩がターゲット! 勇者様は、あの岩のちょっと横の方に立ってて! あたしの魔法がどれだけすごいか、一番近くの特等席で見せてあげるから!」
メグが指差した先には、小さな家屋ほどもある巨大な岩塊が鎮座していた。
タチバナは、その岩とメグの距離を測るように視線を動かし、一瞬だけ、顔に僅かな緊張を走らせた。
(ふふっ。勇者様、あたしの魔法が暴発して巻き込まれないか、少し心配してるんだ。その顔もまた可愛いなぁ)
メグは、自らの才能に対する絶対的な自信を持っていた。
(大丈夫だよ、勇者様。あたしの魔力制御は完璧だもん。あたしの魔法は、絶対にあなたを傷つけたりしない。だって……あたしの魔法は、あなたを守るための魔法なんだから)
タチバナは小さく頷くと、ゆっくりとした足取りでターゲットの岩の斜め前方──爆発の余波が届くか届かないかのギリギリの距離へと歩を進め、足を止めた。
腕を組み、真剣で、熱を帯びた眼差しを真っ直ぐにメグへと向けてきた。
(…見てる。勇者様が、あたしのことだけを見てくれてる)
世界を救う英雄の瞳に、自分という存在だけが映り込んでいる。
ただその絶対的な事実だけで、メグの体内を巡る魔力回路が、これまで経験したことのないほどの熱を持ち、限界を超えて高まっていくのを感じた。
(見ててね、勇者様。これが、あたしの本気。あたしの全部。…あなたのためだけに放つ、あたしの最強の魔法を!)
メグは深く息を吸い込み目を閉じると、大気中の魔素を己の身体へと集束させるための古代の呪文の詠唱を開始した。
「──根源たる焔よ、我が声に集え。森羅を灰燼に帰す、破滅の息吹よ──」
メグの小さな身体を中心に、凄まじい魔力の渦が発生した。
大地が微かに震え、周囲の空気が陽炎のように歪み始める。彼女の持つ莫大な魔力が熱量へと変換され、周囲の温度が急激に上昇していく。
呪文を紡ぎながらも、メグの意識の半分はタチバナへと向けられていた。
(もっと見て。あたしの全部を見て)
詠唱に伴って発生した強大な魔力の暴風が発生する。
下から吹き上げる乱気流が、彼女の極端に丈の短いミニスカートのローブの裾を容赦なくめくり上げた。
「あっ…!」
普段であれば、ここまで無防備に肌を晒すことはない。太ももの奥深くまで露わになり、下着の輪郭すら見え隠れするほどの強風。
乙女としての激しい羞恥心が顔を赤く染める。だがそれ以上に、彼に「見られている」という背徳的な興奮が、メグの理性を凌駕していった。
彼の熱い視線が、露わになった自分の太ももを凝視している。
彼の瞳が、魔力の反動で大きく揺れ動く自分の胸の双丘に、完全に釘付けになっている。
(あたしって、結構エッチなのかな…)
ふと、己の内に芽生えた大胆な感情に驚きながらも、メグはそれを否定しなかった。
彼が相手なら、それも悪くない。むしろ彼の前でなら、もっともっと大胆で魅力的な自分になれる気がしたのだ。
魔力が限界点に達し、彼女の掲げた杖の先端に太陽の如き白熱の火球が形成された。
これはただの攻撃魔法ではない。
タチバナへのとめどない想い。燃えるようなあたしの恋心そのものを具現化した、究極の魔力。
「いっけぇー! あたしの最強魔法! フレイム・ノヴァ!」
メグは積もり積もった愛の告白を夜空に叩きつけるように、喉の奥から渾身の力で叫んだ。
白熱の火球が空気を焼き焦がす轟音と共に彼女の手を離れ、ターゲットである巨大な岩塊へと一直線に飛翔していった。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
天地を揺るがす凄まじい爆発音が荒野に轟いた。
メグの放った『フレイム・ノヴァ』は、標的の巨大な岩塊に直撃するや否や、それを一瞬にして原子レベルで粉砕し、跡形もなく消し去った。
「やった…!」
メグが自らの魔法の成功に歓喜の笑みを浮かべた、その直後であった。
岩を粉砕したことで行き場を失った超高熱の爆風と、石の破片を巻き込んだ猛烈な衝撃波が円心状に広がり、メグとタチバナのいる方向へも容赦なく襲いかかってきたのだ。
「えっ…!?」
自分の魔法の威力が想定を遥かに超えていた。
猛烈な熱波と土煙が、防壁を持たないメグの小さな身体へと迫りくる。回避する時間などない。
(やばい、吹き飛ばされる…!)
メグが恐怖に目を固く閉じた、まさにその刹那であった。
「危ない、メグ!」
荒野に響き渡る、低く力強い男の声。
次の瞬間、メグの視界は飛び込んできた巨大な影によって完全に覆い隠された。
ドンッ! という衝撃と共に、メグの身体は硬い地面へと押し倒された。
背中を打つ痛みは全くなかった。タチバナの身体が、完璧な盾となって覆いかぶさっていたからだ。
「きゃっ…!」
メグの耳に、彼自身の激しく脈打つ心臓の鼓動がダイレクトに伝わってくる。
鼻腔を満たすのは、土埃の匂いではなく、彼の身体から発せられる熱を帯びた汗の匂いと、大人の男の力強い香り。
腕の中に収まるという、これまでに経験したことのない圧倒的な安心感と密着感に、メグの脳髄は甘く痺れ、完全に恐怖を忘却していた。
(勇者様…! あたしの魔法の爆風から、自分の身を挺してあたしを庇ってくれたんだ…!)
どれほどの時間が経過しただろうか。
やがて爆風が収まり、周囲の土煙が風に流されていく。
タチバナが、ゆっくりと身体を起こし、メグの身体を覆っていた腕の力を少しだけ緩めた。
そして、彼が覆いかぶさったままの体勢で、至近距離から真剣な眼差しでメグを見下ろした。
「…大丈夫か、メグ。怪我はないか?」
タチバナのその声には、彼女を心底心配する深い愛情が込められているように聞こえた。
メグはぽかんとした顔で、目の前にあるタチバナの顔を見上げていた。
自分を身を挺して守ってくれた、無敵のヒーロー。その事実が、彼女の胸の奥で爆発的な感動となって弾けた。
「…うん。大丈夫。…勇者様が、守ってくれたから…」
メグの顔面は熱波のせいではなく、極限の羞恥と恋心によって耳の先まで真っ赤に染め上げられていた。
彼女の琥珀色の瞳は熱く潤み、恋する乙女の絶対的な信頼を込めて彼を見つめ返している。
タチバナはメグの上に覆いかぶさったまま、退く気配を見せなかった。
彼は何も言わず、メグを見つめ続けている。
「え…? 勇者、様…?」
メグの大きな瞳が、驚きと戸惑いに見開かれた。
顔が近い。
彼の吐息が、メグの唇にかかるほどの至近距離。
自分が今、彼から何をされようとしているのか。天才的な頭脳が瞬時にその答えを導き出すが、身体は呪縛されたように一ミリも動かすことができない。
いや、動かしたくなかったのだ。
そして、メグが次の言葉を発するよりも早く。
タチバナの顔がゆっくりと傾き、彼の熱い唇が、メグの柔らかく震える唇へと、そっと重ね合わせられた。
「…っ!」
メグの身体が、ビクンッ! と大きく跳ねた。
初めて触れる、男性の唇の感触。
それはただ触れるだけの、羽毛のように軽いキスだった。だが、そこから伝わってくる圧倒的な熱量と「所有の意思」が、メグの頭の中を完全に真っ白に染め上げた。
(キス。勇者様と、あたし、キスしてる…!)
タチバナは少しだけ意地悪く唇を合わせたまま静止し、メグの反応を待っているようだった。
数秒の硬直の後。
メグの身体からふっと抗う力が抜け、彼女はそっと目を閉じ己の運命を受け入れるように力を抜いた。
それこそが彼女からの「受容」の合図であった。
タチバナの唇が少しだけ深く角度を変え、より強い力で押し付けられる。
「ん…ぅ…っ」
メグの口から自分でも信じられないほど甘く、可愛らしい声が漏れ出した。
その声に呼応するかのように、タチバナがメグの下唇を優しくこじ開けるようにして、熱い舌を彼女の口内へと差し入れてきたのだ。
「んんっ…!? ふぁ…っ」
初めての、深く侵略されるような感覚。メグの小さな身体が、未知の快感と驚きにビクビクと震える。
拒絶の意思は全くない。むしろ彼女は不器用ながらも自らの舌を恐る恐る動かし、彼の熱を受け入れ応えようとしていた。
甘く深く魂ごと溶かされていくような、濃厚な口づけ。
周囲の荒野の静寂の中、二人の唇が交わる艶めかしい水音だけがメグの耳に鮮明に響き続けていた。
やがてタチバナが心ゆくまで彼女を味わい尽くし、ゆっくりと名残惜しそうに唇を離した。
二人の唇の間には陽光を反射してキラリと光る、一本の銀色の糸が艶かしく引かれていた。
そのあまりにも官能的な光景。メグは完全に腰の奥から力が抜け、指一本動かすことができなかった。
彼女は地面に身を預けたまま潤みきった瞳で、熱を帯びた吐息を吐きながらタチバナを見上げる。頬は極限まで赤く染まり、口元はだらしなく半開きになったままだ。
「あ…ぅ…ゆ、勇者…さま…」
完全に、身も心も蕩けきっていた。
タチバナはそんなメグの姿を見て満足げに微笑むと、彼女の赤い髪を優しく撫でながら悪戯っぽく耳元で囁いた。
「今の魔法は本当にすごかったな。これは俺を守ってくれたことへの、ご褒美だ」
その甘く反則的なまでにずるい言葉に、メグの身体が再びびくんと大きく震えた。
(あぁ…もうだめだ)
メグは確信した。
この人は、あたしの運命の人だ。
世界中の誰を敵に回しても、もう絶対に、誰にも渡さない。
アリシアの気高さにも、セシリアの献身にも、そしてあの聖女の神々しさにだって、絶対に負けない。
勇者様は、あたしのものだ。
荒野の空の下、身を挺して守ってくれた無敵のヒーローの腕の中で。天才魔法使いメグ・フレイムハートの心の中で燃え上がった恋の炎は、激しく燃え盛っていた。