トレセン学園には、多くのウマ娘が在籍している。朝露の残るトラックを駆ける者、夕焼けの中で息を切らす者。それぞれが、それぞれの夢を胸に抱き、その実現に向けて日々を積み重ねている。
そんなウマ娘を支え、二人三脚で成長していくのがトレーナーの仕事だ。
勝つために、トレーナーと共に成長していくウマ娘。
勝たせるために、ウマ娘と共に成長していくトレーナー。
本来、両者は表裏一体の存在であるはずだった。
だが、現実はそう単純じゃない。
ウマ娘は、自分を勝たせてくれるトレーナーを探す。
トレーナーは、できるだけ確実に勝たせてくれるウマ娘を探す。
名家出身のウマ娘が、実績もないひよっこトレーナーを選ぶことは稀だ。
数々の名ウマ娘を育ててきたエリートが、才能の乏しいウマ娘に目を向けることも少ない。
結局のところ、ウマ娘もトレーナーも人間なのだ。
自分の未来を守るため、より確実な選択を取る。
理想よりも、結果を優先してしまう。
そして、その現実の中で、俺の「ステータスが見える」という能力は、あまりにも便利すぎた。
数値として示される才能。
伸び代。限界。適性。
今は低くとも大きく伸びるウマ娘も、逆に完成されているがゆえに頭打ちの近いウマ娘も、すべてが、一目で分かる。
……いや、
私利私欲に塗れたトレーナーからすれば、喉から手が出るほど欲しい力だろう。
だが、俺にとっては違った。
確かに、自分の指導によってウマ娘の数値が伸びていく様子を“目で確認できる”のは助かる。手応えが、曖昧な感覚ではなく、確かな事実として積み上がる。
けれど。
どれだけトレーニングを重ねても、伸びないウマ娘がいる。
それは俺の指導が未熟な場合もある。だが、それ以上に多いのは、そのウマ娘の才能が、すでに限界へと到達しているケースだった。
どれだけ努力しても。
どれだけ願っても。
上限に触れた数値は、それ以上、決して伸びない。
その事実を知りながら、なお「大丈夫だ」と言って導き続けることの残酷さを、きっと理解できるのは、俺だけだ。
さらに俺には、失敗率やケガの確率までも見えてしまう。
たとえば、ケガ率50%。
それは単なる数字じゃない。
1/2で未来が断たれる、という宣告だ。
一度の故障で、二度とレースに戻れなくなる可能性だってある。夢を失わせる確率を前にして、トレーナーとして選ぶべき道は明白だった。
だが、追い詰められたウマ娘は止まらない。
後がないトレーナーもまた、数字よりも“今”に縋る。
俺の制止を振り切り、無理なトレーニングを強行する。
その先に何があるかなんて、考えるまでもない。
見えすぎる、というのは残酷だ。
数字に縛られ、確率に縛られ、やがては自分自身に縛られていく。
気づけば、心は少しずつ削れていた。
消耗していくのは、時間の問題だった。
そんな俺を見かねて、先輩や同期のトレーナーたちは、半ば強引に“外の世界”へ連れ出してくれた。
行列のできる美味い店。
言葉を失うほどの絶景。
胸が熱くなる名レースの映像。
数字では測れないものを、次々と見せてくれた。
この“眼”に閉じこもっていた俺に、別の世界があるのだと教えてくれた。
本当に、恵まれていたのだと思う。
あいつらがいなければ、俺はとっくに壊れていた。
だから今、こうして立っていられる。
「正直、あんまり勧められることじゃないんだが……お前は頭が硬すぎる部分があるからな。たまには良いだろう。ストレスの発散だ。ついてこい。俺がこの世の全てを教えてやる」
ゴールド・ロジャーみてぇなセリフと共に、先輩は俺に新たな扉を開かせてくれた。
先輩がその扉を引いた瞬間、静まり返っていた世界が音を取り戻す。
澄んでいた嗅覚に、刺激的な匂いを届けてくれる。
世界が。
全てが。
新たな色に塗り替えられていく。
『リーーーーチ♪♪』デレレレデレレー
『ATフィールド全開!!』キュイーン!!
『さらば! 最大の強敵よ! 拳に込めろ!』ブルブルブルブルブルッッ!!
『僕は……喰種だ』テレレレー♪テレーレレーレーレー♪
『貴様の陰我、俺たちが断ち切る!!』テレレレレレー<コングラッチュレーションズ!!
『さぁ、かなえてよっ! インキュベーター!!』キュイーン!!<コレガワタシノイノリ、ワタシノネガイ!!
『これが私の、全力だあああああああああ!!!!』キュイイイイン!!
こうして、
「ねぇトレーナー! 常識的に考えて、1/399を当てるのは無理だよっ! この前だって2000回転ハマったって言ってたじゃん!」
「いいか、テイオー。人生何事も1/2だ。レースに勝つか負けるかも1/2。生きるか死ぬかも1/2。全ては1/2に支配されてるんだ。だから、1/169だろうが、1/259だろうが、1/319だろうが、1/399だろうが、1/539だろうが———結局は1/2なんだよッ!!!!」
「……ボクたちウマ娘が怪我をする確率も1/2ってこと?」
「バーカ言ってんじゃねぇよこのすっとこどっこい!! 怪我をする確率が1%でもあるならトレーニングやめて休養すんだよッッッ!!」
「……これからトレーナーが打ちに行こうとしてる台は?」
「eとある魔術の禁書目録 一方通行」
「……図柄揃い確率は?」
「1/349って表記あるけど、実質1/539」
「……無理じゃない?」
「無理じゃねぇ!! 当たるか当たらないかの1/2だッッッ!! そして俺は絶対勝つから確率は1/1!! つまり100%ォォォ!!!!」
「ワケワカンナイヨォー!! それに、一方通行打つなら絶対喰種のほうがいいよっ!!」
「こっから先は、一方通行だァァァ!!!!」
「ああっ、待って!! 待ってよトレーナー!! かむばーーーーーっく!!!!」
その日俺は、80k負けた。
もうパチンコにはいかない。
そう、心に強く刻み込みながら、電車の中で777Realをやりながら帰った。
そして、決心した。
「そうだ、明日は餓狼を打とう。」