ポケットモンスター 元プラズマ団・Nが、伝説のポケモンと往く「トモダチ」ではない「愛」を探す世界再発見の旅 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……出力100パーセント。臨界点突破。ああ、これこそが僕が夢見た数式の極致、世界を0へと回帰させる神の息吹だ」
玉座の間の天井は既に失われ、僕の視界には激しく渦巻く暗雲と、そこから降り注ぐ極彩色のエネルギー波だけが映っていた。
ハルモニアの城の最上階。
僕の隣には、漆黒の理想(あるいは純白の真実)を具現化した伝説のポケモンが、空間そのものを震わせる咆哮を上げている。
対峙するのは、もう1匹の伝説を従えた君。
僕の論理を、僕の存在意義を、その瞳だけで否定し続けてきた最大のエラー(例外)。
「……始めようか。これはバトルじゃない。どちらの『世界』が生き残る権利を持つか、宇宙の基本定数を書き換えるための審判だ」
「N! 僕は君を、君の孤独な数式を、今ここで止める!」
「止める? 100万光年の彼方から届く星の光を、手で遮ろうとするようなものだね。……行け! 理想(真実)の雷鳴(火炎)で、この歪んだ現実を焼き払え!」
伝説対伝説。
激突の瞬間、視界が真っ白なノイズに塗りつぶされた。
城壁が剥がれ落ち、重力制御が狂い、周囲の石材が分子レベルで崩壊していく。
特撮映画のミニチュアセットを巨大な鉄球で叩き潰すような、非現実的なまでの破壊描写。
だが、僕の脳内では、そのすべてが美しい数式として処理されていた。
$E=mc^2$。質量がエネルギーへと変換され、この醜い世界の一部が消滅していく。
カタルシス。
0が重なり、すべてが零へと収束していく。
「……はは、あはははは! 見てごらん、君が信じた『絆』も、『友情』も、この絶対的な出力の前ではただの統計的な誤差に過ぎない! 君のポケモンが流す汗も、君の喉が枯れるほどの叫びも、僕の理想を1ミリも動かせないんだよ!」
「……まだだ! まだ、終わってない!」
閃光の向こう側から、君の声が届く。
ありえない。
この出力。この破壊。
伝説のポケモン同士が放つエネルギーの奔流の中で、普通の人間なら精神が破綻し、存在が霧散してもおかしくない。
それなのに、君のパルスは弱まるどころか、より一層の純度を増して僕の脳髄を刺してくる。
(……。……!)
僕のドラゴンの声が聞こえる。
(……なぜ。なぜ、あいつらは、あんなに強い)
(……わたしの、ちからを、おそれていない)
「……なんだって? 恐れていない? 嘘だ、計算が合わない。この状況下で恐怖を感じない個体など、生物学的に存在し得ないはずだ!」
僕は目を凝らし、爆風の渦巻く中心を見た。
そこにいたのは、ボロボロになりながらも、伝説のポケモンの背をしっかりと抱きしめる君の姿だった。
君の瞳。
そこには、僕が城の奥底で、ゲーチスの影の下で、何10年かけても構築できなかった「何か」が宿っていた。
「……。……。……」
それは、共鳴だった。
僕がポケモンと「会話」し、情報を一方的に「受信」するのとは決定的に違う。
君と、君のトモダチ。
お互いの魂が、主従でもなく、協力でもなく、もっと深い場所で、1つの生命として完全に同期(シンクロ)している。
僕が伝説の力を借りて「世界を変えよう」としているのに対し、君はただ「目の前のトモダチと共に在る」ことだけで、世界の法則を塗り替えていた。
「……あ。……ああ……」
僕の手から、見えない力が抜けていく。
伝説のドラゴンの咆哮が、悲鳴ではなく、戸惑いの声に変わる。
僕の脳内で完璧に組み上げられていた数式の檻が、内側からボロボロと崩れ去っていく。
「……負け、か。……いや、負けなんていう二進法の言葉では、この感情は定義できない」
僕は、君の瞳の中に自分自身を見てしまった。
救いを求め、誰かと繋がりたがっていた、幼い頃の僕。
数字だけを信じることで、誰にも触れさせなかった僕の「欠落」。
君はその欠落を、バトルという残酷な対話を通じて、優しく、けれど残酷なほど鮮やかに埋めてしまった。
「……僕の負けだ。……。……理想も、真実も、君の瞳が映し出す『今』という輝きの前では、ただの空虚な概念でしかないんだね」
伝説のポケモンがゆっくりと地に着く。
激しかった破壊の音が止み、代わりに不気味なほどの静寂が玉座の間を包み込んだ。
僕の戦意は、霧散した。
0を積み上げて100を作ろうとした僕の計算は、1という存在そのものを持つ君に、最初から勝てるはずがなかったんだ。
「N……」
「……呼ばないでくれ。……ああ、視界が滲む。光の屈折率が変わったのかな。それとも……」
僕はよろめきながら、壊れた玉座に手を突いた。
世界はリセットされなかった。
けれど、僕の中の何かが、確実に修復不可能(アンリカバラブル)なまでに壊れてしまった。
零サムゲーム。
僕がすべてを奪おうとして始めたこの戦いは、僕のすべてを失わせることで幕を閉じた。
「……サヨナラ……。……。……。……いや、まだ終わらせてはもらえない、ということなのかな」
背後から、不気味な笑い声と、冷徹な足音が近づいてくる。
僕の敗北を「エラー」として処理しようとする、あの巨大な影の音が。