二人は超問題児?(もしよう実世界に「九条の大罪」悪徳弁護士と半グレが入り込んだら〜) 作:きんぴら大根
その夜遅く、Dクラスのキャンプ地は再び騒然となった。
突然、女子テントの近くで火の手が上がった。小さな火が風に煽られ、テントの端に燃え移りかけた。煙と叫び声が一気に広がる。
「火事だ!」「早く消せ!」「テントが燃えてる!」
平田が大声で指示を飛ばし、須藤や池が海水を運んで消火にあたる。女子たちはパニックになりながら荷物を抱えて逃げ、佐倉が軽井沢を支えていた。堀北は冷静に自分の荷物を確認していたが、表情が一瞬固まった。
火はすぐに消し止められたが、テントの一部が焦げ、キャンプ地は煙と興奮で充満していた。
Dクラスの怒りは、すぐに伊吹へと集中した。
「やっぱりあの女か……!」
山内が真っ先に声を上げ、池が歯を食いしばった。
「九条がさっき警告してた通りじゃねえか! 女子テントに自然に近づける立場で、わざわざここに居座りやがって!」
佐藤が声を震わせながら同意した。
「下着の件も、今回の火事も……全部Cクラスの工作に決まってる! 龍園の指示でしょ!」
軽井沢も苛立った声で吐き捨てた。
「マジで許せない……Cクラス全体に責任取らせてやるわよ」
平田の顔も珍しく怒りに染まっていた。
「九条くんが伊吹さんを怪しいって言ってくれたおかげで、みんな警戒してたのに……。これは完全にCクラスの妨害だ」
Dクラス全員が、九条が話し合いで植え付けた「伊吹=Cクラスの工作員」という認識を、火事の件で完全に確信していた。伊吹への非難の声が次々と上がり、Cクラス全体に対する怒りが一気に高まった。
一方、堀北鈴音だけは自分のバッグを静かに確認し、顔色を変えていた。 キーカードがなくなっている——しかしその事実は、まだ彼女以外に気づいていない。堀北は唇を固く結んだまま、誰にも言わずにバッグを閉じた。
九条間人は少し離れた位置からその様子を静かに見守っていた。穏やかな表情を崩さないまま、胸の奥では冷たい違和感が広がっていた。
(……おかしい)
あれだけ明確に伊吹を牽制しておいたのに、彼女はここまで派手な行動(火事)に出た。龍園の指示とはいえ、リスクが大きすぎる。こんな目立つ真似をすれば、Cクラス全体に非難が集中するのは明白——龍園がそんな愚策を許すだろうか?
(壬生くんとも話した通り、Cクラスは水面下で動くはずだったのに……。いくら龍園の指示とはいえ流石に強引すぎる。 何か、俺の知らない動きがあるのか……?)
九条は鼻を軽く押さえ、内心で冷静に分析を続けた。小火が誰かによって意図的に誘導されたものだとは、まだ気づいていない。ただ、伊吹の行動が予想以上に大胆だったことに、強い違和感だけを抱いていた。
(ダメだ、完全に状況が読めない。いずれにせよDクラスが瓦解しないようにだけは注意しないと……)
Dクラスの怒りはさらに高まり、平田が「明日、Cクラスに抗議するべきだ」と言い出したところで、九条は静かに息を吐いた。
夜のキャンプ地に、焦げ臭い煙と、Cクラスへの怒りの声がまだ残っていた。
九条間人は、穏やかな仮面の下で、静かに次の手を考え始めていた。
無人島試験も最終日まで残りわずかとなった夜。
Dクラスのキャンプ地から少し離れた、岩場に囲まれた小さな窪地で、九条間人と壬生憲剛は再び顔を合わせていた。月明かりだけが頼りの薄暗い場所。波の音が規則的に響く中、二人は周囲に誰もいないことを確認してから、声を極力低く抑えていた。
Cクラスの大半は既に意図的にリタイアしていたが、壬生と壬生派の数人はまだ無人島に残っていた。いつもの薄い笑みを浮かべ、背を岩に預けながら会話を切り出す。
「よう、先生。Dクラスがまた大騒ぎだったらしいな。火事まで起きて、何やら散々伊吹のやつがかき回して言ったって話だ。龍園の奴、機嫌良さそうに笑ってたぜ」
九条は鼻炎の息苦しさを堪え、穏やかな表情のままゆっくりと頷いた。いつもの少し砕けた口調で、しかし声には明らかな緊張が混じっていた。
「壬生くん……実は、その件で話があるんだ」
彼は周囲をもう一度確認してから、静かに切り出した。
「伊吹の行動が、どうにもおかしい。俺が話し合いで『伊吹が怪しい』とクラス全体に明確に牽制を仕掛けた直後だ。 それなのに、あいつは火事を起こしてキーカードまで盗んだんだ、リスクが大きすぎる。龍園の指示なら、流石にこんな目立つ真似は避けるはずだろ。下着の件に続いて火事まで……Cクラス全体に非難が集中するのは目に見えてる」
九条の瞳が、月明かりの中でわずかに鋭くなった。
「壬生くん、俺は違和感が拭えない。Dクラス内で、誰かが裏で動いている可能性がある。伊吹の行動が、あまりにもタイミングが良すぎる……まるで、誰かが伊吹を誘導しているように見えるんだ」
壬生の笑みが一瞬、引き締まった。
「Dクラス内で、か……?」
「ああ。問題は、その裏の人間がDクラスを利するために動いているのか……それとも、逆——Dクラスを不利にしようとしているのか、だ。後者なら今更手を打つ余地もないが……俺は前者に賭ける」
九条は声をさらに低くし、淡々と続けた。
「仮にDクラスを利する側なら、無人島試験でDクラスが大勝ちする可能性が出てくる。それだけは避けたい。還流計画の観点から言えば、クラスポイントを大幅に稼がれてしまっては、Bクラスとの契約が反故になってしまう。……だから、Aクラスの葛城に内通するつもりだ。『体調不良者にしてリーダーを変える』形で、Dクラスのリーダーを意図的に交代させる。葛城なら、Aクラスを守るための保険として乗ってくるはずだ」
壬生は腕を組み、九条の言葉をじっくりと聞いていた。やがて、低く笑いながらも目だけは真剣だった。
「先生、なぜその裏で動いている奴が、Aクラスのリーダーを知っている前提なんだ?」
「あくまで想像でしかないけど、仮にDクラスで大勝ちを見込んでいる場合、リーダー当てに自信があるからだと思う。その中で最も可能性が低いのはBクラスと判断した。神崎くんと裏で協力関係にはあるが、彼には随分と警戒されているからね。だから一之瀬さんはDクラスを信用しても、彼はおそらくCクラスと同等、いやCクラス以上に俺、Dクラスを信用していない筈だ。クラス全体の隙の無さだけはもはやAクラスを上回ると言ってもいい。まあ僕の忠告のおかげも多分にあるけど。となれば残るはAかC、あるいは両方だ。龍園が搦め手が大好きな以上、Aクラスの方が動きは読みやすいだろう・・・加えて伊吹を誘導していると仮定した場合は龍園の動きすら把握している可能性は十二分にある」
「先生、相変わらず先読みが半端ねえな……。リーダー替えでDクラスの勝ちを抑えるってわけか。了解だ。俺の派閥の人間からそう伝えとくよ。まだ先生が裏で動いてること、広く知られるのは良く無いだろ」
九条は小さく息を吐き、穏やかな笑みを浮かべ直した。
「ありがとう壬生くん、何から何まで助かるよ。とは言え何も根拠が無い賭けだけどね。最終日まであと少し……ここで計画が狂うわけにはいかない。伊吹の件は、俺がDクラスで様子を見ながら対応する」
二人は短く視線を交わし、すぐに別々の方向へ溶け込んだ。
九条間人は岩場を離れながら、胸の奥で冷たい警戒心をさらに強めていた。
(誰かがDクラス内で動いている・・・。それがDクラスを利する側なら、こちらで勝ちを調整する。逆なら……それは仕方ない、神崎くんには龍園の妨害が想像以上で思ったより激しかったとするしかない・・・)
南国の夜風が、二人の密会を静かに隠していた。
無人島試験最終日の夕方、無人島のビーチに参加者全員が集められた。
壇上に立った学校側の職員が、マイク越しに淡々と結果を読み上げ始めた。
「無人島特別試験の最終結果を発表する。
Aクラス……170ポイント
Bクラス……190ポイント
Cクラス……0ポイント
Dクラス……175ポイント」
ホールに一瞬の静寂が落ちた後、どよめきが広がった。
Cクラスの一角では、龍園翔が仁王立ちしながら、顔を歪めていた。 完全に当てが外れた。伊吹を使った妨害、葛城との密約、すべてが思ったような結果を出せなかった。0ポイントという屈辱的な数字に、周囲のCクラス生たちがざわつき、龍園の視線は鋭く床を睨みつけていた。
Aクラスの席では、葛城康平が小さく息を吐いた。 Cクラスの人間から突然「リーダーがバレるから替えろ」と連絡が来たときは不可解だったが、言われた通りに体調不良者を出し、リーダーを変更したおかげで最悪の事態は免れた。 しかし——。
(……170ポイントか。龍園との取引分を全くペイできていない……。 これじゃAクラスを現状維持しただけだ。坂柳の奴にまた突っ込まれるな……)
葛城は拳を軽く握り、苦々しい表情で結果を見つめていた。
Dクラスの席は、逆に安堵の空気に包まれていた。
「175ポイント……マジで? あれだけ散々だったのに、よく持ちこたえたな……」
池がホッと胸を撫で下ろし、山内や佐藤たちも「奇跡だわ」「やば、生き延びた……」と安堵の声を漏らした。大半の生徒たちが、火事や下着事件、伊吹の妨害で散々な状況だったにもかかわらず、予想より良い結果に肩の力を抜いていた。
その中で、綾小路清隆は静かに目を細めていた。
さきほど、倒れかけた堀北を介抱してDクラスの担任・茶柱の元へ連れて行った際、Aクラスの葛城の姿をちらりと見かけた。 Aクラスのリーダー当てを急遽停止したのはその瞬間だった。
(……誰だ? Aクラスにリーダー替えを吹き込んだのは。 葛城自身の判断で動いたようには見えない・・・。龍園か、いやそれとも・・・)
綾小路の頭の中で、静かな思案が続く。
一方、九条間人は静かに結果を聞いていた。穏やかな表情を崩さないまま、胸の奥で大きく安堵の息を吐いた。
(……175ポイント。 思ったより塩梅が良かったな。大勝ちせずに済んだ……これならBクラスに恩をうったとして契約も無事履行されるな)
伊吹の派手な行動やDクラス内の不確定要素に違和感を抱きつつも、結果としては計画の範囲内に収まった。 九条は隣に座る佐倉が「よかった……」と呟くのを聞きながら、静かに視線を落とした。
(これで無人島試験は終了だ。 次は……壬生くんとの連携をさらに固めないと)
発表の声がホールに響く中、各クラスがそれぞれの思いを抱えて結果を受け止めていた。
無人島試験終了後、甲板にて。
壬生憲剛は壁に背を預け、苛立った様子で待っていた。足音が近づき、杖の音と共に坂柳有栖が優雅に現れた。傍らには橋本が控えている。
坂柳はいつもの柔らかな笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。
「お疲れ様です、壬生くん。無人島試験、思ったより面白い結果になりましたね」
壬生の表情が一瞬で険しくなった。彼は低く唸るような声で、坂柳を睨みつけた。
「お前……龍園とも通じてAクラスの情報を漏らしてたろ。俺との契約はどうでも良かったってのか? 舐めた真似しやがって」
空気が一瞬で張りつめた。
坂柳は細い指で杖を軽く叩きながら、くすくすと笑った。病弱そうな体躯とは裏腹に、瞳は冷たく輝いている。
「ふふっ……少しあなたの腕前を見たくて、様子を伺っていただけです。龍園くんとの取引は、ただの保険のようなもの。あなたとの契約を本気で破るつもりはありませんよ。次はちゃんと真面目にやります」
壬生は鼻で笑い、坂柳に一歩近づいた。長身の威圧感を前面に出しながら、低く脅すように言った。
「保険は俺の方だろ、Aクラスのポイントを流出させて葛城派の求心力を削ぐことがメイン、で俺は壊滅にならない程度にポイントを抑えるための保険か・・・全く食えねえ女だなお前は。だが、次ふざけた真似したらただじゃおかねえ。俺らの計画を邪魔するようなら、俺は容赦なくお前を潰す。覚えておけよ、坂柳」
坂柳は怯える様子もなく、優雅に微笑んだまま杖を軽く回した。
「了解しました。楽しみにしてますよ、壬生くん」
二人は短く視線を交わし、坂柳は橋本を伴って静かに去っていった。
壬生は壁を軽く拳で叩き、舌打ちを漏らした。
「ったく……あの女、本当に食えねえな」
夜の海風が靡く中で、壬生の目にはまだ強い警戒の色が残っていた。