ポケットモンスター 元プラズマ団・Nが、伝説のポケモンと往く「トモダチ」ではない「愛」を探す世界再発見の旅   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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アクロマのパラドックス / SCIENTIFIC HEART

「……。……。……驚いたな。この22世紀を先取りしたような無機質なラボラトリーに、まだこれほどまでの情熱(パトス)が残留しているなんて。君の計算機(コンピュータ)は、いつから心拍数まで演算に組み込むようになったんだい?」

 

僕は、プラズマ団の残光が消えゆくフリゲート艦のブリッジで、1人の男と対峙していた。

アクロマ。

かつてゲーチスが僕の代わりに「組織」の制御を託した科学者であり、純粋な論理(ロジック)の信奉者。

彼の白衣は塵ひとつなく、そのレンズの奥にある瞳は、ポケモンの能力を100パーセント引き出すという一点のみを追い求める、狂気的なまでに澄んだ数学的帰結(アンサー)に満ちている。

 

「おや、N様。……いえ、いまはもうそう呼ぶ必要はありませんね。あなたの脳内にある『理想』や『真実』という名の主観的な変数は、私の導き出した『科学的証明』という定数の前では、あまりに不安定なノイズでしかないのですよ」

 

アクロマは優雅にキーボードを叩く。モニターには、ポケモンの神経伝達物質や筋収縮のグラフが、秒間1000回以上の更新速度で踊っていた。

 

「私は知りたい。ポケモンの真の力は何によって引き出されるのか。機械的な命令(コマンド)か、それともあなたが盲信する『絆』という名の不確かな共鳴(シンクロ)か。……さあ、私に見せてください。あなたの主観が、私の客観を上回る瞬間を」

 

「……。……。……いいよ。科学者アクロマ。君の問いに対する解(ソリューション)は、言葉による定義(デフィニション)ではなく、この空気の震えそのもので記述してあげよう」

 

僕は相棒のモンスターボールを握りしめた。

アクロマの背後から現れたのは、計算しつくされたフォーメーションを保つ鋼のポケモンたち。

彼らの動きには1ミリの無駄もない。最短経路(ダイクストラ)で僕たちを追い詰め、最も効率的な属性相性(相関関係)でダメージを最大化させてくる。

 

「(……。……、……!!)」

 

相棒の声が聞こえる。

(……つめたい。……このひとたちの、おと、……きこえない)

そう、アクロマのポケモンたちが発するパルスは、極限まで圧縮された情報の塊だった。そこには迷いも、恐怖も、そして喜びさえも介在しない。ただ「最適解」へと向かうだけの、冷徹なベクトル。

 

「……アクロマ。君の数式は美しいよ。無駄を削ぎ落とし、純化されたロジック。けれど、それはパラドックス(逆説)だ。……生命を極限まで効率化しようとすればするほど、その中心にある『核(コア)』……計算できない魂のゆらぎは、君の観測装置からこぼれ落ちていくんだ」

 

「魂のゆらぎ……? それは単なる統計的な誤差(エラー)に過ぎません」

 

「違うよ。その誤差こそが、1たす1を100に変える、生命最大の特異点(シンギュラリティ)なんだ!」

 

僕は叫んだ。

相棒の翼が青白い電光を帯びる。

アクロマの計算によれば、ここで僕が放つべきは防御の指示だったはずだ。だが、僕はあえて、確率論的に「ありえない」突撃を命じた。

 

「……なっ!? 回避率の計算が……合わない! なぜそこで加速できるのですか!?」

 

アクロマの冷静な声に、初めて0.1パーセントの動揺が混じる。

鋼の陣形が、僕たちの「不条理な一撃」によって、物理法則を無視した形で瓦解していく。

 

「……(……!! ……!!!)」

 

(……いま! ……Nの、こころと、……まざった!)

相棒の鼓動が、僕の視神経と同期する。

計算できない。予測できない。

ただ、いまこの瞬間に「トモダチ」のために限界を超えたいと願うパトス。

それが、アクロマの緻密なシステムに、致命的なバグ(奇跡)を注入した。

 

「……。……。……。……ふむ。完敗ですね」

 

爆煙が晴れたとき、アクロマは呆然と、自身の壊れたタブレットを見つめていた。

モニターには「ERROR: OVERFLOW」の文字が空しく点滅している。

 

「科学的に考えれば、私の負ける確率は0.003パーセント以下でした。……けれど、あなたのポケモンの瞳を見た瞬間、その数値は意味をなさなくなった。……計算できないもの。それこそが『心』という名のブラックボックスなのだと、認めざるを得ませんね」

 

「……アクロマ。君の科学を否定はしないよ。けれど、覚えておいて。……計算できないものにこそ、魂は宿る。そして、その魂こそが、この不完全な世界を『美しい』と思わせる唯一の演算子(オペレーター)なんだ」

 

僕は、ブリッジを去ろうとした。

アクロマは、少しだけ自嘲気味に笑い、眼鏡の位置を直した。

 

「……科学者として、非常に不本意な結論ですが。……悪くありませんね。予測できない未来というのも」

 

僕は、沈みゆくフリゲート艦の甲板から、広く、雑多で、混沌としたイッシュの空を見上げた。

そこには、どんなスーパーコンピュータでも描ききれない、グラデーションの奇跡が広がっていた。

 

「……さあ、行こう。相棒。世界は、僕たちの知らない数式で溢れているんだ。それを一つずつ、肌で感じていこう」

 

ロジックを超えた先にある、パトスの導き。

僕は、いま、初めて科学(サイエンス)と心(ハート)が融和する、透明なハルモニアの中にいた。

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