二人は超問題児?(もしよう実世界に「九条の大罪」悪徳弁護士と半グレが入り込んだら〜) 作:きんぴら大根
鼻炎で体調が優れない身体に太陽の光が降り注ぐ中を歩いている最中、壬生との別れ際の会話を思い出す。
「ああ、そういや忘れてた。龍園の野郎、Dクラスだけじゃねえみたいだぜ。Bクラスにも同じような妨害工作を仕掛けてる。伊吹みたいなのを一人だけじゃなく、複数クラスメイトを接触させてるらしい。Cクラスの下っ端がチラッと漏らしてくれた情報だけど・・・イチイチやることがセコい野郎だよ」
九条の瞳が、腫れた目の中でわずかに細くなった。
(……Bクラスにも、か。神崎くんルートに影響が出る可能性があるな。龍園が本気で多方面に手を広げてきたとなると、こちらの還流計画も少しスケジュールを調整する必要が出てくる……)
頭の中で計算を巡らせながら、九条は穏やかな声で応じた。
「なるほど。伊吹さんがDクラスに来るのと同じ手口でBクラスにも……。壬生くんの方は、Cクラス内でその情報をどう扱ってる?」
「俺の派閥の連中にはまだ匂わせてねえ。龍園派の動きを監視しつつ、俺は坂柳ルートを固めておく。お前はDクラスで平田や池を自然に味方につけながら、堀北たちの動きを観察してくれ。還流目標は最初控えめで——100〜200P程度だ。伊吹が来たら、変に目立たねえようにな」
壬生は九条の肩を軽く叩き、ジュースの空き缶を軽く握りつぶした。
「じゃあ、先生。達者でな。鼻炎、なんとかしろよ」
「ありがとう、壬生くん。君も龍園に気をつけて」
二人は短く視線を交わし、すぐに別々の方向へ溶け込んだ。九条はポケットにハンカチをしまい、鼻を軽くすすりながらDクラスのキャンプ地へと足を向けた。
南国の陽射しが木々の隙間から差し込み、地面に複雑な影を落としている。九条は木陰を伝うように慎重に歩き、誰にも気づかれないルートを選んでいた。鼻炎の息苦しさを堪えつつ、頭の中では先ほどの情報を整理していた。
(龍園がBクラスにも接触……。神崎くんが水面下で協力してくれている今、タイミングが悪い。伊吹がDクラスに来るのは予想通りだけど、Bクラス側も同じように撹乱されているなら、こちらの「自然な失敗」もより慎重に演じる必要があるな……)
キャンプ地が近づくにつれ、Dクラスの喧騒が聞こえてきた。池と須藤の声、平田の仲裁する穏やかなトーン、そして女子たちの笑い声。トイレ問題の話し合いが一段落したらしい。
しかし——。
九条がキャンプ地の南西側、木立のやや深い辺りに差し掛かったとき、異変に気づいた。
木の根元に、誰かが倒れ込んでいる。
「……!?」
九条は一瞬足を止め、周囲を素早く確認した。誰も来ていない。Dクラスのキャンプ地からはまだ少し距離がある死角だ。彼はゆっくりと近づき、地面にうずくまる人物の姿を認めた。
短めの髪、鋭い目つき、伊吹澪だった。
彼女は木の幹に背を預けるようにして座り込み、左腕を押さえていた。額に薄く汗が浮き、唇を固く結んでいる。制服の袖が少し破れ、腕の部分に赤黒い痣と擦り傷が見え、頬を腫らしている。息も荒く、痛みを堪えている様子だ。
(……壬生くんの言った通り、だな)
九条の胸中で、冷たい分析が瞬時に回った。
(龍園の指示でDクラスに妨害に来たはずなのに、この状態……。Bクラスへの接触と同時進行で、何かトラブルがあったのか? それとも、わざと怪我を負ってこちらに潜入するための演技か……? いずれにせよ、壬生くんの情報は正確だった)
伊吹は九条の気配に気づき、鋭く顔を上げた。目が合った瞬間、彼女の表情に警戒と苛立ちが浮かぶ。
「……誰よ、アンタ」
声は低く、痛みを隠しきれない響きがあった。
九条は穏やかな笑みを浮かべ、いつもの少し砕けた敬語でゆっくりと近づいた。鼻炎で腫れた目を擦りながら、わざと弱気に見えるように肩を落とす。
「Dクラスの九条です……。えっと、君はCクラスの……伊吹さん、でしたっけ? どうしたんですか、そんな怪我……。大丈夫ですか?」
彼はポケットから佐倉のハンカチを取り出し、軽く差し出しながら地面に膝をついた。表情は心配げだが、瞳の奥は一切の感情を殺した冷徹な観察を続けていた。
(ここでどう動くか……。還流計画に影響が出ない範囲で、情報を引き出せるか)
伊吹はハンカチを睨み、歯を食いしばったまま低く吐き捨てた。
「余計なお世話よ。……クラスを追い出されて少し休んでるだけ。邪魔しないで」
しかし、その声にはいつもの強気さが欠け、左腕を押さえる手が微かに震えていた。
「大丈夫ですか?応急処置でもした方が・・・」
九条間人は地面に膝をついたまま、穏やかな笑みを浮かべたまま伊吹の反応を待っていた。鼻炎の頭痛がこめかみを締めつける中、胸の奥では冷たい判断が素早く固まっていた。
(……やっぱり深入りするのはリスクが高すぎる。不確定要素が大きすぎて、Dクラスを巻き込むわけにはいかない。ここは、悪いが壬生くんに押し付けるのが一番だ)
伊吹が苛立った目で九条を睨み、左腕を押さえながら低く吐き捨てた。
「いいからさっさとどいて、邪魔」
九条はゆっくりと立ち上がり、表情を一切崩さずに続けた。声はいつものように柔らかく、少し砕けた調子を保っている。
「伊吹さん……本当に大丈夫ですか? その怪我、かなりひどそうですよ。Dクラスのキャンプ地に連れて行くこともできますけど……正直、君がCクラスで、龍園の指示で来たんだとしたら、うちの連中と揉める可能性が高いんじゃないですか?」
彼は一瞬、伊吹の表情を探るように視線を落とし、すぐに提案を口にした。
「だったら、壬生に保護してもらったらどうです? 壬生は龍園と対立してるみたいだし、Cクラス内で君の味方になってくれる可能性が高いはずです。俺、さっきCクラスの近くで壬生を見かけたんですけど……今頃まだ近くにいると思いますよ。怪我の応急処置も、そっちの方がやりやすいんじゃないかな」
九条はハンカチを軽く振り、伊吹の左腕の方へ視線を向けた。
「俺みたいなDクラスの地味な奴が関わると、余計に面倒なことになりそうですし……壬生なら、龍園派とも上手くやり合ってるみたいだから、君の身の安全も守ってくれると思います」
(これでいい。伊吹をDクラスに連れ込まず、壬生くんに丸投げ。壬生くんは龍園と対立してる「表の顔」を利用して伊吹を保護すれば、Cクラス内の派閥争いにも利用できるはずだ。俺は目立たず、Dクラスを巻き込まずに済む。不確定要素は、壬生くんに押し付けて処理完了……完璧だ)
内心では冷たい安堵が広がっていたが、表向きは心配そうな優等生の顔を崩さない。
——一方、伊吹澪の胸中は、九条の言葉を聞いた瞬間、激しく乱れていた。
(は……? 壬生に保護してもらう……? 何言ってんだこいつ!?)
予定が完全に狂った。
龍園から受けた指示はシンプルだった。
「Dクラスに潜り込んで、適当にちょっかい出せ。リーダーの情報収集をしつつ、連中のキャンプを掻き回してこい」
怪我は——本物の痛みではあったが——龍園の作戦の一環として利用できるはずだった。Dクラスの連中に「龍園に爪弾きにされた被害者」として庇われ、騒ぎを起こしてクラス内の対立を煽る。情報も少しでも拾えれば御の字。すべてが計算通りのはずだった。
なのに、この地味なDクラスの男子——九条とか言ったか——がいきなり「壬生に保護しろ」と切り出してきた。
(龍園と壬生の派閥争いのことまで知ってる……? ただの雑魚じゃねえのかよ!? なんでそんなこと知ってんだ!? しかも私を壬生のところに送ろうとしてる……!?)
焦りが胃の底から一気に込み上げてくる。
もしこのまま壬生のところに行けば、龍園の指示は完全に失敗する。壬生派の連中に保護されたら、Dクラスへの妨害工作などできなくなる。龍園に「任務失敗」と報告されたら——最悪、ただの怪我人扱いで済まされない。伊吹自身、龍園の側近としてプライドもあった。こんなところで足を引っ張るわけにはいかない。
(くそ……この提案、予定外すぎる。
どうやって切り返せばいい? このままDクラスに突っ込めば、こいつの提案を無視したことになるけど……でも壬生のところに行くなんて、絶対に無理だ。龍園にバレたら……)
伊吹の表情が一瞬、硬直した。痛みを堪えていた左腕が、無意識に強く握りしめられる。額に浮かぶ汗が、ただの怪我の痛みだけじゃないことを物語っていた。
「……壬生?なんでそんなこと知ってんだよ。あんた、ただのDクラスの雑魚じゃないの?」
声はいつものように棘だらけだったが、内心の焦燥は隠しきれず、わずかに震えていた。
九条は肩を軽くすくめ、穏やかな笑みを浮かべたまま首を振った。
「いやいや、ただの雑魚ですよ。さっき散策してて偶然見かけただけです。龍園と壬生が派閥争いしてるって話は、みんなが噂してるじゃないですか。……とにかく、怪我が悪化する前に動いた方がいいと思います。俺はここで待ってますから、必要なら壬生を呼んできますよ?」
南国の木漏れ日が、二人の間に静かに落ちていた。
伊吹の胸中では、予想外の提案に対する焦りと疑念が、激しく渦巻き続けていた。
龍園の指示を遂行するはずだったはずの妨害工作は、今、この一瞬で大きく軌道を外れようとしていた。
その直後——。
木々の間から複数の足音が近づいてきた。
「九条くん……?」
佐倉愛里の控えめな声が響き、彼女の後ろに綾小路清隆と山内春樹の姿が現れた。三人はちょうど作業を終えて戻る途中だった。
山内が目を丸くして大声を上げた。
「おいおい!怪我して倒れてんぞ!? マジでヤバくねえか!?」
佐倉が慌てて駆け寄り、伊吹の頬を見て顔を青ざめさせた。
「顔が……!大丈夫ですか!? 九条くん、どうしたのこれ……!?」
綾小路は無言で状況を観察している。伊吹は舌打ちを漏らし、九条は内心で小さく舌を打った。
(……発見された。最悪のタイミングだ)
山内がすぐに盛り上がり、佐倉も心配の色を濃くして「とにかくDクラスのキャンプ地に連れて行きましょう!」と提案した。九条は一旦言葉を飲み込み、静かに成り行きを見守った。無理に止めても逆効果になると判断したからだ。
結局、四人で伊吹を支える形になり、Dクラスのキャンプ地へと連れ帰ることになった。
キャンプ地に到着すると、すぐに騒ぎになった。
平田が慌てて駆けつけ、堀北が冷たい視線を向け、須藤や池たちが「なんだよ龍園の奴!」と怒りを露わにする中、女子陣が伊吹の怪我を手当てし始めた。佐倉と松下が応急処置キット(ポイントで購入したもの)を持ち出し、消毒と包帯を巻く。伊吹は痛みを堪えながらも黙ってされるがままになっていた。
九条は少し離れた位置からその様子を静かに見守っていた。鼻炎で腫れた目を軽く擦りながら、内心で冷たい計算を巡らせている。
(……仕方なくここまで来てしまったが、伊吹をこのままDクラスに居座らせるわけにはいかない。龍園の工作を水面下で続けられる可能性が高い。不確定要素をクラス内に残すのは危険すぎる)
応急処置が一段落し、伊吹がテントの陰に座らされた頃——九条はようやく声を上げた。
彼は穏やかな表情を保ったまま、しかしはっきりとした声でクラスメイトたちに語りかけた。
「みんな、ちょっと待ってください。伊吹さんの怪我の応急処置はできましたが……このままDクラスで庇うのは、反対です」
一瞬、キャンプ地に静寂が落ちた。
佐倉が驚いたように目を瞬き、山内が「はあ!?」と声を荒げ、平田が「九条くん……?」と困惑した顔を向けた。堀北でさえわずかに眉を寄せ、綾小路は無表情のまま九条を観察していた。
九条は伊吹の方を一瞬だけ見やり、すぐにクラスメイトたちに向き直った。壬生から聞いた具体的な情報は一切出さず、表向きは「一般論」として続ける。
「伊吹さんはCクラスの人間です。過去、龍園くんがDクラスに対して妨害工作のため障害事件をでっち上げた話は、みんなも聞いていると思います。この状況で伊吹さんをキャンプ地に保護すれば……龍園側から『DクラスがCクラスの生徒を拉致・監禁した』という悪質な言いがかりをつけられるリスクが極めて高いんです。クラスポイントの減点や、試験全体に悪影響を及ぼす可能性があります」
声は柔らかく、しかし確信を持った調子で響いた。
「もちろん、怪我をしている人を放っておくのは忍びないです。でも、ここで安易に庇ってしまうと、クラス全体が危険に晒されることになります。応急処置が済んだ今、Cクラスに戻ってもらうか、少なくとも壬生……Cクラスの誰かに引き渡すのが安全だと思います。俺みたいな地味な人間が言うのもなんですが……クラスを守るためです」
内心では冷たい決意が固まっていた。
(目立つリスクは承知の上だ。伊吹をここに留め置けば、龍園の工作が容易になる。ここで反対することで彼女を牽制し、Dクラスへの居座りを阻止する。壬生くんには後で連絡してフォローさせればいい)
山内が苛立って反論しようとしたが、九条は静かに微笑みを保ったまま、伊吹の視線を真正面から受け止めた。
伊吹の胸中は、九条の予想外の提案に続いてDクラスへの強制連行、そして今度は九条自身による「庇うな」という反対声明に、激しい焦りと怒りが渦巻いていた。
応急処置が一段落した直後、九条間人がクラスメイトたちに向かって反対の意見を述べたにもかかわらず、結果は予想通り——というか、予想以上に簡単に覆された。
「九条くんの言うこともわかるけど……怪我してる子を放り出すなんて、さすがに可哀想すぎるよ」
平田洋介が穏やかに、しかしきっぱりと言い切った。軽井沢や松下をはじめとする女子陣が強く同調し、山内も「そうだよ! 女の子一人を追い返すなんて男としてどうなんだよ!」と声を荒げた。須藤や池は渋い顔をしていたが、堀北は「好きにすればいいわ」と冷たく一言だけ残して離れ、結局は「とりあえず様子を見る」という形で伊吹をキャンプ地に留めることが決定した。
九条は穏やかな笑みを崩さず、静かにその成り行きを見守っていた。
(……やはり、採用されなかったか。まあ、予想通りだ)
内心では苦々しさが広がっていたが、彼はすぐに次の手を打った。
伊吹がテントの陰に座らされ、女子たちに囲まれているタイミングを見計らって、九条はもう一度、クラスメイトたちの中心に声をかけた。声のトーンはあくまで柔らかく、しかし全員に届くようにやや大きめに。
「みんな……僕の意見は採用されなかったみたいですが、ひとつだけ、ちゃんと伝えておきますね」
九条は自然な動きでクラスメイトたちを見回し、伊吹の方を直接見ずに、しかし明らかに彼女を意識させる形で続けた。
「今後、もしDクラス内で何かトラブルや不審な出来事が起きた場合……それはCクラスによる工作の可能性が極めて高いと思います。特に、龍園くんが妨害を狙っているという話が出ている今、外部の人間がキャンプ地にいる状況はリスクが高い。怪我の治療はしたけど、僕たちは『Cクラスに利用される可能性』を常に頭に入れて行動した方がいいんじゃないでしょうか」
言葉は伊吹を直接名指しこそしなかったが、意味は誰の目にも明らかだった。
佐倉が少し不安げに伊吹と九条を交互に見つめ、山内が「マジかよ……」と小さく呟き、平田の表情もわずかに引き締まった。伊吹本人は無言で九条を鋭く睨みつけていたが、九条はそれに気づかないふりをして淡々と締めくくった。
「もちろん、伊吹さんの怪我が治るまでは最低限の配慮はします。でも、クラス全体の安全が最優先です。……よろしくお願いします」
その後、九条は少し離れた木陰に戻り、鼻炎の痛みを堪えながら静かに息を吐いた。
(……目立ってしまったが、こればっかりは仕方ない)
胸の奥で、冷たい苛立ちが渦巻いていた。
Dクラスに伊吹を居座らせることになったのは最悪の結果だった。彼女が龍園の指示で何を仕掛けてくるか分からない不確定要素が、クラス内に残ってしまう。還流計画の水面下での動きにも、少なからず影響が出る可能性がある。
(壬生くんに丸投げできれば一番楽だったのに……)
しかし、九条はすぐに自分を律した。
(まあ、いい。少なくとも、クラス全体に「伊吹=潜在的な工作員」という認識を植え付けることはできた。彼女が何か動けば、すぐに疑いの目が向けられる。牽制としては十分に機能するはずだ)
彼は腫れた目を軽く擦り、佐倉から借りたハンカチをポケットにしまった。
(目立ったリスクは痛いが……伊吹への牽制はひとまず完了したと見ていい。これ以上深入りせず、様子見に徹する。壬生くんにも後でこの件を伝えておこう)
南国の陽射しがキャンプ地に降り注ぐ中、九条間人はいつもの目立たない位置に戻り、穏やかな表情の仮面を深く被り直した。
内心の苦々しさは残っていたが、少なくとも最悪の事態——伊吹が自由にDクラスを掻き回す——は、ある程度食い止めたという自己評価で、九条はこの一件にひとまず区切りをつけた。
実は既に話のオチまでは考えています