ポケットモンスター 元プラズマ団・Nが、伝説のポケモンと往く「トモダチ」ではない「愛」を探す世界再発見の旅   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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サヨナラ、すべてのトモダチ / GOOD BYE, FRIENDS

「……0。いや、虚数だ。僕が積み上げてきた20数年の歳月は、実数軸の上には存在していなかったんだね」

 

崩壊した玉座の間に、冷徹な靴音が響く。

背後から近づいてくるのは、僕の人生という名の演算を設計したプログラマー。

ゲーチス。

その男が発するパルスは、怒りでも悲しみでもなく、ただ「期待外れの機材」を眺めるような、乾燥しきった無機質な殺意だった。

 

「……計算が違いますね、N。あなたは私の道具として、完璧な王を演じるはずだった。それがどうです、たった1人のイレギュラーに絆(ほだ)され、システムを根底から台無しにするとは」

 

「……ゲーチス。……父、さん」

 

「気安く呼ばないでいただきたい。あなたには人の心がない。数式とポケモンの声だけで構成された、不完全なプログラム……。そう、あなたは人間ですらない。私の目的を達成するために拾い上げられた、ただの『化け物』なのですよ」

 

化け物。

その単語が脳内に書き込まれた瞬間、僕の視界から色彩が消えた。

ああ、なるほど。

僕がなぜ、人混みの中で吐き気を催し、ポケモンの悲鳴だけを異常な解像度で受信していたのか。

それは僕が、ホモ・サピエンスという種の定義から外れたバグだからだ。

ゲーチスという名の冷たい実験室で培養された、歪なサンプル。

 

「……100。99。98……。思考の同期(シンクロ)が切れていく。僕という個体の存在証明(アイデンティティ)が、零へと収束していくのがわかるよ」

 

僕は床に膝をついた。

伝説のドラゴンは、主の喪失を察したのか、悲痛な咆哮を上げている。

けれど、その声さえも今の僕には、遠くの銀河で鳴っている観測不能なノイズのようにしか聞こえない。

 

「……終わりだ。僕というエラーは、ここで消去(デリート)されるのが最も論理的だね」

 

「その通りです。役立たずの部品は廃棄する。それがハルモニアの、ひいては私の正解なのですから」

 

ゲーチスが杖を振り上げる。

その物理的な衝撃が僕を襲う直前――。

 

「……待って! 彼は化け物なんかじゃない!」

 

光を遮るように、あのトレーナーが僕の前に立ちはだかった。

ボロボロの服。汚れを拭う余裕もないはずの顔。

それなのに、君が発する熱量は、ゲーチスの冷気を180度反転させるほどの純度を持っていた。

 

「……どけ、イレギュラー。そこの化け物に、費やすリソースなど残っていない」

 

「化け物なんて言うな! Nは、誰よりもポケモンのことを考えて、誰よりも優しくあろうとした……。迷って、悩んで、戦って……。そんなの、人間以外の誰ができるっていうんだ!」

 

君は振り返り、僕の瞳をまっすぐに見つめた。

「N、聞こえる? 君が何を見てきたか、僕には全部はわからない。でも、僕のトモダチは言ってるよ。君と戦えて良かったって。君の心は、ちゃんとここに届いてるって」

 

「……届いている? 届くはずがない。僕の言語は、君たちのそれとは互換性がないんだ。……。……なのに、なぜ、胸の奥がこんなに熱力学の法則を無視して疼くんだい?」

 

「それは、君が生きているからだよ。……それでも君は、人間なんだ。僕と同じ、この世界を歩いていける、かけがえのない人間なんだよ!」

 

人間。

その定義の不確かな、けれどあまりに暖かい記号。

君の放ったその言葉は、ゲーチスが僕に刷り込んできた20数年の絶望を、たった1秒の演算でオーバーライド(上書き)してしまった。

僕の目から、不純物を含んだ液体が溢れる。

ああ、これが涙という名の物理現象か。

 

「……。……。……」

 

ゲーチスは、狂気と嫌悪の入り混じった表情で僕たちを一瞥し、プラズマ団の残党と共に影の中へと消えていった。

城の崩壊が加速する。

物理的な重量が、僕たちの座標を押し潰そうとしている。

 

「……行かなきゃ。N、一緒に!」

 

「……いいえ。それはできない。1と1を足しても、今の僕ではまだ2にはなれないんだ」

 

僕は伝説のドラゴンの背に飛び乗った。

上昇気流が、僕のボロボロになった帽子をさらっていく。

 

「僕は、旅に出る。君が見せてくれたこの不完全な世界の『真実』を、僕自身の瞳で、もう1度観測し直すために。……数式を捨てて、心という名の、最も不条理な計算機を使いこなせるようになるまで」

 

「N……!」

 

「サヨナラ……。……。……。……ありがとう」

 

僕は空へ逃げるように、あるいは空へ挑むように、城の裂け目から飛び出した。

眼下には、朝焼けに染まるイッシュ地方。

かつて僕がリセットしようとしたその景色は、雑多で、歪で、けれど眩いばかりの調和(ハルモニア)に満ちていた。

 

「……トモダチ。……。……ああ、いい響きだね」

 

僕は伝説のポケモンの翼に身を任せ、雲の彼方へと消えていく。

僕というプログラムの、第1章が終了した。

サヨナラ、すべてのトモダチ。

僕が本当の「人間」の定義を見つけたとき、また、この座標で君と交差しよう。

 

光の中に、僕の孤独な背中が溶けていった。

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