(パチンカス要素は)ないです。
星が降る夜空の下、私は砂浜に横たわり、静かに空を見上げていた。
キラキラと輝く星々は、一つひとつが確かな光を放ち、まるで競い合うようにその存在を主張している。
さらに目を凝らせば、強く輝く星ほどではないが、それでも懸命に瞬いている星たちが無数にある。
けれど、どれだけ目を凝らしても、見えない星のほうが、ずっと多い。
途方もない数の星の中で、私たちが認識できるのは、ほんの一部に過ぎないのだ。
「…………っ」
じわりと、涙がこぼれ落ちる。
トゥインクルシリーズで活躍した有名なウマ娘であり、グランドライブ創立時に奮闘した一人でもある祖母。
GⅠを制し、その名を日本中に轟かせた母。
そして———何ひとつ成し遂げられていない、私。
どれだけトレーニングを積んでも、結果はついてこない。
どれだけレースを学んでも、身についている実感がない。
無我夢中で走り、一心不乱に足掻き、そして砂浜に倒れ込み、流れ星に祈るだけ。
なんて惨めなんだろう、と自分でも思う。
それでも、今の私にできることはこれくらいしかないのだ。
そのとき、一筋の光が夜空に弧を描いた。
「っ!!」
私は勢いよく立ち上がり、両手を組んで祈る。
トレセン学園に入れますように。
母のような、GⅠウマ娘になれますように——。
けれど流れ星は、願いを掬い上げることなく、暗闇へと溶けていった。
「…………はぁ。もう、帰ろっかな」
母も心配しているだろう。そう思い、立ち上がる。
そのとき、遠くから声が届いた。
「おーい、スーちゃーん! いたら返事してくれー!」
男の人の声だ。どうやら誰かを探しているらしい。
「おーい! ……ったく、こんな遠くまで連れ出しておいて勝手にどっか行きやがって……ん?」
こちらに気づいたのか、小さくため息をつきながら頭を掻き、彼は私に声をかけてきた。
「すみません、スーちゃん……って言っても分からないか。えっと、この辺りでウマ娘を見ませんでした? 瞳が緑で、俺より少し背が高くて、緑のトレーニングウェア着た……そう! なんか宝塚で女性をキャーキャー言わせてそうな感じの! あっ、レースの宝塚じゃなくて、劇のほうね!」
とても、感情が表に出る人だと思った。
探しているウマ娘に対して、呆れたようで、でもどこか楽しそうで、少しからかうようで。
それだけで、この人がどれだけその子を大切にしているのか、伝わってくる。
「えっと……見た覚えはないですね……」
「ですよねぇ〜……はぁ……明日の朝ごはん、作ってやらねぇからな……」
そんなふうに想われているウマ娘が、少しだけ羨ましくなった。
同時に、初対面の前でも感情を隠さずにいられるこの人に、思わず笑みがこぼれる。
「……くすっ」
「あっ、すみません。初対面なのにこんな……って、ん?」
彼の目が、ふと鋭くなる。
顎に手を当て、私の体をじっと観察し始めた。
——比べられているのだろうか。
きっと彼の探している“スーちゃん”は、宝塚の舞台に立てるような華やかなウマ娘なのだろう。
それに比べて私は——。
むっちりとした体つき、太めの脚。
とてもじゃないが、胸を張れる体じゃない。
月とスッポン。そう思った瞬間、急に恥ずかしさが込み上げてきて、私は思わず体を隠した。
「ちょ、ちょっと!? そんなに見られると恥ずかしいんですけど!? セ、セクハラで訴えますよ!?」
けれど彼は、視線を外さない。
恥ずかしさの限界に達した私は、手を振り上げた———その瞬間。
「左の脚首に、もう少し重心を置いたほうがいいな」
「……えっ?」
思わず間の抜けた声が出る。
けれど、彼は気にすることなく続けた。
「右はよく鍛えられてる。でも左は中途半端。だから走るとき、重心が右に寄ってる証拠かな」
淡々とした口調。けれど、その眼は星の光を映したように鋭く輝いていた。
「キミ、伸び悩んでるでしょ。思うようにスピードが出ない」
「え……えぇ……」
「構えて」
言われるまま、私は走る姿勢を取る。
彼は正面に立ち、顎、肩、腰、脚の順に触れながら姿勢を整えていく。
「右脚を前に」
「は、はい!」
「ここ。体が右にズレてる。コーナーならいいけど、直線はダメ。もっと左に重心を」
「こ、こう……?」
「そう、それだ! もう一回! 右! 左!」
言われるままに脚を動かす。
「いいね、そのままペース上げるよ!」
「はいっ!」
手拍子に合わせ、リズムが速くなる。
砂浜だから、ターフほど早くは走れない。
けれど、いつも以上に———速い。
夜だからじゃない。
確実に、今までより速く走れている。
このままいけば、もっと———
「はい、そこまで!!」
声と拍手で、現実に引き戻される。
ゆっくりとペースを落としながら、脚に疲労が溜まっていくのを感じた。
「これ以上は痛める。でも、感覚は掴めたでしょ?」
「……はい」
鼓動が速い。呼吸も荒い。
それなのに、不思議と心地いい。
「今の走りを忘れないこと。やりすぎはダメだけど、確実に積み上げれば伸びる。いいね?」
「っ!!」
彼の顔を見た瞬間、心臓が跳ねた。
熱くなる体。
これはきっと、走ったせいじゃない———
「おーい! ハルー!!」
すると、遠くからウマ娘が駆けてきた
おそらく、彼が探していた“スーちゃん”だろう。
「……ったく、ようやく見つけた」
舌打ちしながらも、嬉しそうに手を振る彼。
優しく笑って、駆け出していく。
「それじゃ、俺は行くよ」
「あ、あのっ!!」
呼び止めようとする私に、彼は振り返らず言った。
「無理すんなよー! 怪我したら元も子もないからなー!」
手を振る彼の上空に、流れ星がきらりと光った。
「キミの夢、叶うといいな! 応援してる!」
「あっ……」
手を伸ばしても、届かない。
宙に浮かんだ腕は、ぷらりと虚空を掴んだ。
「ようやく見つけたよ、ハル。……一体どこで油を売っていたんだい?」
「それはこっちのセリフだっつーの! お前な、明日の朝ごはん作ってやんねぇからな!」
「おっと、ご機嫌斜めか……悪かったよ。ほら、コンビニでこんなアイスを見つけたんだ。俺たちの地元じゃ見ない、珍しいやつだよ。食べるかい?」
「うっ……食べる」
「ははっ、素直だね。……で、アイスは二種類あるんだが、どっちにする?」
「俺とスーちゃんで半分こすりゃいいだろ」
「っ……そうだね。じゃあ、俺と半分こしようか♪」
遠ざかる背中。
楽しそうに会話する二人。
——やっぱり、あのウマ娘は彼に大切にされている。
「名前……教えればよかったな……」
きっと私は、彼にとってただの一瞬。
もしかしたら、記憶にも残らない出来事。
それでも———もっと一緒にいたかった。
「これが、失恋……なのかな……」
けれど胸は、不思議と軽かった。
代わりに、内側から熱が湧き上がる。
——追いつきたい。
あの人に。
あのウマ娘に。
「……よしっ、待っててね。
私は歩き出す。
今度は祈らない。
自分の力で、掴みにいく。
今日が始まりだ。
私、ライトハローが生まれ変わる、運命の日———
——けれど。
その夢は、叶わなかった。
トレセン学園に入ったときには、あのウマ娘の姿はなく。
『ハル』という名前も、どこにも存在していなかった。
先輩の話では、あのウマ娘は海外へ行ったらしい。
私は彼と再会することなく。
GⅠどころか、デビューすら果たせず。
トレセンでの私の時間は、静かに幕を閉じた。
でも——神様は、私を見捨てなかった。
「グランドライブ、お疲れ様でした〜!!」
「お疲れっしたー!!」
ウマ娘とトレーナーという、理想の形ではなかったけれど。
それでも、私たちは再会できた。
「ほらほらトレーナーしゃん〜、ちゃんと飲んでますかぁ〜?」
「いや、俺、酒飲まないって言ってるじゃないすか」
「今日くらいいいじゃないですかぁ〜、無礼講、無礼講〜♪」
「嫌っすよ、こんな人いっぱいいるとこで酔うなんて」
「じゃあじゃあ〜……人がいないところなら良いんですか〜? たとえば〜……トレーナーさんか、私の家……とか……?」
「あー……まぁ、それなら」
「っ!?!? ほ、本当ですかっ!?」
「お、おおっ!? そ、そんな身を乗り出さなくても……。まぁ、家はダメっすけど、俺のトレーナー室ならいいっすよ」
「っっっ……!!! 分っかりました!! じゃあ、今すぐ行きましょう!! ほら、早くっ!!」
「あっ、ちょっと!! まだ注文したの来てないっスよ!!」
彼は私のことを覚えていなかった。
そして、彼の心の奥には、きっとまだ“スーちゃん”がいる。
それでも。
私に、勝ち目がないわけじゃない。
“スーちゃん”がいない今。
担当ウマ娘という立場が、ここにはないこの瞬間。
——私の夢は、まだ終わっていないのだから。
夢を叶えられないとは言っていない(迫真)
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