ポケットモンスター 元プラズマ団・Nが、伝説のポケモンと往く「トモダチ」ではない「愛」を探す世界再発見の旅   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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廃墟の王座 / RUINED THRONE

「……。……。……。……0.0001パーセント以下の確率、いや、もはや量子力学的なゆらぎに等しい再会だね。まさか、この場所で君とまた、こうして視線を交差させることになるとは」

 

僕は、崩落した「Nの城」の最深部、かつての僕の王座があった場所に立っていた。

ここは既に機能停止(シャットダウン)した世界の残骸だ。2年という物理時間は、強固な鉄骨を錆びつかせ、幾何学模様のタイルをバラバラに砕いた。天井の亀裂からは、まるでタイムマシンの故障のように、春の陽光と冬の粉雪が同時に降り注いでいる。局所的な時空の歪み、あるいは僕の脳内が見せているバグ(幻覚)だろうか。

 

「……久しぶり、N」

 

階段の下、瓦礫の山を乗り越えてやってきた君――新しいイッシュの英雄が、僕に呼びかける。

君の表情は、かつての「彼(彼女)」とはまた違うベクトル(方向性)を持っている。けれど、その瞳の奥にある不純物のない光は、共通の基本定数のように僕の網膜を刺した。

 

「……驚いたよ。ジャイアントホールでの大演算(バトル)を終えた後、君が真っ先に向かった先が、この『廃墟の王座』だったなんて。君の行動原理は、僕の計算モデルではいまだに予測不能(エラー)のままだ」

 

「別に、難しい計算をしたわけじゃないよ。ただ、君と本気で向き合うなら、ここが一番ふさわしい場所だと思っただけさ」

 

君は真っ直ぐに僕を見上げ、腰のモンスターボールに手をかけた。

その仕草だけで、周囲の空気が10000ボルトの電圧を帯びたように震える。

 

「……。……。……はは、あはははは! いいね。最高に非効率で、最高に情熱的(パトス)だ。……。……聞いてくれ。この2年間、僕は世界を観測し続けてきた。ポケモンとだけ話し、人間の営みを関数の外側から眺めてきたんだ。そこで僕が導き出した最新の解(アンサー)が何だか、君にはわかるかい?」

 

僕は一歩、壇上を降りた。

かつてゲーチスに与えられた王冠の代わり、いま僕の頭にあるのは、砂埃に汚れた安物のキャップ。けれど、その下にある脳細胞は、かつてのどの瞬間よりも高速で回転している。

 

「世界は、数式だけでは記述できない。……けれど、数式をぶつけ合うことでしか見えてこない『真実』や『理想』もある。僕は、君という未知の数式を知りたい。君がポケモンたちと共に歩んできた軌跡、その集大成としてのバトルを見せてほしいんだ。それが、王座を捨てた僕なりの……親愛の情(グリーティング)だよ」

 

「……わかった。見せてあげるよ。僕たちが、このイッシュで積み上げてきたすべてを!」

 

君がボールを投げた。

光の粒子が爆発し、僕の目の前に、君の魂のパートナーが現れる。

それと同時に、僕の背後では伝説のドラゴンが、凍てついた空気さえも焼き尽くす咆哮を上げた。

1と1のぶつかり合い。

けれど、それは2年前の絶望に満ちた衝突とは決定的に違う。

 

「……(……。……、……!)」

 

伝説のドラゴンの声が、僕の脳髄を直接叩く。

(……たのしい。……この、ひかり。……おもしろい!)

声? いや、これはもっと原始的な「喜び」の信号(パルス)だ。僕の相棒も、この無機質な廃墟の中で、君という強烈な光に当てられて歓喜している。

 

「出力120パーセント。臨界点突破。さあ、始めようか! 君のポケモンの鼓動を、僕の計算機が焼き切れるほどの解像度で感じさせてくれ!」

 

「行けっ! 10万ボルト!」

 

閃光。

網膜に焼き付く白熱の線。

僕は叫び、笑い、そして祈るように指示を出す。

廃墟と化した王座の間。もはや誰を支配する必要もない場所で、僕たちはただ純粋に、お互いの存在を証明するためだけにエネルギーを浪費(パッション)する。

攻撃が交差するたび、砕けた石材が宙を舞い、異常な速さで流れる季節が、桜の花びらと雪の結晶を交互に僕たちの頬へ叩きつけた。

 

「……。……。……あ、ああ……これだ。これなんだよ!」

 

バトルの最中、僕は視界の端で、君とポケモンが完全に同期(シンクロ)している瞬間を捉えた。

指示が出る0.1秒前、既にポケモンが動いている。言葉以前の共鳴。

数式で説明すれば、それは無限に1へと近づく極限(リミット)。

けれど、実際の光景は、どんな数学的表現よりも遥かに美しく、暴力的なまでに正しかった。

 

「……君たちの数式、100点満点を超えて測定不能(オーバーフロー)だ! ……。……僕の負けだよ。これ以上の演算は、蛇足でしかない」

 

僕は静かに、相棒を戻した。

激しいエネルギーのぶつかり合いが止み、再び静寂が戻ってくる。

けれど、その静寂は、さっきまでの死んだような無(ゼロ)ではなかった。バトルの余熱が、廃墟の空気を確実に温めていた。

 

「……ありがとう。君のおかげで、僕はこの王座の残骸を、ようやく本当の意味で『過去の記号』にすることができた気がする」

 

僕は、かつて座っていた石の椅子の横を通り過ぎ、君の隣に立った。

君は少し息を切らしながらも、満足そうに微笑んでいる。

 

「N。君も、いい数式だったよ」

 

「……皮肉かい? 僕はもう、計算だけで生きていくつもりはないんだけどね」

 

僕は空を見上げた。

天井の穴から見える空は、いつの間にか、吸い込まれるような深い夕焼けに染まっていた。

 

「……さて。バトルの後のクールダウンには、少し感傷的な作業が必要だね。……君に、託したいトモダチがいるんだ。僕という過去を、未来へと連れて行ってくれる……特別な子をね」

 

僕はポケットの中で、1つのボールを握りしめた。

それは、かつての僕の写し鏡。

迷い、化け物と呼ばれ、それでも誰かに見つけてほしかった……あの日の僕の瞳をした、小さなトモダチだ。

 

「……。……。……」

 

廃墟の王座。

そこはもう、孤独な王が引きこもる檻ではない。

新しい物語を書き込むための、真っ白なスタート地点(オリジン)に変わっていた。

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