「ねぇ、トレーナー。スティルインラブのトレーナーって知ってる?」
トレーナー室のソファでだらけていた俺に、テイオーがひょいと顔を覗き込んでくる。
「あー……アイツだろ? 赤くなった瞳が戻らないって噂の」
「そうそう。ボクも友達から聞いただけなんだけどね、夜に眠れなかったり、食欲がなかったり、ずっと体調が悪いらしいよ?」
「へぇ〜、大変だな」
生返事をしながら、俺の視線はスマホの中へ沈み続ける。
画面に映るのは777Realの『e北斗の拳11 暴凶星』ラオウモード、敗北無しフラッシュカスタム。
回転数はちょうど2600を超えたところ。
当たりの気配は当然ゼロ。
無限に減り続ける持ち玉に、むしろ心地よさすら感じ始めていた。
「随分と他人事なんだね。同じトレーナーでしょ? 少しは心配とかしないの?」
「だって結局は他人じゃん。俺が何かしたところで、俺にメリットねぇし」
「うわっ、さいてー」
「それに厄介なのはトレーナーじゃなくて、担当のウマ娘の方だぞ」
「え、そうなの?」
ようやく画面から目を離し、俺は肩をすくめる。
「どう見てもヤバいだろ。あれは。狂気にどっぷり浸かってるタイプだ。半端な覚悟で首突っ込むと、普通に飲み込まれるぞ」
「ふーん……そんな風には見えないけどなぁ〜」
「目、腐ってんじゃない? まあいいけど。こういうのは当人同士の問題だ。外野が口出すもんじゃねぇよ。アイツらなりに進んで、アイツらなりの終わりに辿り着く。それでいいんだ」
完璧に言い切る。まさに、完全防御の構え。
「分かったな?」
「はーい」
よし、逃げ切った。
俺は再び画面へと意識を沈める。
だが、ラオウはいまだに微動だにしない。
どうすんのこれ。どうしてくれんのこれ。
「そうも言ってられないようですよ、トレーナーさん」
【悲報】逃げ道封鎖。
振り返ると、アルダンが一枚の用紙を持って立っていた。
「なにこれ?」
「理事長からの依頼書です♪」
「俺はいつからスケット団になったの?」
「どっちかっていうと万事屋じゃない? リーダー腐ってるし」
「お黙り定春。ペットははちみー飲んでなさい」
「むきーっ!! 誰が定春だいっ!!」
突撃してくるテイオーの頭を片手で制しつつ、用紙に目を落とす。だが、七文字くらい読んだところで、読む気が失せた。
するとアルダンは、すべて察した顔で微笑んだ。
「要約しますと、スティルインラブさんと、そのトレーナーさんを“救ってほしい”、とのことです」
「えぇ……さっき断ったばっかなんだけど……テイオー、お前これ知ってた?」
「いーや? ぜんっぜん! でもこのタイミングで来るってことは、やっぱりボクって天才だよね!」
「はいはいすごいすごい。すごいから静かにしようねー」
えっへん! と無い胸を張りドヤ顔を決めるテイオーの頭を撫でながら、俺はめんどくさそうにアルダンに視線を向ける。
「俺が断るって分かってるよな?」
「えぇ♪ ですが、理事長さんに“これを置いていい”と言われましたので♪」
「……これ?」
するとアルダンが、トレーナー室の外に置いてあった“何か”を持ち上げる。
運び込まれる、巨大な箱。
いや、違う。
これは、箱なんて生易しいものじゃない。
見間違えるはずがない。
あれは……
頭上の、あの三つの7の数字は……
下パネルで笑う、あの忌々しくも愛おしいピエロは…………っっっ!!!!
「ジャグラーじゃん!!!!!」
テレレテレレテレレテレレ♪
テレレテレレテレレテレレ♪
テレレレーテーテーテーテーテーテーテッテテテー♪♪
「あぁ〜〜〜!! アイムジャグラーの音ォ〜〜!!」
親の声より聞いたBGM。
気づけば俺は台に駆け寄り、パネルに頬を寄せ、何度も何度もチュッチュと口づけを落としていた。
「これは、前金ならぬ“前ジャグラー”らしいですよ♪ さらに、依頼に成功したらもう一台、好きな筐体をトレーナー室に置いて良いとのことです♪」
「マジで!?」
「マジです♪」
間髪入れず、食いついた。
「なんでも良いの!? パチンコでも良いの!?」
「良いらしいです♪ なんならP機も準備するそうですよ♪」
「マジかよやったー!!!! やよいちゃん大好き愛してるっ!!!!」
勝ったな。
まだ何もしてないのに、もう勝った。
急に闘志がわいて来たぜェ〜!!
「ねえねえ大丈夫? あんなのトレーナー室に置いたら、お仕事しなくなっちゃうんじゃない?」
「まぁ、その時はその時です♪ 私たちでなんとかしましょう♪」
「……前々から思ってたけど、アルダンってトレーナーに甘すぎない? そんなんじゃダメ人間になっちゃうよ?」
「その時はテイオーさんが叱ってあげてください♪ 飴と鞭ですよ♪」
「えぇー!? なんでボクがー!?」
「口ではそう言ってますけど、私には分かりますよ? テイオーさんはトレーナーさんのことが———「うわあああああああ!?!?!?」あら♪」
何やらテイオーが叫んでいるが、今の俺には関係ない。
視界の中心には、すでに“未来のトレーナー室”があった。
ジャグラー。
そして、もう一台の夢。
それは、家パチでも家スロでもない。
“トレパチスロ”。
その響きだけで、脳内に鐘が鳴る。
ゴングだ。
開戦の合図だ。
「よっしゃお前ら!! そうと決まれば善は急げ!! 早速、明日に作戦実行だ!!」
「作戦、ですか?」
「え、ボクたちも何かするの?」
「あたぼうよ!! スティルインラブとトレーナー、その両方をどうにかしねぇと意味がねぇからな!!」
指を一本、立てる。
「お前らは明日、スティルインラブをここに呼べ。お茶会でも何でもいい。なんなら模擬レースをやっても良いぞ!! とにかく、スティルインラブと一緒に過ごすんだ!!」
「でしたら、とびっきりのお菓子と紅茶を用意しなきゃですね♪」
アルダンが、嬉しそうに微笑む。
「……で、トレーナーはどうするの?」
テイオーが、じっとこちらを睨む。なぜか頬を少し赤く染めながら。
俺は親指を立て、にやりと笑った。
「狂気を吹き飛ばすほどのドーパミンをスティルトレにぶちまけてやんだよ……!!」
『俺に敗北はありえぬ!!』キュウィウィン!! ティロリロティロリロティロリロリロリロリロー!!!!
「ぐっ、あ、頭が、痛い……でも、僕はなんとしてもスティルの……!!」
「はぁーい、ジョージィ♪♪♪♪」
「ひっ……貴方は、メジロアルダンとトウカイテイオーの……!!」
「脳汁ドバドバ、したくない?」
「えっ、いや結構です……えっ、ちょっと腕を引っ張らないで……あっ」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッ!!!!!!!!」
「……今、トレーナーさんの声が……?」
「きっと気のせいですよ♪それより、次はクッキーを召し上がってください♪」
「お茶会が終わったら、3人で模擬レースだからねっ!」
「アハァッ……!!……あっ、す、すみませんっ!」
「?? どうして謝るんですか?」
「だ、だって、もう1人の私が……」
「それがどうかしたの? スティルはレースができるって聞いて、喜びが隠せないだけでしょ?」
「……怖く、ないんですか? もう1人の私が……私の狂気が……」
「全然怖くありませんよ♪」
「むしろ、身近にもっとやばい狂気を持った人がいるからね。それに比べたら可愛いもんだよ……」トオイメ
「スティル、心配かけてごめんね。でも、僕はもう大丈夫。何があっても、キミから離れることなんてない……!!」
「トレーナーさん……!!」
「めでたし、めでたしですね♪」
「ねぇ、トレーナー。一体何をしたの?」
「ん? 何ってそりゃぁ……」
「開店から閉店までずっと、『e地獄少女7500Ver』をノリ打ちしただけだが??」
いくらスティルトレがビギナーズラックを発動させても、それを上回るパチンカスのパチンカスが全てを飲み込むのだ……
狂気を祓うにはそれより強大な狂気をぶつけばいいってはっきりわかんだね。