【未完】そのトレーナー、パチンカスにつき   作:ぽこちー

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本編
プロローグ


 

 

 目を凝らすと、“それ”が見える。

 空気の上に薄く貼りついたような、現実からわずかに浮いた表示。瞬きをしても消えず、視線を外しても、すぐにそこへ戻ってくる。

 

 いつから見えるようになったのかは覚えていない。

 ただ、漫然と日々を過ごしているうちに、ある日ふと「見えている」ことに気づいたのだ。

 

 最初は気のせいだと思った。疲れているのだろうと。

 けれど、それは翌日も、その次の日も、当たり前のようにそこにあった。

 

 

***

 

↘︎不調

 

【スピード】 120/1200

【スタミナ】 123/1200

【パワー】 109/1200

【根性】 126/1200

【賢さ】 198/1200

 

***

 

 

 幼馴染の頭上に浮かんでいる、ゲームじみたステータス表示。それは彼女の動きに合わせて滑らかに追従し、決して視界の外には逃げない。

 

 当然ながら、他のウマ娘の頭上にも同じものが見える。だが、その数値は大抵80前後。上限もせいぜい600程度に収まっている。

 

 それに比べて、幼馴染は明らかに異質だった。

 

 同じ“ウマ娘”という枠に収めていいのか疑問に思うレベルで、突出している。

 

 実際、彼女はこの街で負けなしだ。地方レースでは敵がおらず、本人も将来は中央のトレセン学園へ進むと公言している。

 

 だから、この表示が単なる幻覚ではなく、何らかの“能力値”を示しているのだろう、という結論にはすぐに至った。

 

 そして今、俺の視線を最も引きつけているのが、水色の枠の中で点滅する「不調」の二文字だった。

 

 某パワフルな野球ゲームの“調子”みたいに、「今こいつコンディション最悪ですよ」と言わんばかりに、やけに主張が激しい。

 

 さらに意識を集中させると、補足情報のような文字がじわりと浮かび上がる。

 

 

『トレーニングの効果が10%減少する。レース中、基礎能力が2%減少する』

 

 

 ——いや、マジでゲームじゃねぇか。

 

 思わず心の中でツッコミを入れる。だが笑えないのは、その表示が妙に現実と一致していることだった。

 

 ここ最近、幼馴染の様子は明らかにおかしい。ため息が増え、どこか上の空で、以前のような勢いが感じられない。

 

 つまり、この「不調」は、的外れでも何でもない。

 

 だから俺は、確かめることにした。幼馴染本人に、直接問いかける形で。

 

 

『なぁ、スーちゃん。何か悩み事でもあんの?』

 

 

『っ……どうしてだい?』

 

 

 わずかに肩が跳ねる。図星を突かれた時の、分かりやすい反応だった。

 

 

『いや、なんていうか……直感、的な? スーちゃん、最近ため息が多いし、どこか上の空だし……』

 

 

『……やはりキミには全部お見通しか。流石は“神の眼を持つ神童”と言われるだけはあるな』

 

 

『……その呼び方はやめろって言ってんじゃん』

 

 

 思わず顔をしかめる。その渾名は、褒め言葉であるはずなのにどうにも居心地が悪い。

 

 

『それは悪かった。でも、素敵な渾名じゃないか。どうしてそんなに嫌がるんだい?』

 

 

『恥ずかしいから。それに、プレッシャーだって半端ねぇんだよ』

 

 

『ははっ、流石の神童も人の目には弱いか!』

 

 

『うっさいなぁ! もう!』

 

 

 カラカラと楽しそうに笑う幼馴染から、俺はわざとらしく顔を背ける。鼻を鳴らして不機嫌を装うと、彼女は「すまない」と軽く謝りながら、いつもの調子で俺の頭を撫でてきた。

 

 ——だから、それをやめろっての。

 

 内心でぼやきつつ、その手を軽く払いのける。一歩だけ距離を取り、視線を上げる。

 

 

***

 

→普通

 

【スピード】 120/1200

【スタミナ】 123/1200

【パワー】 109/1200

【根性】 126/1200

【賢さ】 198/1200

 

***

 

 

 ……あれ?

 

 さっきまで“不調”だったはずの表示が、“普通”に変わっている。

 

 特別なことは何もしていない。ただ、少し話しただけだ。

 

 意味が分からない。いや、分からないが……結果だけ見れば、調子は改善しているらしい。納得はいかないが。

 

 すると、幼馴染は小さく息を吐き、視線を空へと向けた。

 夕焼けに染まる雲が、ゆっくりと流れていく。

 

 

『実は最近、伸び悩んでいるんだ』

 

 

 ぽつりと零れた声は、さっきまでの軽さが嘘みたいに弱かった。

 

 

『俺より高いんだからもう十分だろ。むしろもう伸びないでほしい。隣に立っている俺が惨めになるから』

 

 

『身長の話じゃないよ。……レースの話さ』

 

 

 呆れたように小さく笑ってから、すぐにその表情は陰る。

 

 

『最近、どれだけ練習しても力が身についている感覚が沸かないんだ。周りのウマ娘たちはグングンと力をつけているのに、俺だけは止まったまま。……もう、どうしたらいいのか分からないんだ』

 

 

 ポケットに手を突っ込み、彼女は夕陽を見つめたまま動かない。長く伸びた影が、やけに細く見えた。

 

 ——いや、それでもお前の方が強いんだが?

 

 喉元まで出かかった言葉を、飲み込む。

 

 

『中央のトレセンで、シンボリの名に恥じない栄光を掴み取る——なんて言ってたけど、こんなんじゃ夢のまた夢だ』

 

 

 自嘲気味に笑う。

 

 

『きっとそのうち、周りのウマ娘たちに抜かされて、俺の名前は歴史に残ることなく消えてしまう。……そんな気がして仕方がないんだ』

 

 

 ——らしくない顔だった。

 

 いつもは前だけを見ているこいつが、こんなふうに足を止めるなんて。

 

 それでも。

 俺の目には、相変わらず“上限1200”の数字が見えている。

 

 ——伸び代しかねぇだろ。

 

 心の中でだけ、そうツッコむ。

 

 けれど、目の前のこいつは、その“未来”を信じられていない。だから——見ていられなくなった。

 

 大きくため息をつき、乱暴に頭をかく。そして一歩踏み出し、その手を掴んだ。

 

 

『なっ!?』

 

 

 幼馴染は目を見開き、繋がれた手と俺の顔を交互に見比べる。その反応がやけに新鮮で、少しだけ可笑しかった。

 

 ———こいつの手、こんなに小さかったんだな。

 

 そんなことをぼんやりと思いながら、俺はそのまま手を引く。立ち止まる理由なんて、もうなかった。

 

 

『スーちゃんはもう少し“怠惰”って言葉を知った方がいい』

 

 

『……だが、それでは俺は強くなれない』

 

 

 間髪入れずに返ってくる否定。迷いのない声だった。

 

 ——だからこそ、行き詰まってるんだろ。

 

 

『でも、現に今も強くなれてないんだろ?』

 

 

 少しだけ振り返って言う。

 

 

『だったら今のやり方じゃダメってことだ。ならどうする? 簡単だろ。やり方を変えるだけだ』

 

 

『やり方を変える……?』

 

 

『そ』

 

 

 一度足を止めて、向き直る。

 

 

『俺はごく普通の家出身だからさ、シンボリ家の誇りとか責任とか、そういうのは分からん。けど——』

 

 

 言葉を区切る。

 

 

『行き詰まった時にやることくらいは知ってる』

 

 

『それは……?』

 

 

 一拍。

 そして、わざとらしく肩の力を抜いて言い放つ。

 

 

『とりあえず何も考えないで遊ぶ!! それだけ!!』

 

 

『……は?』

 

 

 間抜けな声が返ってくる。そりゃそうだ。俺でもそう思う。

 

 

『要は息抜きだよ、息抜き』

 

 

 肩をすくめる。

 

 

『調子悪い時に何やっても無駄なんだ。だったら一回全部投げて、思いっきり遊んで、リセットして——また一からやればいい』

 

 

 そして、少しだけ笑う。

 

 

『な? 簡単な話だろ』

 

 

 手を離し、正面から向き合う。

 

 夕陽がちょうど背中に落ちて、視界の向こうで幼馴染の輪郭がぼやける。その顔は、まだどこか呆けたままだった。

 

 だから、もう一歩だけ、踏み込む。

 彼女に、手を差し出す。

 

 

『スーちゃん。今から俺とデートしようぜ』

 

 

 一瞬、時間が止まったみたいに静かになった。それから、幼馴染は、ぽかんとした顔のまま瞬きをして。ふっと、小さく笑った。差し出した俺の手を、今度は両手で包み込む。

 

 

『……ふふっ。情熱的なのも嫌いじゃないが、俺はもう少し雰囲気やムードを考えた()()の方が好みだな』

 

 

『情熱的? 雰囲気? ムード? 何言ってんの?』

 

 

『……鈍感なのも相変わらず、か』

 

 

『ん? なんか言った?』

 

 

『いや、なんでもないよ』

 

 

 そう言って、幼馴染は自然な動作で俺の腕に抱きついてくる。ギュッ、とやたら強い力。体温と、やけに速い鼓動が腕越しに伝わってきた。

 

 

『さて、ごく普通の家出身のキミは、どんな素敵なデートをしてくれるんだい?』

 

 

『デートっつっても、大したことしねぇよ』

 

 

 歩き出しながら答える。

 

 

『商店街ぶらついて、買い食いして、公園で適当に遊んで——あとは家で漫画か映画』

 

 

『ほう……お家デートというやつだな。これは楽しみだ』

 

 

『何言ってんだ、全く』

 

 

 呆れながらも、そのまま歩く。腕に絡みつく力は、さっきよりも強くなっていた。

 

 ———ちょっと近すぎじゃね?

 

 一瞬そう思うが、まあいいかと軽く流す。こいつが満足してるなら、それでいい。

 

 そんなことを考えながら、ちらりと横目で“それ”を確認する。

 

 

***

 

↑絶好調

 

【スピード】 150/1200

【スタミナ】 140/1200

【パワー】 130/1200

【根性】 140/1200

【賢さ】 180/1200

 

***

 

 

 ———いや、上がりすぎだろ。

 

 調子が“絶好調”に変わっただけじゃない。ステータスそのものが、明らかに底上げされている。そして、賢さが少し下がっている。意味が分からない。

 

 内心でツッコミを入れつつも、俺は視線を前に戻す。正直、もうデートする必要はない気もする。

 

 ——けど。

 

 尻尾をぶんぶん振りながら、嬉しそうに腕にしがみついてくるこいつを、ここで振りほどけるほど俺は器用じゃない。

 

 だから、俺何も言わず、そのまま歩き続けた。

 

 それから、幼馴染の調子が落ちるたび、俺はあいつを連れ出した。

 

 理由は単純だ。遊べば治るから。

 

 理屈は分からない。だが、結果は出る。なら、それで十分だった。

 

 買い食いをして、くだらないことで笑って。公園で走って、息を切らして。どうでもいい映画で時間を潰して——気づけば、あいつの“調子”はいつも絶好調に戻っていた。

 

 そして、そのたびに、ステータスは確実に伸びていった。

 

 ——あっという間だった。

 

 幼馴染は中央のトレセン学園へと進学し、グランプリを三連覇。幼馴染の名前は、日本中に轟いた。

 

 ニュースで名前を聞くたびに、少しだけ誇らしくなって。同時に、少しだけ遠くなった気がした。

 

 そして、あいつの夢は、日本の外へと向いた。

 

 すべてのウマ娘が一度は夢見る舞台。凱旋門賞。

 

 だが、そこに至るには、日本だけでは足りない。

 

 世界を知るため。

 世界で勝つため。

 

 幼馴染は、海外へ渡ることを決めた。

 

 幼馴染は、俺も一緒についてきてほしいと言ってくれたのだが、俺はそもそもトレーナーでもないただの一般人。そんな奴が、日本の代表ウマ娘と共に立つことなど許されないのだ。

 

 それを伝えると、俺と幼馴染の関係は少し軋轢が生まれた。けれど、仕方のないことなのだ。いくら“神の目を持つ神童”と呼ばれても、俺はただの一般人なのだから。

 

 そして、ついに出発の日。

 

 空港のロビーは、やけに騒がしかった。

 なのに、俺たちの周りだけ妙に静かで。

 妙に現実味がなかった。

 

 

『……キミと共に世界を目指すのは、諦めた』

 

 

 ぽつりと、幼馴染は言った。

 

 

『キミに無理強いをするのは、俺にとっても好ましくないから』

 

 

 その声は、いつもよりずっと静かだった。

 

 

『でも——一つだけ。どうしても、約束してほしいことがある』

 

 

『約束?』

 

 

 聞き返すと、幼馴染は一度だけ深く息を吸い込んだ。

 

 そして、まっすぐに俺を見る。

 

 

『俺は必ず世界を取ってくる。そして、必ずキミの元に帰ってくる』

 

 

 言葉は震えていた。

 それでも、一つひとつを噛み締めるように続ける。

 

 

『だから、その時までに——キミはトレーナーになってほしい』

 

 

 少しだけ、声が裏返る。

 

 

『俺に相応しいトレーナーとして。キミに相応しいウマ娘として。世界中に、俺たちの新しい伝説を轟かせるんだ』

 

 

 目元は潤んでいて、顔も少し赤くなっている。

 それでも、視線だけは一度も逸らさなかった。

 

 だから。

 俺も、逸らさなかった。

 

 

『——分かった。約束しよう』

 

 

 短く答える。

 

 

『スーちゃんが帰ってくるその時までに、俺は必ずトレーナーになる。キミの隣に立つのに相応しいやつに』

 

 

『あぁ……約束だ……!!』

 

 

 強く、手を握る。

 その力は、痛いくらいだった。

 

 そして、幼馴染は、振り返らずにゲートの向こうへ消えた。その背中が見えなくなるまで、俺はその場を動けなかった。

 

 やがて、人の流れに押されるようにして、ようやく足を動かす。

 

 帰り道。

 手の中には、いつの間にか強く握りしめていたトレーナーの教本があった。紙が少しだけ、皺になっていた。

 

 足りないのは、分かっている。ステータスが見えるだけじゃ、何も変えられない。導く力がなければ、意味がない。

 

 だから——

 

 やるしかなかった。

 

 中央トレーナーへの道は、甘くない。何万人と志望者がいて。そのほとんどが途中で消えていく。同期も、何人もいなくなった。

 

 それでも、約束があった。

 

 あいつが信じた“俺”を、裏切るわけにはいかなかった。だから、食らいついた。

 

 何度も落ちて。何度も諦めかけて。それでも、そのたびに立ち上がった。

 

 ——そして、数年後。

 俺は中央トレーナーになった。

 

 そこからも簡単じゃなかったが。

 

 先輩に食らいつき、現場で叩き上げられ、サブトレーナーとして経験を積み——ようやく、独り立ちした。気づけば、俺の名前もトレセン学園の中で少しずつ広まっていた。

 

 随分と長い道のりだった。

 

 多くの物を失った。

 

 けれど、後悔はない。

 

 今まで紡いできた知識が。

 

 経験が。

 

 直感が。

 

 俺を奮い立たせる。

 

 生きているという実感を感じさせる。

 

 

 

 そうして俺は、幼馴染に相応しいトレーナーに———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、トレーナー。今月調子が良くないんでしょ? 今月は行くのを控えたら〜?」

 

 

「馬鹿言ってんじゃねぇテイオー! 調子が悪い? だったら自分の力で調子を取り戻すんだよッ!! 10万負けようが、20万負けようが、最終的に30万勝てば良いだけの話だッ!! 流れは完全に来てるッ!! エヴァとグールが俺を呼んでんだよッ!! おい、アルダンッ!!」

 

 

「はい♪」

 

 

「メジロカードローン、倍プッシュだ……ッ!!」

 

 

「分かりました♪ 今すぐご用意しますね♪」

 

 

「ッシャァ!! やああああってやるぜぇぇぇぇ!!」

 

 

「ぴえぇ……トレーナーもトレーナーだけど、全く止めようとしないアルダンもアルダンだよぉ……」

 

 

「テイオーさん、『外堀を埋めるにはまずはお財布から』ですよ?」

 

 

「ワケワカンナイヨォー!!」

 

 

 

 

 

 ではなく、パチンカスへと成り果てていた。

 

 





シリアスな話だと思った?
残念、ただのパチンカスがくっちゃべるだけの小説でした。
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