二人は超問題児?(もしよう実世界に「九条の大罪」悪徳弁護士と半グレが入り込んだら〜) 作:きんぴら大根
夜特別棟裏、古い資料室の前。
壬生憲剛は制服を少し着崩して、壁に背を預けて待っていた。指定した時間より少し早く着いたが、相手はすでに来ていた。
「……ふふっ。随分と大胆な時間と場所を選ぶのですね、Cクラスの壬生くん」
カツ、カツっと杖をつく乾いた音と共に、静かな、鈴を転がすような声が暗がりから響く。
坂柳有栖が優雅な笑みを浮かべて杖をつきながら少し進めて現れた。傍らには橋本が控え、静かに周囲を警戒している。
壬生はニヤリと笑い、坂柳の正面に立った。
「さすがAクラスの坂柳さん。呼び出してすぐに来てくれるとは思わなかったな」
坂柳は細い指で自分の頰を軽く支え、興味深げに壬生を見上げた。
「面白そうな話を持ちかけてくる人間を、無視するほど退屈ではありません。……で? Cクラスで龍園くんと派閥争いをしているあなたが、私に何の用ですか?」
壬生は周囲に誰もいないことを確認し、声を低くした。
「派閥争いね、『まだ』そんな大袈裟なことをしてるつもりはないけど・・・まあいっか。単刀直入に言う。俺たちはAクラスを狙わない。代わりに、特別試験で『勝ちすぎない』調整をして、上位クラスに迷惑をかけない。……その見返りに、クラスポイントを意図的に還流させた分のプライベートポイントの何割かを、Aクラスから融通してほしい」
坂柳の瞳が、わずかに輝いた。
「プライベートポイントの還流……ふふっ。学校のルールを逆手に取った、なかなか面白い発想ですね。あなたは誰かと協力しているようですが?」
壬生は肩をすくめ、余裕の笑みを浮かべる。
「まあ、そういうことだ。表向きは龍園と対立してるが、実際は水面下で動いてる。Aクラスが一番安定してプライベートポイントを持ってそうから、最初に声をかけた。坂柳さんなら、この『ゲーム』の面白さが分かると思ってな」
坂柳は小さく笑い、目を細める。
「安寧を好まない私の性分を、よく調べてきましたね。確かに……Aクラスでただ守っているだけでは、退屈で仕方ないもの。あなたたちが本気で競争を放棄し、ポイントを金に換えるルートを作るというのなら……」
彼女は指先で杖をトントンと叩く。
「面白そうですね。リスクは?」
「最初は少額から。100〜200P程度の還流テスト。次の特別試験で調整して、試験後にプライベートポイントを融通してもらう。バレれば俺が潰される。Aクラスにはほぼノーリスクだ。『Cクラスが勝手に自滅した』で済む」
坂柳はしばらく沈黙し、やがてくすくすと笑った。
「いいでしょう。乗ってあげましょう。ただし、約束を破ったら……容赦なく叩き潰します」
壬生は低く笑い、右手を差し出した。
「そりゃあ怖いな。了解だ、坂柳さん。こっちも本気でやる。楽しみにしててくれ」
坂柳は細い手を伸ばし、軽く握り返した。その瞳には、退屈を忘れたような冷たい歓喜が宿っていた。
「ふふっ……この高度育成高等学校が、少しだけ面白くなりそうですね」
壬生は資料室を後にし、夜道を歩きながらスマホを取り出した。
《坂柳、乗ってきた。Aクラスとのルート確保したぞ。次はお前の番だ》
送信して、壬生は満足げに口元を歪めた。
(これで一つ、大きな駒が置けた……先生)
一方、坂柳有栖は杖をつきながら、橋本に小さく言った。
「面白い子が出てきましたね、橋本くん。……しばらく、目を離さないで下さい」
Aクラスとの水面下取引は、静かに、しかし確実に動き始める。
一方、九条は夜非常階段の踊り場にてBクラスへの営業活動に勤しんでいた。
九条間人は誰にも見られないよう静かに待ち、指定した時間ぴったりに足音が近づく。
「……Dクラスの九条だったか? Bクラスの神崎だ。急に呼び出して何か用か?」
神崎隆二が、わずかに警戒した表情で現れた。奥の目は冷静だが、Dクラスの生徒からの突然の呼び出しに困惑を隠せていない。
九条は穏やかな笑みを浮かべ、いつもの少し砕けた敬語で切り出した。
「急に呼び出してすみません、神崎さん。Bクラスとの……少し大事な話がありまして」
神崎は軽く息を吐き、階段の手すりに寄りかかった。
「Bクラスの話? まあ、聞くだけは聞くが、一体何だ?」
九条は声を低くし、本題に入った。
「単刀直入に言います。僕たちはAクラスを狙わない。Dクラスも……本気で上がる気は毛頭ありません。特別試験では『勝ちすぎない』調整をして、上位クラスに迷惑をかけない。その代わり、クラスポイントを意図的に還流させた分のプライベートポイントを、Bクラスから融通してほしい」
神崎の眉がピクリと動いた。
「それをうちのリーダーの一之瀬ではなく、なぜ俺に話を持ってきた?」
九条は淡々と続ける。
「Bクラスリーダーの一之瀬さん、だったかな?彼女に全部任せっきりにするのは危ないでしょ?一之瀬さんは優しすぎるきらいがある。Bクラスという中間的な立ち位置は、現実的にAクラス昇格を狙える立ち位置な分、Aクラスからの圧力や、Cクラスの突上げなど、これから色んな悪意に晒される可能性が高い。龍園みたいな力任せの奴、坂柳みたいな手段を選ばない策略家……全部、真正面から受け止めたら一之瀬さんは潰れるよ。それに彼女・・・可愛くて、面倒見が良くて、誰にでも優しいでしょ?そんな性格の女子は、特に悪い虫を強く惹き寄せる。」
神崎の表情がわずかに硬くなった。
「だから誰かが、表に出ない汚れ役をやる必要がある。一之瀬さんを守るためにも、今後Bクラスはもっと現実的に、冷徹に動いていくべきだ。この学校は、そういう場所だ」
神崎は拳を軽く握り、声にわずかな苛立ちを滲ませた。
「・・・一之瀬を悪く言うつもりか?」
九条は静かに首を振った。
「悪く言ってるんじゃない。ただ、現実を指摘してるだけだよ。君が一之瀬さんのことを本気で思ってるなら、水面下で協力してくれ。表では何も知らないふりをして、俺たちの還流にプライベートポイントを融通する。リスクはほぼない。Bクラスは『安定的に上を目指す』立場を保てて、一之瀬さんには負担をかけない」
長い沈黙のあと、神崎は深く息を吐いた。
「……わかった。一之瀬には言わない。水面下だけで協力する。ただし、絶対に彼女を巻き込むな。約束できるか?」
九条は穏やかに微笑んだ。
「約束するよ。ありがとう、神崎さん。これで交渉成立です」
二人は短く視線を交わし、別々の方向へ去った。
非常階段を下りながら、九条間人は一人、口元に薄い笑みを浮かべた。
(やっぱ一之瀬さんの名前を出せば、すぐ乗ってきたな・・・綾小路と一之瀬さんが距離近く話してたとき、一瞬すげえ怖い顔してたし・・・)
彼はポケットに手を入れ、夜風に当たりながら静かに呟いた。
「これでAの坂柳さんとBの神崎くん……両ルート確保。還流テスト計画が、ようやく本格的に動き出す」
九条の瞳には、冷たい満足感が宿っていた。
九条間人と壬生憲剛は並んで座り、計画の進捗を共有していた。
壬生が缶コーヒーを一口飲んでから、満足げに口を開いた。
「俺の方は坂柳と上手くいったぞ。予想通り、あの女はすぐに食いついてきた。『Aクラスで安泰にいるのは退屈』だってよ。俺が『競争を放棄してポイントを金に換える面白そうなゲームをやらないか』って持ちかけたら、目が輝いてた。リスクはほとんどAクラスにないって説明したら、笑いながら『乗ってあげる』だってさ。特別試験で還流テストするタイミングも、向こうから提案してきた。かなり乗り気だ」
壬生はニヤリと笑い、九条の方を見た。
「お前の方はどうだった?」
九条は穏やかな笑みを浮かべ、軽く肩をすくめた。
「神崎くんとも話がついたよ。Bクラスルートも確保。……たださ、神崎に一之瀬さんの名前を出した瞬間、すぐに食いついてきたよ。やっぱり思春期男子って、ああいう女の子の前じゃあ、途端に弱くなるんだな。一之瀬さんをちょっと匂わせただけで、急に真剣になっちゃってちょっと面白かったけど」
壬生はコーヒーを吹き出し、盛大に笑った。
「ぶはっ! はははっ!」
彼は腹を抱えて笑いながら、九条の肩を軽く叩いた。
「先生はマジで人としてどうかしてるわ。一之瀬を餌にしていたいけな男子を釣るとか、性格悪すぎだろ」
九条は悪びれもせず、コーヒーを一口飲んで続けた。
「結果が出ればいいだろ。神崎くん、一度一之瀬さんが親しげに綾小路くんと喋っていたとき、なんとなく不快そうな感じを出していたからもしやと思っていたけど、簡単だったよ。そりゃあんな子と四六時中一緒にいるなら否が応でも意識するよね。あの優しさを『守りたい』一心で、水面下の汚れ仕事まで引き受けてくれる。本当に良いパートナーに出会えた」
壬生はまだ笑いながら、九条の肩を叩く。
「良いパートナーとか言ってるけど、要は『一之瀬の可愛さと優しさをチラつかせて、思春期男子の本能を刺激した』ってことだろ。先生、下衆の極みだな」
「勘弁してくれよ壬生くん。」
九条は小さく笑い、夜空を見上げた。
「これでAの坂柳さんとBの神崎くん、両ルートが整った。無人島試験で還流テストを本格的に始められるね」
壬生はニヤニヤしながら缶を九条のものに軽くぶつけた。
「了解。俺は坂柳と連絡を密にしておく。お前はまた一之瀬カードで神崎をしっかり握っとけよ」
二人は同時に低く笑う。
校舎裏の闇の中で、二人の還流計画は着実に、しかし着実に進んでいた。