二人は超問題児?(もしよう実世界に「九条の大罪」悪徳弁護士と半グレが入り込んだら〜) 作:きんぴら大根
豪華客船の甲板は、穏やかな南国の陽光に包まれていた。
プールサイドでは水着姿の女子たちがはしゃぎ、男子たちはビールを片手に笑い声を上げている。まるで本物のクルーズ旅行のように見えた。
しかし、Dクラスの一角だけは少し空気が違っていた。
九条間人はデッキチェアに腰を下ろし、トレイに載せたコーヒーを静かに傾けていた。隣には壬生憲剛が同じくリラックスした姿勢で座り、時折周囲を油断なく見回している。
「無人島で試験をやるらしいな、詳細はよく分からんが・・・」
壬生が小さく呟いた。声は周囲の喧騒にかき消される程度のボリュームだ。
九条は穏やかな笑みを浮かべたまま、しかしわずかに眉を寄せた。
「・・・正直、俺はもう憂鬱だよ、壬生くん。無人島で七日間サバイバルだって聞いたときから、ずっと考えてたんだけど・・・俺の体力、ヤバいんじゃないかな。負け工作の気を回しながら試験にも注力しなきゃならないなんて、正直保つ気がしないよ。もし長時間の移動や重い荷物運びが要求されたら、工作とかじゃなく普通に足手まといになる可能性が高い」
壬生は九条の顔を覗き込み、ニヤリと笑った。
「ははっ、先生がそんな弱気なこと言うなんて珍しいな。あんた、いつも頭の中は冷徹計算機みたいに回ってるくせに、体力面だけは普通の高校生なんだよな。安心しろよ、俺がその分働いてやるよ。せいぜいDクラスの女子にでも優しくしてもらいな」
九条は苦笑を浮かべ、コーヒーのマドラーを軽く回した。
「からかわないでくれ。冗談じゃなくて本気で心配なんだよ。くそっ、もっと真面目に運動部に入って体力作りしておくべきだった」
壬生は低く笑いながら、九条の肩を軽く叩いた。
「まあ、先生のその弱点が逆にいいカモフラージュになるだろ。『目立たない優等生』って仮面が、より自然に見える。心配すんな、俺がカバーする。……それより本題だ。龍園の野郎は完全に力で制圧する気満々だ。俺が派閥を固めてるのも知ってるはずなのに、相変わらず俺を『使える駒』くらいにしか見てねえ。……お前の方はどうだ? Dクラスは堀北が動いてるみたいだが」
九条は表情をすぐにいつもの穏やかなものに戻し、冷たい視線を遠くのAクラスエリアへ向けた。
「堀北さんは相変わらず優秀だ。すでに細かい情報収集を始めている。ただ……俺たちは『勝ちすぎない』。それが最優先だ。還流計画を本格稼働させるためにも、Dクラスが目立つのは避けたい」
壬生が低く笑った。
「相変わらず冷てえな、先生。クラスメイトが苦しもうが、クラスポイントが減ろうが、全部『駒』ってわけか」
「違うよ」 九条は穏やかな声で、しかしはっきりと言った。
「皆は助けるし、Dクラスが壊滅するのも避ける。最悪でも中位くらいに留めておく。ただ……この試験で上位クラスに本気で挑むような動きは絶対にしない。それが俺たちのルールだ」
彼は周囲に誰も近づいていないことを確認してから、声をさらに落とした。
「坂柳さんとのテスト取引は、もう準備できてるんだろ?」
「ああ」
壬生は頷き、スマホを軽く叩いた。
「無人島試験中にCクラスがわざと不利な行動を取る見返りに、試験後のプライベートポイント還流を約束してある。金額は最初は控えめに。向こうも様子見のつもりだ」
九条は小さく微笑んだ。
「神崎くんの方も同じだ。BクラスにはDクラスがAを狙わないこと、上位クラスに迷惑をかけない範囲で調整することを伝えてある。一之瀬さんには一切知らされていない」
二人はしばらく無言で、甲板を歩く他の生徒たちを眺めていた。
「表では龍園に好きに暴れさせておけ。俺はCクラス内で水面下で反龍園派を固めつつ、坂柳ルートを回す。お前はDクラスで目立たない優等生を続けろ。……体力の心配は俺に任せとけよ、先生」
九条は穏やかな表情のまま、しかし瞳の奥に冷たい光を宿して頷いた。
「この無人島での試験が最初のテストケースだ先生。達者でな」
二人は自然に別々の方向へ歩き出した。
九条間人はDクラスの輪に戻りながら、内心で静かに繰り返していた。
(龍園、坂柳、一之瀬、堀北……みんな好きに動いてくれ。 その隙を突いて、俺たちはこの学校のシステムそのものを、ゆっくりと食い破っていく)
豪華客船の甲板に吹く潮風が、九条の前髪を優しく揺らした。 表向きはただの控えめなDクラス生徒。 誰も、彼がこの試験を還流計画の絶好の機会と見なしていることなど、知る由もなかった。
「にしても無人島試験、本当に嫌だなあ・・・」
九条と別れてからわずか十分ほど、壬生憲剛はフェンスに背を預け、煙草をくわえたままスマホの画面を睨んでいた。Cクラス内の連絡網から、思わぬ情報が舞い込んできたばかりだった。
「……は? 龍園の野郎、葛城と密約を?」
低く漏らした声は、潮風にかき消された。
送信されてきたメッセージは簡潔だった。Cクラスの下っ端が、龍園の側近から漏れ聞いた話だという。
『龍園がAクラスの葛城と裏で手を組んだ。詳細は不明だが、何やらプライベートポイントを材料に取引を持ちかけているらしい』
壬生の指がスマホを強く握りしめた。
(……やっぱり似たようなことを考えるか)
胸の内で、苦い思いが広がる。
還流計画——九条と二人で水面下で練り上げてきた、AクラスやBクラスからプライベートポイントを吸い上げる仕組み。競争を放棄する見返りに、上位クラスに「安心料」を払わせる。誰にも気づかれないよう、慎重にルートを確保してきたはずだった。
なのに、龍園が同じような発想に辿り着いていた。
しかも相手は葛城。坂柳の派閥と対立しているAクラスの実力者だ。龍園の力任せの交渉スタイルなら、葛城も「Aクラスを守るための保険」として乗ってきたのだろう。坂柳ルートを確保したばかりの壬生にとって、完全に想定外の横やりだった。
「くそ……あの野郎、俺の動きを読んでたわけじゃねえだろうが」
壬生はグラスを海の外に投げ捨て、唇を歪めた。
焦りが胸を締めつける。もし龍園の密約が本格化すれば、Cクラス内のポイント還流ルートが二重に絡み合う可能性がある。坂柳が龍園の動きを知れば「面白くない」と判断して取引を凍結させるリスクもあった。最悪の場合、九条との計画全体が龍園に嗅ぎつけられる。
(先生にすぐ伝えるべきか……いや、まだだ。確証が薄い。今焦って動けば、龍園に俺の動きを警戒される)
壬生は深く息を吐き、表情をいつもの薄い笑みに戻した。だが、瞳の奥には明らかな苛立ちと焦燥が宿っていた。
九条と二人で始めた還流計画は、まだ始まったばかりだ。龍園のような力任せの男が同じ土俵に上がってきた以上、こちらも一手先を読まなければいけない。
壬生はスマホをポケットにしまい、ゆっくりと甲板の方へ歩き出した。
(……面白いことになってきたな。龍園)
口元だけが笑っている。
しかし内心では、九条にこの情報をどう伝えるか、すでに次の手を必死に考え始めていた。
この無人島試験が、ただのサバイバルではなく、クラス間の水面下の駆け引きの戦場になることを、壬生は今、痛いほど実感していた。
試験開始直後、Dクラスではすでに空気が張りつめていた。
「だからさ、簡易トイレで十分だろ! ポイント使ってまでちゃんとしたトイレなんか買う必要ねえよ! そんなもん買ったらすぐクラスポイントが減っちまうぞ!」
池寛治が声を荒げ、腕を振り回しながら主張する。隣で須藤健が腕を組んだまま苛立った表情で頷いている。木村や山内たち運動系の男子も「そうだそうだ」「無駄遣いすんな」と同調し、明らかにポイントを節約したい様子だった。
対する女子側は、松下千秋を中心に固まっていた。
「ちょっと待ってよ、池くんたち! 簡易トイレなんて絶対イヤ! プライバシーも全然ないし、臭いもすごいだろうし……七日間も我慢できないよ! ちゃんとしたトイレをポイントで買うべきだって!」
松下の明るい声が少し尖り、佐藤麻耶が「マジで無理! 女子は生理の問題もあるんだから!」と強く突っ込み、佐倉愛里や森さんたちも「そうだよ」「衛生的にヤバいよ」と口々に反論する。女子たちの視線は明らかに男子に向けられ、トイレ問題を巡っての不満が一気に噴出していた。
その中心で、平田洋介が必死に両者の間に入っていた。
「みんな、落ち着いて! トイレは確かに大事な問題だよ。男子の節約意見も分かるけど、女子の衛生面の不安も無視できない……。ポイントの使い道はクラス全体で話し合って決めよう。……ほら、須藤くんも池くんも、少し待ってくれ。女子の意見もちゃんと聞こうよ」
平田は穏やかな笑顔を崩さず、一人ひとりの肩に手を置き、交互に視線を合わせて宥めようとする。汗が額に浮かび、声は少し掠れ始めていた。朝から何度も繰り返されるこの対立を、一人で取りまとめている疲労が、はっきりとその表情に表れていた。
少し離れた木立の陰から、九条間人はその様子を静かに見守っていた。
木の幹に背を預け、腕を組んだまま、表情一つ変えずに視線だけをキャンプ地に向けている。誰にも気づかれない位置——ちょうど「目立たない優等生」が自然に取るであろう距離だ。
(……平田くん、随分と消耗してるな)
九条の瞳は冷たく、淡々と分析を続けていた。
簡易トイレか、ポイント消費してのちゃんとしたトイレか——この問題はDクラス内で予想以上に大きな対立を生んでいた。平田はクラスをまとめるために、今日だけで何度も間に入り、笑顔で宥め、妥協案を提案し続けている。表向きは「優しいリーダー」だが、あのペースで続けば確実に精神的な疲弊が蓄積する。
(今後、もっと大きな決断を迫られる場面が増えるはずだ。堀北さんや須藤くんたちの意見がぶつかり合えば、平田くんはさらに消耗する。……その時、こちらサイドに引き込めるかもしれない)
還流計画の観点から見れば、平田は非常に魅力的な駒だった。クラス内で幅広い信頼を集め、誰からも好かれる中立的な立場。疲弊した彼が「もう一人で抱えきれない」と感じた瞬間、水面下でさりげなく手を差し伸べれば——。
九条の唇の端が、わずかに上がった。
(いい材料だ。平田洋介……今はまだ様子見だけど、タイミングを見極めて接触を検討しよう)
彼は静かに息を吐き、木陰から一歩も動かずに、平田が再び「みんな、頼むから……」と声を張り上げる様子を、冷たい視線で捉え続けていた。
誰も、九条間人がそんな計算を胸の奥で巡らせていることなど、知る由もなかったが・・・
九条は青ざめて慌ててポケットを漁る。ない、自分にとっての必需品が・・・
「九条くん・・・大丈夫?どうかしたの?」
佐倉が心配そうに声を掛ける。もはや九条本人に誤魔化す余裕はなく・・・
「鼻炎テープ、忘れてきました・・・」