『1着はケイエスミラクル!! ケイエスミラクル、圧巻の快速!! 見事な勝利です!!』
実況の声と共に、観客たちの歓声がターフを包み込む。
そして、電光掲示板に表示されるのは“レコード”の文字。
——流石だ。
ケイエスミラクルというウマ娘は、速すぎる。
今まで自分を支えてくれた人たちへ、“ありがとう”を届けるために、彼女は誰よりも速く走ろうとしていた。
俺はその理由を深く知るために、彼女の両親から幼少期の話を聞いた。
彼女は幼い頃から、ずっと病院暮らしだったこと。
両親や担当医たちに支えられながら、生きてきたこと。
遊びたい盛りで、学びたい盛りの時期。それでも彼女は、弱音ひとつ吐かなかったこと。
そんな彼女が——ある日、テレビを見ながら呟いたのだ。
『……走り、たい』
『あんなふうに……走りたい、な』
『走れるように……なりたい。おれも——』
だから、彼女の周囲にいた人たちは、彼女を支え続けてきた。
彼女が初めて口にした、“願い”を叶えるために。
だが、彼女の願いはそんな単純なものでなかった。
俺は、ケイエスミラクルが見ていたというレースを調べた。
両親はきっと、そのレースで勝利したウマ娘の走りに憧れたのだと思ったのだろう。
だが、俺が注目したのはレースじゃない。
レース後の、インタビューだった。
『でっかい歓声を浴びて、走って、勝って……あのこはね、僕たちの誇りです。かけがえのない、宝物です』
『……幸せ者ですよ、僕たちは。あんな子と出会えて』
ウマ娘の両親は、涙を浮かべながらそう語っていた。
自分たちは、幸せ者なのだと。
——それを見て。
ケイエスミラクルは、理解してしまったのだろう。
ずっと迷惑をかけてきた両親へ、恩返しをする方法。
みんなを笑顔にする方法。
それは——走ることだ。
テレビの中で輝いていたウマ娘のように走れれば。
歓声を浴びて。
勝利して。
誰かに夢を届けることができれば。
きっと、みんなは幸せになれる。
幼いケイエスミラクルは——そう信じてしまったのだ。
そうすれば。
自分は、“悪い子”じゃなくなれるのだと——
「トレーナー、さん……だめ、ですよう……」
「……夢の中の俺は何をしてんだ?」
ウイニングライブを終えた後、ケイちゃんは机に突っ伏したまま眠ってしまった。
寝言が大きい——とは、ご両親から聞いていたが。
なるほど、確かにその通りらしい。
普段はしっかりしている分、こういうところは年相応というか……見た目以上に可愛らしい。
「それ以上は……借金が……」
「夢の中でも俺は借金してんのかよ……」
「あうぅ……」
軽くデコピンをすると、ケイちゃんは小さく呻き声を漏らした。
だが、それでも目を覚ます様子はない。
相当、疲れていたのだろう。
「……まぁ、レコード勝ちしたんだから当然か」
俺は苦笑しながら、眠る彼女の髪をそっと撫でる。
彼女の体は、ちゃんと前へ進んでいる。
彼女の願いを、受け止められるだけの強さを手に入れている。
なら、あとは、俺が隣で支えてやればいい。
そうすればきっと、彼女はこれからも誰かに幸せを届けられる。
幸せを運ぶ、青い鳥のように——
「
突如、ケイちゃんの閉じられた瞳から、ほろりと涙がこぼれ落ちた。
「……っ」
俺は小さく目を見開く。
まるで、悲しい夢でも見ているかのような泣き顔だった。
「……ったく」
そっと涙を拭い取り、乱れた髪を優しく撫でる。
「今度は、何の夢を見てるんだか」
「僕、不幸な子なのかな……」
そう呟くと、お父さんとお母さんは心配そうに顔を見合わせ、すぐに僕の側へ駆け寄ってきた。
「……どうしたの、ハル? 学校で何かあったの?」
お母さんにそう問いかけられ、僕は今日、学校で言われたことを思い出す。
「クラスの子がね……僕の眼は変だって」
「「……」」
「お前に見られると、不幸になるって……」
そう口にした瞬間、お父さんが僕をそっと抱き上げた。
大きな腕が、優しく僕を包み込む。
「確かに、他の人から見れば、ハルの眼は普通じゃないのかもしれない」
お父さんの大きな手が、僕の頭を優しく撫でる。
温かくて、安心する手だった。
「だけどね、ハル」
お父さんは、まっすぐ僕を見つめながら笑った。
「ハルの眼は、人を——ウマ娘を幸せにできる、すごい眼なんだよ」
「そうよ、ハル」
今度はお母さんが顔を近づけ、頬を擦り寄せてくる。
お母さんのウマ耳がふわりと触れて、少しくすぐったい。
「お母さんだって、ハルのお陰でこんなに元気なんだから♪」
すると、お父さんとお母さんは、優しく目を細めた。
「ハルのお陰で、俺たちは毎日すごく幸せなんだ」
「あなたは、不幸な子なんかじゃないわ」
お母さんは涙を滲ませながら微笑んだ。
「幸せを運んでくれる、神様みたいな子なのよ?」
だからね——と。
お父さんとお母さんは顔を見合わせ、息を揃えて笑いかけてくれた。
「「生まれてきてくれてありがとう、ハル!!」」
「おいハル!! どのウマ娘が勝てるのか、早く教えろ!!」
おじさんに連れられてやって来たのは、地下レース場だった。
薄暗い照明。
煙草と酒の臭いが混ざった空気。
観客席から飛び交う怒号と罵声。
そこではウマ娘たちが、焦燥感に満ちた表情で必死に走っていた。
みんな、“勝ちたい”んじゃない。
——“負けたくない”のだ。
負けたら終わる。
負けたら、未来がなくなる。
そんな感情だけで、彼女たちは走っていた。
そしてそれは、観客たちも同じだった。
誰もが汗ばんだ手で、小さな紙切れを握りしめている。
人生の全てを、そのレースへ賭けるように。
——そう。
この地下レース場では、ウマ娘のレースを利用した違法賭博が行われていた。
観客も。
出走するウマ娘たちも。
みんな借金を抱えている。
勝てば賞金。
負ければ借金。
ここは、もう後がない人間たちの溜まり場だった。
「ぼーっと見てねぇで、早く勝つウマ娘を教えろ!!!!」
おじさんの怒鳴り声と同時に、頬へ衝撃が走る。
殴られたのだと理解するまで、少し時間がかかった。
「あのウマ娘か!? それともあっちか!? どうなんだよ!!」
おじさんは僕の肩を乱暴に掴み、無理やりパドックへ顔を向けさせる。
「早く答えろって言ってんだろうが!!!!」
痛い。
痛いはずなのに。
何も、感じなかった。
「ハル!! おい、ハル!! 大丈夫か!?」
気がつくと、スーちゃんが目の前で俺を覗き込んでいた。
心配そうに揺れる瞳が、ぼやけた意識を現実へ引き戻していく。
「あ……ごめん。ちょっと、ぼーっとしてた」
そう答えると、スーちゃんは安心したように大きく息を吐いた。
「全く……ハルは時々こういうところがあるよね」
呆れたように言いながらも、その声音はどこか優しい。
「それで? どうだった?」
「……どうって?」
「俺の走りだよ。さっきから、ハルから見てどうだったか聞いてるんだけど……」
「あぁ……」
そうだ。
俺は、スーちゃんの走りを見ていたんだった。
俺は軽く頭を振り、意識を切り替える。
「……うん。前よりフォームが安定してる」
さっきまでの荒々しさはない。
脚運びも、呼吸も、ちゃんと噛み合い始めていた。
「このままいけば、今度のレース大会も余裕で勝てるよ」
「本当か!!」
ぱっと表情を明るくするスーちゃん。
その笑顔を見ていると、さっきまで胸の奥にこびりついていた嫌な感覚が、少しずつ薄れていく。
「やっぱり、ハルに見てもらって正解だったな!!」
嬉しそうに笑うスーちゃんに、俺はいつものように肩を竦めて返した。
「そりゃそうだろ」
そして、自然と口元が緩む。
「——俺が、いつも側にいるからね」
ここからしばらくシリアス(?)展開が続くかもです。
つまり、ノリと勢いで書けなくなるから、本編の投稿が遅れるかもしれません。
許してちょ。