ポケットモンスター 元プラズマ団・Nが、伝説のポケモンと往く「トモダチ」ではない「愛」を探す世界再発見の旅   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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ジャイアントホールの叫び / THE ABYSS

「……マイナス273.15度。絶対零度という名の静止。この場所には、熱力学の法則をあざ笑うような、悪意に満ちた無(ゼロ)が渦巻いているんだね」

 

ジャイアントホールの最深部。僕の目の前には、2年前、僕に「王」という仮面を被せ、そして「化け物」と呼び捨てて捨て去った男――ゲーチスが立っていた。

その影は以前よりも歪み、その瞳には理性という名の変数は1%も残っていない。ただ、世界を自分の色……いや、色さえもない「虚無」で塗りつぶそうとする、純粋な破壊衝動だけがそこにあった。

 

「……クク、ク。来ましたか、N。私の最高傑作であり、最大の失敗作。わざわざ相棒を連れて、私の新しい『計算式』の生贄になりに来るとは」

 

ゲーチスの声が、氷の壁に反響して不快なノイズを生成する。

僕は、隣に立つ新しいトレーナーを見た。2年前の「彼(彼女)」とは違う波形(パルス)を持つ、けれど同じくらい強く、不確定な未来を信じている瞳。

 

「……ゲーチス。僕はもう、あなたの操り人形じゃない。このイッシュを凍らせ、ポケモンたちの鼓動を止める権利なんて、誰にもないんだ。たとえあなたが僕の『父』を自称する演算子だったとしてもね」

 

「権利? クハハ! 権利などという法的定数に何の意味がある! 私はキュレムという究極の『器』を手に入れた。この器を埋めるために、お前の連れているそのドラゴンを……理想(あるいは真実)という名のエネルギーを回収させてもらうだけだ!」

 

「させないよ! N、一緒に戦おう!」

 

隣のトレーナーが叫ぶ。その声は、この凍てついた奈落(アビス)において、唯一の熱源だった。

僕は驚きに目を見開く。

共闘。他者と同じ座標に立ち、同じ目的関数(ゴール)を目指して演算を行う。

かつての僕には、決して許されなかった選択肢だ。僕は常に、1人で答えを出さなければならない「孤独な解」だったから。

 

「……。……。……ありがとう。君のパルス、いま僕の心臓と同期(リンク)したよ。……行こう、相棒! 1たす1が2を超えることを、この不条理な闇に証明するんだ!」

 

ドラゴンの咆哮が、氷のドームを揺らした。

だが、その瞬間。

ゲーチスの手元にある歪な杖が、禍々しい信号(シグナル)を放つ。

 

「無駄ですよ。キュレム! 起動(アクティベート)!」

 

ジャイアントホールの底から、空虚を象徴する伝説のポケモン――キュレムが、地獄の底を這いずるような音を立てて現れた。

その個体が発する波形を読み取った瞬間、僕の脳内回路に強烈なエラーメッセージが走る。

(……。……たすけて。……、……くらい、さむい……)

キュレムの声。それは、失われた半身を求め、永遠に満たされることのない絶望が反復(ループ)する、終わりのない悲鳴だった。

 

「キュレムが……泣いている? いや、これは『欠損』の叫びだ。ゲーチス、あなたはこの子をただの電池(バッテリー)としてしか見ていないのか!」

 

「当然でしょう。ポケモンは人間を補完するための道具。道具が泣こうが喚こうが、機能さえ果たせば問題ない。さあ、いでよ! 相補的融合(コンプリメンタリー・フュージョン)!」

 

キュレムの体から、光を吸収する漆黒のツメが伸び、僕の相棒を捕らえようとする。

そのとき、僕は生まれて初めて「恐怖」という名の感情を、他者と完全に共有した。

隣に立つトレーナーの震え。僕の胸の疼き。

それは、大切な存在を奪われることへの、生物としての根源的な拒絶反応。

 

「……(……!! ……!!!)」

 

相棒が、キュレムの引力に抗おうと翼を羽ばたかせる。

けれど、ゲーチスの科学の力によって増幅されたキュレムの「空虚」は、ブラックホールのように周囲のエネルギーを飲み込んでいく。

 

「やめろ……! やめてくれ! その子は、僕の……僕の大切なトモダチなんだ!」

 

僕は叫んでいた。

計算も、論理も、哲学もかなぐり捨てて。

ただ、目の前で引き裂かれようとしている命のために、喉が壊れるほどのパルスを放射していた。

 

「N! しっかりして! まだ諦めちゃダメだ!」

 

トレーナーの手が、僕の肩を強く叩く。

その接触(インターフェース)を通じて、僕の中に新しいデータが流れ込んできた。

恐怖は、半分にすれば勇気になる。

孤独な計算では導き出せなかった「生存」への意志。

 

「……。……ああ、そうだね。僕はもう、1人で泣く化け物じゃない。……ゲーチス! あなたの計算には、決定的な変数が欠けている。それは、僕たちが今ここで感じている、この『痛み』の共有だ!」

 

僕は一歩、前に踏み出した。

氷柱が降り注ぎ、地面が割れる。

ジャイアントホールの叫びは、僕たちの意志を飲み込もうとさらに激しさを増していく。

 

「100。200。500……。僕の心拍数が限界を超えても構わない。この不協和音を止めるためなら、僕は何度でも、この奈落に立ち向かってやる!」

 

暗黒の光が、僕の相棒を包み込もうとしたその瞬間。

僕は、トレーナーと共に、絶望の深淵へと手を伸ばした。

それが、崩壊の始まりなのか、それとも再生への初手(ファーストステップ)なのかも分からぬまま。

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