ポケットモンスター 元プラズマ団・Nが、伝説のポケモンと往く「トモダチ」ではない「愛」を探す世界再発見の旅 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……。……!! やめてくれ。その計算式は、……その論理(ロジック)だけは、絶対に成立させてはいけないんだ!」
僕の視神経は、いま、最悪の光景を網膜に焼き付けていた。
ジャイアントホールの底、光すらも凍結させる絶対零度の檻。
漆黒の引力が、僕の隣にいた大切なトモダチを飲み込んでいく。
「(……。……、……!!)」
相棒の悲鳴。
それは僕の脳内で、物理的な激痛となってスパークした。
伝説のドラゴンが、キュレムという名の「空虚(イド)」に吸い込まれ、その存在確率が急速に減衰していく。
質量とエネルギーの保存法則を無視した、魂の略奪。
「……あはは! 見なさい、N! これが真のハルモニアだ。真実も理想も、この圧倒的な欠落の前に屈服し、私の手足となって再構成されるのだ!」
ゲーチスの狂った高笑いが、ノイズとなって鼓膜を叩く。
視界が歪む。
1と1を足して、2になるのではない。
1を0の中に放り込み、負の無限大へと反転させる。
キュレムの体が、僕のドラゴンのパーツを強制的に結合(コンパイル)し、禍々しい姿へと変貌していく。
ホワイトキュレム(あるいはブラックキュレム)。
それは調和(ハルモニア)などではない。
生命の尊厳を蹂躙し、無理やり1つに縫い合わせた、剥製(エゴ)の塊だ。
「……う、……ああああああああ!!」
僕は頭を抱えて叫んだ。
僕の意識に流れ込んでくるのは、もはや言葉ですらない。
純粋な「痛み」。
相棒が、自分という個体を喪失し、他者の冷たい器の中に溶けていく恐怖。
そのパルスが、僕の神経系をダイレクトに焼き切ろうとしている。
「N! しっかりして! 諦めちゃダメだ!」
隣に立つトレーナーの叫び。
けれど、僕の視界は既に砂嵐(スノーノイズ)で埋め尽くされていた。
0と1が激しく点滅し、僕のアイデンティティが崩壊していく。
かつての僕は、これと同じことをしようとしていたのか?
「解放」という美名の下に、彼らの個性を消し去り、僕の理想という器に押し込めようとしていたのか?
(……。……たすけて。……、……くらい……)
キュレムの深淵から聞こえる、相棒の微かな声。
その瞬間、僕の中で何かが「完成」した。
「……。……。……わかったよ。僕は、ようやく理解した」
僕はふらつきながら、一歩前へ出た。
視界を覆っていたノイズが、怒りという名の超高純度エネルギーによって、一気に払拭される。
「ゲーチス。……あなたは、最強の個体を作ったつもりだろう。けれど、それは大きな計算ミスだ。……生命を奪い、融合させたその瞬間、君の支配下にあるそれは『生命』ではなく、ただの『死骸』に成り下がったんだよ」
「……何を、ぶつぶつと。敗北のショックで回路がショートしましたか?」
「ショートしたのは、僕の『迷い』だ。……見ていてくれ、新しい『君』。そして……待っていてくれ、トモダチ。僕は、失うことの痛みを知った。奪われることの絶望を、この細胞一つ一つに刻んだ」
僕はトレーナーの瞳を見た。
そこにあるのは、同情ではない。
共に地獄の底を歩き、この不条理をぶち壊そうとする、戦友としての「信頼」だ。
「……行こう。キュレムの中に囚われた僕の半身を、……そして、歪められたこの世界の理(ことわり)を、僕たちの共鳴で解凍するんだ!」
僕の心拍数が、かつてないリズムを刻む。
それは1人では決して奏でられなかった、他者との重奏(アンサンブル)。
奪われた痛みをエネルギーに変換し、僕というエゴと、他者のイドが、初めて正しい形で融合(リンク)していく。
「100。1000。10000……! 出力、無限大! 君のキュレムが発する『冷気』を、僕たちの『熱(パトス)』でオーバーライドしてやる!」
目の前の化け物が咆哮を上げる。
けれど、もう怖くない。
僕は、初めて「完成」した。
失うことを恐れず、傷つくことを拒まず、誰かと共に在ることを選んだ、一人の「人間」として。
「……さあ、最終演算を始めよう。ゲーチス、あなたの冷酷な数式を、僕たちが今ここで、0へと叩き落としてあげるよ」
氷の壁が砕け散り、戦場に僕たちの魂の火花が散った。