俺の命を守るためなら、お前らを盾にする 作:最高司祭アドミニストレータ
聖都サンクチュリアの大聖堂は、荘厳な静けさに包まれていた。
ステンドグラスから差し込む光が、手入れの行き届いた中庭の芝生を幾何学的な模様で彩っている。
勇者タチバナは、その中庭に設置された大理石のベンチに深く腰掛け、日向ぼっこをしながら欠伸を噛み殺していた。
(やれやれ。アリシアの激しい剣の稽古に付き合わされ、メグの危険な魔法実験の爆風から逃れ、身体の節々が痛む。俺のような繊細な指揮官にとって、このような過酷な任務の連続は寿命を削る行為に等しい)
タチバナは己の欲望を満たすために自ら進んで飛び込んだ結果であることを完全に棚に上げ、被害者面でため息をついていた。
だが、その二つの「苦行」を乗り越えた対価は、計り知れないほど大きかった。
(結果として、アリシアもメグも俺の男らしさと優しさに完全に惚れ込んだ。俺のハーレム王国建設に向けた外堀は、今や鉄壁のものとなりつつある)
彼が自身の完璧な采配に悦に入っていると、視界の端で、純白の法衣の裾がひらりと揺れた。
見れば、僧侶のセシリアが、どこか落ち着かない様子でこちらへとおずおずと歩み寄ってくるではないか。
(ん? セシリアか。どうしたんだ、あんなに顔を赤くして)
「あ、あの…タチバナ様…」
彼女はタチバナの数歩手前で立ち止まると、胸の前で両手をぎゅっと組み合わせ、潤んだエメラルドグリーンの瞳で上目遣いにこちらを見つめてきた。
「どうした、セシリア。何か悩み事か?」
タチバナは、英雄らしい包容力に満ちたと自負している穏やかな声で応えた。
「その…皆様のお怪我を癒やすための、補充用の薬草が少なくなってまいりまして…。もし…もしよろしければ、私と一緒に、森へ薬草摘みに行っていただけませんでしょうか…?」
消え入りそうなほどか細い声だったが、タチバナの耳にははっきりと届いた。
(薬草摘み? なんで俺がそんな面倒な肉体労働に付き合わなきゃならないんだ。一人で行くか、神官たちにでも頼めばいいだろうが)
タチバナの怠惰な本能が、即座に拒否の指令を脳内に発信した。
だが、次の瞬間、彼の極めて悪質でスケベな計算回路が、その指令を強引に上書きしてフル回転を始めたのである。
(待てよ? 薬草摘みということは…森の中。人目のない場所。しかも、二人きり…これは、俺にとって絶好のチャンスじゃねえか!)
タチバナの脳内に、完璧な計画の青写真が秒速で組み上がっていく。
ただ森を歩くだけでは面白くない。危険な場所へと誘導し、そこで「不測の事態」を装って彼女を助けるという自作自演の英雄劇。
これ以上に、ヒロインの好感度を荒稼ぎできる都合の良いシチュエーションは存在しない。
(ぐへへへ…! 聖母のように清らかな彼女を、俺の腕の中に自ら飛び込ませるように仕向ける…最高にそそるシチュエーションだぜ!)
タチバナは、腹の底で蠢くドス黒い欲望を爽やかな笑顔という分厚い仮面で完全に覆い隠し、力強く頷いた。
「ああ、もちろん同行しよう。君のような女性を、魔物が潜むかもしれない森へ一人で行かせるわけにはいかないからな。君の護衛は、俺に任せてくれ」
その頼もしい言葉を聞いた瞬間、セシリアの顔がパッと花が咲いたように明るく輝いた。
『彼女の思考の波長をスキャンしました』
タチバナの隣の空間に透明化して浮遊する精霊フィリアが、絶対零度の思念を脳内に直接送り込んできた。
『「ああ…! お疲れのはずなのに、私の安全を第一に心配してくださっている…! なんてお優しい方…!」と、感動で打ち震えていますよ。貴方のその、純度百パーセントの下心しか存在しない快諾が、彼女の脳内では高潔な聖者の慈悲へと見事に変換されました。おめでとうございます、この詐欺師』
(だろ!? 俺の演技力と状況判断能力も大したもんだろ! これで外堀は完全に埋まる!)
タチバナはフィリアの皮肉を最大の賛辞として受け取り、意気揚々と立ち上がった。
聖都の郊外に広がる、豊かな緑に包まれた森の中。タチバナとセシリアは、木漏れ日が差し込む獣道をゆっくりと歩いていた。
「あ、タチバナ様、見てください! あそこにも良質な癒やし草が!」
セシリアはタチバナと二人きりであるという状況に顔をほころばせ、とても幸せそうな様子で次々と薬草を摘み取っていく。
タチバナは、背後から「周囲を警戒している」という体裁を装いながら、実際には彼女の無防備な背中といやらしい視点からの観察に全神経を集中させていた。
薬草は地面の低い場所に生えている。そのため、セシリアは薬草を摘み取るたびに、大きく身体を前方に屈める姿勢をとらざるを得ない。
彼女が屈むたび、分厚い純白の僧侶服の胸元が重力に従って大きくたわみ、普段は隠されている神々しいほどの深い谷間が、チラチラと確かな質量を伴ってタチバナの視界に飛び込んでくるのだ。
(おおおお…! なんという圧倒的な豊満さ…! 動くたびに揺れるあの質量の連鎖…まさに聖母の渓谷! アリシアやメグとは次元の違う、規格外の破壊力だ!)
タチバナは興奮で息が荒くなるのを必死に噛み殺しながら、周囲の地形を冷静に分析し続けていた。
彼の目的は、ただ眺めることではない。自らが立てた「自作自演の救出劇」を実行するための、完璧な舞台装置を探し出すことだ。
やがて、彼が求めていた理想的なロケーションが姿を現した。
森の少し開けた場所の先。木々が途切れ、急な下り坂となっている、見晴らしの良い崖である。
足場は適度に脆い土と石で構成されており、いかにも「不注意で滑落事故が起きました」と演出しやすい、絶好の地形であった。
(…見つけた。あそこだ。あそこなら、確実に俺の計画を遂行できる)
タチバナは、さも周囲の自然を観察して名案を思いついたかのような、真剣な表情を作ってセシリアに声をかけた。
「セシリア。あっちの崖の縁の方に、見慣れない植物が生えているのが見える。もしかしたら、より効能の高い珍しい薬草かもしれない。俺が安全を確認しながら案内するから、少し見てみよう」
「はい! タチバナ様!」
セシリアはタチバナの言葉に一切の疑いを持たず、尊敬と信頼の眼差しを向けて彼に続いた。
『いよいよですね、タチバナ』
フィリアの、軽蔑を通り越して虚無に達した声が響く。
『完全に腐りきった魂で練り上げた、最低最悪の計画を実行に移す時が来たようです』
(うるさい! これも、部隊の結束を固め、俺の完璧なハーレム王国を築くための神聖な儀式だ! 黙って見ていろ!)
タチバナは自らの暴挙を崇高な目的へとすり替え、セシリアを死の危険すら伴う崖っぷちへと、笑顔で誘い込んでいく。
崖の縁から数十センチ手前。眼下には、切り立った岩肌と、森の底の深い緑が広がっている。
タチバナは、崖の下を覗き込むフリをしながら、背後のセシリアの立ち位置と距離を正確に測っていた。
「気をつけろよ、セシリア。足元が緩くなっているからな」
「はい、ありがとうございます、タチバナ様。あ、本当に。岩の隙間に、珍しい青い花が…」
セシリアが崖の縁のすぐ近くに咲く一輪の花に気を取られ、無防備に一歩前へと踏み出した。
(…今だ!)
タチバナの計算回路が、実行の合図を出した。
彼は完璧なタイミングで、誰の目にも不測の事故にしか見えないほど自然に、足元の少し大きめの石を意図的に踏み抜いた。
ズルッ!
石が崩れ、タチバナの身体が大きく体勢を崩す。
「うわっ!?」
タチバナは驚愕の声を上げながら、すぐ隣にいたセシリアの腕をがしりと強く掴み、彼女を道連れにするような形で自ら崖の方へと倒れ込んでいった。
「きゃあああああっ!!!!」
突如として足場を失ったセシリアの、悲痛な絶叫が森の静寂を切り裂いて響き渡った。
二人の身体は崖の縁から完全に滑り落ち、重力に従って何もない空中の闇へと投げ出された。
だが空を舞うタチバナの頭脳は、極めて冷静であった。彼には、自分が確実に助かるための勝算があったのだ。
落下しながら彼はあらかじめ視界の隅で捉え、目星をつけておいたものへと狙いを定める。崖の中腹の岩肌から大蛇のように太く頑丈な木の根が、横に突き出しているのを。
タチバナは落下する速度と自身の体重、そしてセシリアの体重を瞬時に計算し、空中で見事なまでに身体を捻った。
そして、その突き出た太い木の根を、寸分の狂いもなく、残された片腕でがしりと掴み取ったのである。
ガクンッ! と凄まじい衝撃が腕の関節を襲うが、彼は歯を食いしばって耐え抜いた。
宙ぶらりんの状態で崖の中腹に静止する。
タチバナの右腕は太い木の根を握りしめ、彼の左腕は、恐怖で身体を強張らせているセシリアの腰をしっかりと抱き抱えていた。
タチバナの計画は、彼の描いた設計図通りに完璧な成功を収めたのだ。
(ぐへへへへ…! 完璧だ! 大成功だぜ、この状況!)
タチバナは、腕の痛みなど完全に忘れ去り、内心で狂喜のダンスを踊っていた。
彼の左腕の中では、セシリアが恐怖のあまり目を固く閉じ、わなわなと小動物のように震えている。
その激しい震えが、彼女の極限まで柔らかい身体をブルブルと細かく揺らし、タチバナの身体に密着した部分……とりわけ、彼の胸板に直接的に押し付けられている、彼女の規格外に豊満な双丘の感触を、これ以上ないほどダイレクトに伝えてくるのだ。
(おおおおおおお…ッ! なんだこの感触は! 柔らかい! 柔らかすぎる! 凄まじい質量感だ! まるで天上の雲そのものを抱きしめているかのようだ!)
分厚い僧侶服の生地一枚を隔てて伝わってくる、神々しいまでの柔らかさと圧倒的な弾力。
そして、パニック状態に陥った彼女の身体から発せられる、体温を帯びた甘い汗の香りが、タチバナの鼻腔をくすぐり、彼の理性を完全に焼き切らんばかりに刺激する。
だが、ここでただニヤついているだけでは、三流の変態で終わってしまう。タチバナは、この極上の感触を味わいながらも、英雄としての最大の演技を開始した。
「大丈夫か、セシリア! しっかりしろ!」
タチバナは、さも必死に痛みに耐えているかのような、英雄らしい力強い声で呼びかけた。無論、内心では「この素晴らしい状況を、あと三十分くらいは維持して堪能していたい」としか思っていない。
セシリアが、その声に反応してゆっくりと恐る恐る目を開けた。
彼女の潤んだエメラルドグリーンの瞳が、自分を抱きとめているタチバナの顔を不安げに見上げる。
「タ、タチバナ様…! ああ、なんということでしょう…!」
セシリアは、自分がタチバナと共に崖の中腹で宙吊りになっている絶望的な状況を理解し、涙を溢れさせた。
「も、もうだめです…! 私のことはお構いなく、その手を離してください…! 貴方様だけでも、助かって…!」
自己犠牲の精神。それはタチバナが最も利用しやすい、そして最も欲していた言葉であった。
「馬鹿なことを言うな!」
タチバナは顔を険しく歪め、大声で叫んだ。ここが正念場だ。彼の頭脳が蓄積してきた、女を落とすための最高のキラーフレーズを放つ時である。
「俺が、君を見捨てるわけがないだろうが!」
「ですが…! 貴方様の片腕だけで、私まで支え続けるのは限界があります…! このままでは、二人とも…!」
「絶対に離さない!」
タチバナは渾身の力を込めて、セシリアを抱きしめる左腕の力をさらに強めた。
もちろん、彼の片腕は鍛え抜かれているわけではないが、火事場の馬鹿力と、何より「このおっぱいの感触を絶対に手放したくない」という下劣な執念が、彼に超人的な筋力を与えていた。
「君がいないパーティなど、俺には考えられない! 君がいない世界など、俺には全く意味がないんだ!」
(俺の安全で快適な冒険ライフを維持するためには、絶対に回復役のお前が必要だからな! 的な意味で!)
セシリアの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちていく。
「タチバナさま…」
彼女の表情は、もはや死の恐怖に怯える少女のものではなかった。
絶望の底知れぬ淵において、自らの命を削ってまで自分を救い出してくれる、ただ一つの絶対的な光。唯一無二の「神」を見上げる、敬虔な信徒のそれであった。
彼女は震える細い腕をゆっくりと伸ばし、タチバナの首にしっかりと回した。そして、彼の身体にすがりつくようにして、己の全身をぎゅっと密着させてきたのだ。
(うおおお! 密着度、さらにアップ! 胸の圧力が限界突破してさらに増したぞ! 最高だ! この自作自演、やって大正解だったぜ!)
タチバナが内心で万歳三唱をしていると、セシリアは、彼の胸元に顔を埋めたまま、震える声で囁いた。
「もう私の命は、貴方様だけのものです…これから先、どこまでも…お供させてください…」
(…よし。完全に落ちたな)
タチバナは自らの完璧な詐術が、一人の乙女の精神を完全に掌握したことを確信し、満足げに深く頷いた。
「ああ。絶対に二人で助かる。だから、俺を信じろ」
『…お見事ですね、タチバナ』
フィリアの、どこか呆れ果てて感心すらしているような思念が響いた。
『貴方のその完全に腐りきった魂で練り上げた、最低で卑劣なマッチポンプの計画は、完璧な成功を収めました。彼女の精神内において、貴方はもはや、自らの命を賭して自分を救い出してくれた、絶対的な『神』として認識されました。…ある意味において、心よりお祝い申し上げますよ』
(最低とは失礼な。これは愛と信頼を深めるための、必要な荒療治というやつだ)
フィリアの皮肉たっぷりな祝福の言葉を、タチバナは得意げに鼻で笑い飛ばした。
彼は腕の中に収まる聖母の圧倒的な重みと、極上の柔らかさを骨の髄まで堪能しながら。
完璧な英雄の顔を作り自らがよじ登るべき崖の上を、余裕の表情で見上げるのだった。