二人は超問題児?(もしよう実世界に「九条の大罪」悪徳弁護士と半グレが入り込んだら〜)   作:きんぴら大根

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九条の憂鬱(無人島編2)

九条間人は木陰の少し離れた場所で、静かに額の汗を拭っていた。

南国の陽射しが容赦なく照りつけ、湿った空気がまとわりつく。鼻炎の症状が予想以上に悪化していた。鼻炎テープを忘れてきたせいで、鼻が詰まり、目が痒く、息をするたびに軽い頭痛がする。それでも九条は表情を崩さず、ゆっくりと立ち上がった。

 

Dクラスのキャンプ地では、簡易トイレか本格トイレかを巡る男子と女子の対立が続いていた。平田が必死に仲裁し、堀北が冷たく意見を述べ、須藤たちが苛立つ。九条はその喧騒から少し離れた場所に目を向けた。

池寛治が一人でテント設営に取り組んでいた。ポールを手に悪戦苦闘しているが、意外と手慣れた様子でロープの結び方を調整している。

 

「池くん、手伝おうか?」

 

九条が近づくと、池は汗を拭いながら顔を上げた。

 

「おう、九条か。……まあ、ちょうどいい。お前もなんか知ってんなら教えてくれよ。俺、中学の頃にキャンプの部活みたいなのにちょっとだけ入っててさ。基本はわかるんだけど、このテントの骨組みがクソむずいんだよ」

 

九条は鼻を軽くすすりながら膝をつき、穏やかに頷いた。

 

「俺も家族で山キャンプに行ったことがある。……ここ、地面の傾きが少しあるから、まずは水平を確認した方がいいよ。池くんはどうやってロープ張ってる?」

 

池がニヤリと笑って答えた。

 

「俺は風の向き見て、こっち側を少し強めに固定してる。雨が降ったときの排水を考えたら、こっちの角度の方がいいと思うんだけど、どうよ?」

 

二人は並んで作業を進めながら、お互いの知識を出し合った。九条が「ポールの差し込みはここを先に固定すると安定する」と教え、池が「ロープの結び目は俺のやり方でやってみろ、滑りにくいぞ」と実演する。九条は鼻炎の息苦しさを堪えつつ、地面の凹凸を指差して排水経路を提案し、池は力仕事でシートをしっかり固定しながら「なるほど、九条の言う通りだな」と頷く。

 

「おい、九条。意外と細かいとこ気づくじゃん。俺の知識だけじゃ見落としてたわ」

 

「池くんの方が実践経験豊富だよ。ロープの張り方、俺一人じゃここまで綺麗にできなかった」

 

汗だくになりながらも、二人のテントはみるみるうちに形になっていった。周囲では須藤が荷物を運び、山内が文句を言いながらも手伝い、女子側でも佐倉や松下が荷解きを進めている。平田が「みんな、いい感じだぞ!」と声をかけ、キャンプ地全体の空気が少しずつ和らいでいくのが感じられた。

テントが完成した頃、池が満足げに九条の肩を叩いた。

 

「よし、完璧じゃねえか! 九条と組んだら早かったわ。マジで助かったぜ」

 

「俺も池くんのおかげだよ。力仕事と実践的なコツ、勉強になった」

 

九条は穏やかに微笑みながらも、そっと鼻を押さえた。症状はまだ悪いが、作業に集中していたおかげで少し気が紛れた。

少し離れたところで堀北がこちらを一瞬見たが、何も言わずに視線を戻した。平田が笑顔で近づいてきて、

 

「九条くん、池くん、テント綺麗に仕上がってるね。ありがとう」

と声をかけた。須藤が「へえ、池と九条、意外と息合ってるじゃねえか」と軽く声をかけ、池が「こいつ、ちゃんと使えるぜ!」と胸を張る。

九条は完成したテントの陰に腰を下ろし、池が持ってきた水筒を受け取った。

 

「九条、顔色悪いぞ。少し休めよ」

 

「ありがとう、池くん。……ちょっと鼻炎が悪化してるだけだ」

 

南国の風がキャンプ地を吹き抜ける中、Dクラスの生徒たちは作業を続け、失敗を笑い合いながら少しずつ打ち解け始めていた。

九条は静かに周囲を観察しつつ、内心で小さく息を吐いた。

目立たない程度に貢献し、池との協力で自然に溶け込む——今のところ、計画に支障はない。

無人島での七日間は、まだ始まったばかりだった。

 

九条間人は完成したテントの陰に腰を下ろしたまま、池から受け取った水筒をゆっくりと傾けていた。鼻の奥が熱を持ち、息をするたびに軽い痛みが走る。鼻炎テープがないせいで症状がどんどん悪化しているのが自分でもわかったが、今はそれを顔に出すわけにはいかない。

キャンプ地では、簡易トイレを巡る男子と女子の対立がまだくすぶっていた。池がテント設営を終えた勢いで女子側に近づき、

 

「おいおい、松下! 簡易トイレで十分だって言っただろ? ポイント無駄遣いすんなよ!」

 

と声を張り上げると、松下千秋が腰に手を当てて即座に反論した。

 

「ちょっと池くん! 七日間も簡易トイレなんて絶対無理! 女子は生理の問題もあるし、プライバシーだって……ねえ、佐倉さんもそう思うでしょ?」

 

佐倉愛里が少し頰を赤らめながら小さく頷き、

 

「う、うん……臭いとか、夜中に一人で行くのも怖いし……」

 

と控えめに同意する。須藤が「面倒くせえな」と舌打ちし、平田洋介が慌てて両者の間に割って入った。

 

「みんな、待って! 確かにポイントは大事だけど、七日間一緒に過ごすんだから、みんなが快適に過ごせる方が大事だよ。……どうだろう、簡易トイレをベースに、女子用のプライバシーテントみたいなのを少しポイント使って追加するのは? それなら節約もできるし」

 

堀北鈴音が腕を組んだまま冷たく口を挟んだ。

 

「妥協案ね。……私も女子の意見は無視できないわ。ポイントの無駄遣いは避けたいけど、衛生面を犠牲にするのは愚策よ」

 

その言葉をきっかけに、クラスメイトたちの間で少しずつ話し合いが始まった。山内が「まあ、女子がそんなに言うなら……」と渋々折れ、佐藤麻耶が「平田くん、ありがとう!」と笑顔を見せ、池も「しょうがねえな、特別だぞ!」と肩をすくめて笑う。最初はピリピリしていた空気が、徐々に和らいでいった。

備品の水を回し飲みしながら、須藤が「よし、じゃあさっさとテント全部立てちまおうぜ!」と声をかけ、女子たちも荷解きを手伝いに男子側へ近づいてくる。櫛田桔梗が明るく「みんな、頑張ろうねー!」と声を張り上げ、軽井沢恵が「はあ、暑い……でも意外と楽しいかも」とため息混じりに笑う。失敗したロープの結び目をみんなで直し合い、誰かの冗談に笑い声が上がる——そんな光景が、キャンプ地全体に広がっていった。

九条はテントの影からその様子を静かに見守っていた。鼻をそっと押さえ、息を整える。目立たない位置で、ただ「普通の生徒」として溶け込んでいる。

その時、佐倉愛里が水筒を手に近づいてきた。彼女は少し心配そうな顔で九条の隣にしゃがみ込み、小声で言った。

 

「九条くん……大丈夫? さっきから顔色が悪いみたいだけど……鼻炎、悪化してるんじゃないの? テープ、持ってきてないの?」

 

九条は穏やかな笑みを浮かべ、軽く首を振った。

 

「ありがとう、佐倉さん。ちょっと忘れちゃっただけだよ。鼻炎テープ、船に置いてきてしまったみたいで……とは言っても『原則』私物持込禁止だから、持ち込めたかどうかは分からないけどね。でも、大したことないから」

 

佐倉は眉を寄せ、ポケットから小さなハンカチを取り出して差し出した。

 

「これ、濡らして額に当ててみて。少しでも楽になるかも……。私、鼻炎じゃないけど、夏風邪ひいたときによくやってたの。無理しないでね? 九条くん、さっき池くんとテント作ってくれてたでしょ。ありがとう……でも、具合悪そうだったらちゃんと休んで」

 

彼女の声は控えめだが、心からの心配が伝わってくる。九条はハンカチを受け取りながら、柔らかく頷いた。

 

「ハンカチは持ち込みOKだったんだ」

 

「うん、原則私物の持込はダメだけど、下着と同じで衣類としての扱いだから大丈夫だって先生言ってた」

 

「助かるよ、佐倉さん。……本当に、みんなと一緒に作業できてよかった。こうしてクラスが少しずつ打ち解けていくの、いいよね」

 

佐倉は頰を少し赤らめて微笑み、

 

「うん……私も、最初は不安だったけど、九条くんみたいに手伝ってくれる人がいるから、頑張れそう」

 

と言って立ち上がった。彼女が去った後、九条はハンカチを額に当てながら、内心で静かに息を吐いた。

 

(……佐倉さん、相変わらず優しいな。観察力も鋭い……これは、還流計画とは別に、覚えておくべきか)

 

周囲では笑い声がさらに大きくなっていた。池が女子たちに「よし、簡易トイレの設置は俺がやるぜ!」と豪快に宣言し、松下が「意外と頼りになるじゃん!」とからかい、平田がみんなをまとめ、須藤が荷物を運びながら「まあ、悪くねえな、この感じ」と呟く。堀北でさえ、わずかに口元を緩めているように見えた。

 

Dクラスのキャンプ地は、ようやく本当の意味で「一つ」になり始めていた。南国の陽射しの下、七日間の無人島生活は、まだ序盤に過ぎなかったが——少しずつ、確実に、クラスメイトたちの絆が深まっていく気配があった。

九条はテントの陰で目を細め、静かにその光景を眺め続けた。鼻炎の痛みを堪えながらも、穏やかな表情を崩さないまま。

 

 

 

 

 

 

九条間人はキャンプ地の喧騒からそっと離れ、木々の影を伝うように南西の方角へ足を進めた。
鼻炎の症状はますます悪化し、目が腫れぼったく、鼻水が止まらない。佐倉から借りた薄いピンクのハンカチを、鼻に押し当てながら歩く姿は、さすがに情けなかった。

 

Cクラスのキャンプ地は、Dクラスとは明らかに雰囲気が違っていた。
簡易テーブルが設けられ、ポイントで購入したらしいクーラーボックスやお菓子、ジュースが並び、男子たちが笑い声を上げながらパーティのような騒ぎを繰り広げている。龍園の姿は見えないが、代わりに壬生憲剛が長身を少し離れた木陰に預け、周囲を警戒するように立っていた。

九条は周囲に誰もいないのを確認してから、壬生の背後に近づいた。

 

「……壬生くん」

 

低く呼びかけると、壬生が振り返り、ニヤリと笑った。

 

「おう、先生。よく来たな。……って、おい、その顔どうした? グズグズじゃねえか」

 

壬生の視線が、九条の腫れた目と赤くなった鼻、そして手に握ったハンカチに止まる。明らかに女子物だとわかるデザインだった。

 

「ははっ、なんだよそれ。ピンクのハンカチ? Dクラスの女子にでももらったのか? 例の櫛田って子か? 先生、意外とモテてんじゃねえかよ」

 

九条は鼻を軽くすすりながら、苦笑を浮かべた。

 

「からかわないでくれ……佐倉さんが心配して貸してくれただけだ。鼻炎テープ忘れてきて最悪だよ。……それより、そっちは随分と豪華じゃないか。ポイント使ってパーティか。羨ましいな、こっちはついさっきまで簡易トイレの話で揉めてたところだ」

 

壬生は肩をすくめ、クーラーボックスから取り出したジュースの缶を軽く放ってきた。

 

「龍園の野郎が『好きに使え』って豪語してんだよ。どうせ葛城との取引がメインだからこの試験自体はブラフなんだろうな。……お前の方こそ、顔色悪すぎだろ。大丈夫か?」

 

九条は缶を受け取りながら、声をさらに低くした。

 

「通信手段が一切ないのが痛い……。この島じゃこまめに連絡取れないから、予定が狂ったときに即座に共有できない。無人島試験の本番で還流のタイミングを逃さないよう、事前に決めておいた方がいい」

 

壬生が頷き、木の幹に背を預けたまま腕を組んだ。

 

「ああ。俺はCクラスで龍園の動きを抑えつつ、坂柳ルートは水面下でキープする。試験中、Cクラスが『勝ちすぎない』調整は俺が派閥の連中に匂わせておく。とは言っても龍園も表立って勝つ気があるかはわからんけど。お前はDクラスで目立たず、堀北や綾小路の動きを観察しながら、こっちに不利にならない範囲で調整してくれ。還流目標は最初は控えめに——100〜200P程度でテストだ」

 

九条はハンカチで鼻を押さえつつ、静かに続けた。

 

「了解。俺はDクラス内で平田や池を自然に味方につけながら、クラス全体の動きを『自然な失敗』に見せる方向で動く。……ただ、坂柳さんと神崎くんの反応も気になるところだ」

 

壬生が低く笑った。

 

「心配すんな。坂柳はすでに乗り気だ。神崎の方もお前が一之瀬カード使って握ってるんだろ? 問題ねえよ」

 

そこで壬生の表情が少し引き締まった。

 

「……それと、伊吹が来るぞ」

 

九条の眉がわずかに動いた。

 

「伊吹?」

 

「ああ。うちのCクラスの女子だ。龍園の指示で、Dクラスを妨害しに来るはずだ。わざと喧嘩を売ったり、情報を盗みに来たり……お前が目立たないようにしてる今が狙い目だと思う。ダメージコントロールはしっかりやれよ、先生。変に目立って還流計画に傷がつくような真似はするな」

 

九条は穏やかな笑みを崩さず、静かに頷いた。

 

「わかった。伊吹が来たら……自然に受け流す。鼻炎を言い訳にしながら、適度に弱気な生徒を演じておくよ」

 

壬生が満足げに口元を歪めた。

 

「それでいい。……先生、鼻炎でグズグズの顔して女子のハンカチ握ってる姿、意外と役に立つかもな。笑えるわ」

 

九条は小さく肩をすくめ、ジュースの缶を一口飲んだ。

 

「笑い事じゃないよ……本当に辛いんだから」

 

二人は短い沈黙のあと、視線を交わした。
周囲のCクラス生徒たちの笑い声が遠く聞こえる中、幼馴染同士は水面下の計画を再確認し、すぐに別々の方向へ溶け込んでいった。

九条はピンクのハンカチをポケットにしまい、鼻炎の痛みを堪えながらDクラスのキャンプ地へと戻り始めた。
無人島試験は、まだ序盤に過ぎない。
だが、伊吹の接近と、還流計画の本格始動——ここからが本番だった。

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