ポケットモンスター 元プラズマ団・Nが、伝説のポケモンと往く「トモダチ」ではない「愛」を探す世界再発見の旅   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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観覧車、不在の友 / VACANT SEAT

「……。……。……。15分。地球の自転速度に対し、この巨大な円環(ホイール)が1周を描くために要する物理時間。かつて、僕の心拍数が180を超え、世界の全ての数式が反転してしまった、あの密室へと再び足を踏み入れることになるなんてね」

 

ライモンシティ。不夜城のごとき輝きを放つ遊園地の中心で、僕は見上げていた。

夜の帳を切り裂く極彩色のネオン。喧騒。楽しげな笑い声のデシベル値。

それら全ての座標軸が交差する点に、その「機械の円」は鎮座している。

僕は1人で、ゴンドラの列に並んでいた。

 

「……。……。……。お一人様ですか?」

 

係員の女性が、マニュアル通りの笑顔で問いかける。

「……ええ。1人と、……いいえ、1人です」

言いかけて止めた。僕の隣には、いまは誰もいない。

2年前。

僕が「プラズマ団の王」であることを告げ、君という不確定な変数に敗北を予感したあの夜。

あの時、僕たちの間に流れていたのは、静電気のような緊張と、名前の付かない期待のパルスだった。

 

「(……。……、……?)」

 

ポケットの中のボールから、微かな振動が伝わる。相棒もまた、この場所の記憶をデータバンクから呼び起こしているらしい。

(……さびしい? ……N、かなしいの?)

「……。……。……。まさか。僕はただ、観測データの再確認に来ただけだよ」

脳内へ直接届く問いかけに、僕は誰にも聞こえない声で答えた。

 

ガタ、という軽い衝撃。

ゴンドラが地上を離れ、垂直方向のベクトルへと加速を開始する。

閉ざされた密室。

正面の席。

そこには、いま、誰も座っていない。

不在の証明。真空の座席。

窓の外、ライモンの街並みがミニチュアのように遠ざかっていく。

 

「……。……。……。ふ、あははは! おかしいな。計算が合わない。……空気を構成する分子の密度も、シートの反発係数も2年前と同じはずなのに、この空間の質量が半分以下に感じられるなんて」

 

僕は自嘲気味に笑い、窓ガラスに額を押し付けた。

冷たい感触。

かつての僕は、この場所で君に「世界を変える」と言い切った。

君のポケモンの声を聞き、その完璧なハルモニアにエラーを起こしながらも、僕は僕のエゴを貫こうとした。

……君は、いま、どこで何を見ているんだろう。

カノコタウンの潮風を浴びているのか。それとも、僕の知らない遠い地方(リージョン)の空を、相棒と共に飛んでいるのか。

 

「……君がいないこの席を、僕は『空虚(ゼロ)』だと思っていた」

 

僕は、誰もいない対面の席に手を伸ばした。

指先が触れるのは、無機質な合成皮革の質感だけ。

けれど。

目を閉じれば、網膜の残像(アフターイメージ)が鮮やかに蘇る。

僕の言葉を真っ向から否定し、僕という化け物の中に「人間」を見つけ出そうとした、あの真っ直ぐな瞳。

 

「……違うね。……。……。……。ゼロじゃない。ここは、記憶という名の高エネルギー体で満たされている。君がいま、この世界のどこかで笑っているという確信。……それが、僕の計算機に1つの解を導き出させた」

 

ゴンドラが頂点(ピーク)に達する。

高度計が示す、この円環の最高到達地点。

視界が開け、イッシュの地平線が漆黒の闇の中に光の帯として浮かび上がる。

ジャイアントホールで冷気に閉ざされた大地も、廃墟となった僕の城も、いまは全て、再生を待つ鼓動のように明滅している。

 

「……。……。……。……救い、か」

 

僕は小さく呟いた。

かつての僕は「解放」こそが救済だと定義した。

けれど、いま僕の胸を温めているのは、拘束でも解放でもない。

「記憶の共有」という名の、消えることのない電磁記録(アーカイブ)。

 

「君が笑っている。ポケモンが笑っている。……たとえ僕の隣に君がいなくても、君という変数が存在し続けているという事実そのものが、僕の人生の数式を肯定してくれているんだ」

 

不在の友。

その空白は、欠落ではない。

いつかまた、新しい数式を携えて出会うための、神聖な「予約席(リザーブド)」なんだ。

 

「……。……。……。またね。……。……。……。いや、また会おう。僕の最初の、そして唯一の、対等なイレギュラー」

 

ゴンドラが下降を始める。

重力に従い、再び地上の喧騒へと戻っていく。

けれど、扉が開いたとき、僕の足取りは2年前よりもずっと軽くなっていた。

 

「(……N、わらってる! ……よかった。……N、いいパルス!)」

 

相棒の声が、祝福のように脳内に響く。

「……そうかな。自分ではよく分からないけれど」

僕は帽子のつばを下げ、夜のライモンシティへと歩き出した。

 

不在の席には、冷たい風ではなく、確かな「救い」の余熱が残っていた。

僕は確信している。

この円環が回り続けるように、僕たちの運命のベクトルもまた、いつか必ず交差する瞬間が来ることを。

それまでの空白期間(インターバル)さえ、いまの僕には、愛おしい計算過程にしか見えなかった。

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