二人は超問題児?(もしよう実世界に「九条の大罪」悪徳弁護士と半グレが入り込んだら〜) 作:きんぴら大根
放課後、Dクラスの教室はまだ須藤事件の余波で少し賑わっていた。
窓際の席で教科書を閉じようとしていた九条間人のところに、明るい声が飛んできた。
「ねえ、九条くん!」
櫛田桔梗がにこにこした笑顔で近づいてくる。彼女は九条の机に手をついて身を乗り出し、いつもの完璧な笑顔を向けた。
「大活躍だったらしいね! 生徒会で警察に任せようなんて大胆なこと言っちゃったんだって? すごいよ、九条くん! 須藤くんも助かったし、みんな九条くんのおかげだって言ってるよ!」
「いやいや、そんなことないですよ、櫛田さん。ただ、審議が膠着してたから思いついた提案をしただけです。佐倉さんが証言してくれたおかげですよ。俺は本当に脇役みたいなもんです」
九条が穏やかに謙遜すると、櫛田はさらに目を輝かせて畳みかけてきた。
「そんな謙遜しなくてもいいのに! あの場面で警察って言葉を出したの、九条くんだけだよ? Cクラスの連中、めっちゃ動揺してたらしいじゃん。かっこよかったって女子の間でも話題になってるんだから! ねえ、どんな気持ちで言ったの?」
そのやり取りを少し離れたところで、堀北鈴音と佐倉愛里が静かに話をしていた。
「佐倉さん、あなたの証言がなければ本当に危なかったわ。ありがとう」
堀北がいつもの冷たい口調ながらも、少し柔らかく言った。
佐倉は頰を少し赤らめて小さく首を振る。
「い、いえ……私、ただ本当のことを話しただけで……。九条くんが警察の話を出したとき、びっくりしたけど……あの言葉でみんなが少し真剣になった気がして……」
堀北は軽く鼻を鳴らした。
「九条くんね……。目立たないふりをしているわりには、妙なところで大胆なことをするわ。まあ、結果として助かったのだから良しとしましょう」
一方、櫛田は九条から全く離れようとしない。
「龍園くんのことどう思った? 怖かったでしょ? これからも何かあったら九条くんに相談していい? もっと話聞かせてよ!」
矢継ぎ早に質問を浴びせられ、九条は笑顔を保ったまま適度に相槌を打っていたが——
(……鬱陶しい)
内心では冷たい苛立ちと警戒感がゆっくり広がっていた。
(目立ちすぎた。警察の一言で注目を浴びる結果になったのは完全に計算外だ。櫛田さん……この子はただ明るいだけじゃない。常に情報を集め、利用価値のある人間を嗅ぎ回っている。やたら絡んでくるのは、ただの好奇心ではないな)
九条は表面上は柔らかく答えた。
「はは、本当にただのカマかけですよ。本気で警察を呼ぶつもりなんてありませんでした。龍園くんは……まあ、ちょっと迫力ありますよね。でも俺みたいな地味な人間には関係ない話です。櫛田さんは本当に社交的ですごいなあ」
「もう、九条くんって意外と頼りになるよね! これからもよろしくね!」
櫛田が笑顔で手を振ってようやく去っていった隙に、九条は静かに息を吐いた。
(本当に鬱陶しい……。目立たないように動くのが基本なのに、この一件で少し浮いてしまった。櫛田桔梗は要注意だ。還流計画に絶対に嗅ぎつけられたくない)
彼はポケットの中でUSBメモリをそっと握りしめ、再び「目立たない生徒」の仮面を深く被り直した。教室の隅では堀北と佐倉がまだ小さく会話を続けていて、九条はそんな喧騒から静かに距離を取るように席を立った。
(反省だな……今後はもっと慎重に)
その夜、校舎裏のいつもの薄暗いベンチ。
九条間人は先に着いてベンチに腰を下ろし、街灯の薄い光をぼんやりと眺めていた。放課後の櫛田とのやり取りが、まだ少し胸に引っかかっていた。
足音が近づき、壬生憲剛がCクラスの制服を軽く乱したまま現れた。手に缶コーヒーを二つ持っている。
「よう、先生。今日も遅くまでお疲れさん」
壬生は一つを九条に投げて寄越し、自分もベンチにどっかりと座った。九条は受け取りながら、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、壬生くん。まあ、今日も……いろいろあったよ」
壬生はプルタブを開け、一口飲んでからニヤリと笑った。
「聞いたよ。放課後、櫛田桔梗にべったり絡まれてたってな。『九条くんすごい!』『もっと話聞かせて!』って大盛り上がりだったらしいじゃん」
九条が小さく肩をすくめると、壬生はさらにからかうように身を乗り出した。
「先生もやっぱ胸はデカい方が好きなのか? あの子、Dクラスで結構目立ってるからなあ、意外と女好きなんだなあ」
九条はコーヒーを一口飲んで、苦笑を浮かべた。
「からかわないでくれよ、壬生くん。ただ話しかけられて、適当にあしらってただけだ。目立ちすぎたのは反省してる……櫛田さんは要注意だよ。やたらと嗅覚が鋭い」
壬生は低く笑い、膝を軽く叩いた。
「まあ、先生の好みはどうでもいいとして、本題に入ろうぜ」
彼は声を少し落とし、真顔になった。
「ポイント還流計画の『収益先』だ。上位クラスからPPを融通してもらう相手を、そろそろ具体的に決めないとな。俺はAクラスの坂柳有栖に狙いを定めてる」
九条がわずかに目を細めた。
「坂柳……なるほど。根っから安寧を好まない性分だもんな、あの子」
壬生は頷き、フェンスに背を預けた。
「ああ。あいつは病弱なくせに、頭の中は常に戦場だ。常に葛城と軋轢を起こして話題になっている。Aクラスにいること自体、退屈で仕方ないはずだ。『Aクラスを守るためにCクラスと裏取引』なんて提案したら、面白がって乗ってくるに決まってる。龍園みたいな力任せじゃなく、頭で遊ぶタイプだからな。俺が水面下で接触ルートを作る」
九条は静かに頷き、地面に指で軽く線を引きながら続けた。
「俺はBクラスの神崎有吾くんに接触するよ。坂柳さんみたいに派手じゃないけど、冷静で現実的。Bクラスは今、Aクラスに次ぐポジションで『安定的に上を目指したい』と思ってるはずだ。俺たちが『Aを狙わない代わりに、特別試験で協力する』という提案をしたら、拒否しにくい。神崎くんなら、感情より論理で動くタイプだから、還流のリスクとリターンを正確に理解してくれる。それに・・・一之瀬さんを随分と慕ってるみたいだからね」
壬生がニヤリと笑った。
「先生はB、神崎か。堅実だな。俺がAの坂柳を狙うのと、ちょうどバランスが取れる。最初は少額のテスト取引から始めて、信頼を積み重ねる。無人島試験あたりで本格的に動かせれば最高だ」
九条はコーヒーの缶を軽く回しながら、瞳に冷たい光を宿した。
「そうだね。二人とも、上位クラスに『安心料』を払わせてPPを吸い上げる。学校が一番嫌う『競争の無力化』を、俺たちだけで進める。表で目立つのは最小限に……全部、水面下で」
壬生は空になった缶を軽く握りつぶし、立ち上がった。
「了解だ、先生。俺は坂柳ルートを固める。お前は神崎を上手く口説けよ」
九条も立ち上がり、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
二人は夜の闇に溶けるように別々の方向へ歩き出した。
九条間人はポケットの中でUSBメモリをそっと握りしめながら、胸の内で静かに繰り返していた。
(櫛田さんの件は反省材料……でも、収益先が決まれば、次は一気に加速できる。この学校のシステムを、二人だけで腐らせていくんだ)