ポケットモンスター 元プラズマ団・Nが、伝説のポケモンと往く「トモダチ」ではない「愛」を探す世界再発見の旅 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……3つの志、3つの属性、3つの演算。ああ、不愉快だ。左右対称(シンメトリー)を装いながら、その実態は相互監視に近い。違うかい?」
僕はサンヨウシティの街角、洗練されたカフェを併設するジムの前に立っていた。
ここにはデント、ポッド、コーンという3つ子のジムリーダーがいる。彼らはそれぞれ「くさ」「ほのお」「みず」という基本の3すくみを体現し、挑戦者を迎え撃つ。
合理的だ。あまりに合理的すぎて、逆に反吐が出る。
「君。また会ったね」
背後から聞こえてきたのは、僕の計算式をかき乱すあのイレギュラーなトレーナーの声だった。
振り向くと、そこには相変わらず「トモダチ」と奇妙な共鳴を見せるあの個体(主人公)が立っている。
「……ちょうどいい。君に聞きたいことがあったんだ」
僕は歩み寄りながら、視線をジムの内部へと向けた。
そこからは、給仕をするジムリーダーたちの軽快な声と、それを楽しむ客たちの笑い声、そして……彼らに付き従うポケモンたちの「声」が漏れ聞こえてくる。
「見てごらん。あのジムリーダーたちを。彼らは自らを『ソムリエ』と自称し、ポケモンと人間の相性を診断している。だが僕には、それがただの『格付け』にしか聞こえない。ポケモンの個性を死滅させ、人間に都合のいい味付けをしているだけだ」
「そんなことないと思うけど。みんな楽しそうだよ?」
「『楽しそう』? 君はそればかりだね。0か1かで割り切れない曖昧な言葉で、本質から目を逸らしている。いいかい、あそこにいるヤナップ、バオップ、ヒヤップたちの声を聞いてみろ」
僕は耳を澄ませる。
(……。……。……)
彼らの声には、明確な意思が欠落している。
人間に最適化され、ボールという束縛(拘束)を受け入れ、その枠組みの中で「最善」を尽くすことを強要された生命の、平坦な波形。
「彼らは喜んでいる。……そう、あろうことか『喜んでいる』んだ。支配されることを。ボールに閉じ込められ、命令されることを、自らのアイデンティティだと誤認している。これは悲劇だと思わないかい? 魂の奴隷化だよ。これこそが僕の最も忌み嫌う不協和音だ」
僕は自分の胸元に手を当てる。心拍数が上がっている。
感情の起伏ではない。これは純粋な嫌悪からくる、生理的な拒絶反応だ。
「なぜ彼らは束縛(ボール)を喜ぶのか。なぜ君たちは、それを愛だと呼べるのか。僕には理解できない。100万回計算しても、導き出される答えは『隷属』だ」
「それは……一緒にいる時間が、2人を強くするからだよ」
「強く? 残酷な言葉だね。強さという名目で、君たちはポケモンの野生を、可能性を、その生命の輝きを固定化している。君たちが振るうそれは、絆なんていう美しい名前の暴力だ」
僕はカバンからモンスターボールを取り出した。
皮肉だ。僕がこの球体を握るたび、僕自身の論理(ロジック)が僕を刺す。
だが、毒を以て毒を制す。
不完全な数式を上書きするには、より強固な数式を叩きつけるしかない。
「君の論理が、僕の哲学を凌駕できるというのなら、ここで示してほしい。君のポケモンが、その束縛の中でどれほどの熱量(出力)を出すのか」
戦闘が開始される。
街の騒音、カフェの食器が触れ合う音、すべてが遠のき、僕の視界には数式のグリッドが展開される。
(……。……!)
相手のポケモンから発せられる熱が、僕のトモダチを圧倒していく。
不協和音。
そう、これは不協和音だ。
僕の予測(アルゴリズム)では、この状況下での最適解は僕の勝利であるはずなのに、現実(リアル)はそれを受け入れない。
「……なぜだ。なぜ君のポケモンは、そこまでして君に従う? 君が投げたボールという檻を、なぜ重荷だと思わない?」
「檻じゃないよ。これは……約束の証なんだ」
「約束……。形のない、証明不可能な概念。それを信じろと言うのかい?」
戦いが終わる。
僕のトモダチは、傷つきながらも……不思議と満足そうな顔で僕を見上げていた。
(……。……)
「ありがとう。楽しかったよ」
そんな声が、僕の脳内にノイズのように入り込む。
「……トモダチまで、僕を裏切るのか」
僕は吐き捨てるように言い、ボールを収めた。
サンヨウシティの3つ子のリーダーたちが、遠くでこちらを見ている。
彼らの完璧な連携も、このトレーナーが見せた「不確定な調和」の前では、色褪せた既存のテンプレートに過ぎない。
「……君との会話は、いつも僕にエラーを吐かせる。3人組のジムリーダーたちが奏でる予定調和な音楽よりも、君の出す不協和音の方が、僕の耳を刺激する」
僕は背を向け、影の濃い路地へと歩き出す。
太陽の光が、3つに分かれた噴水の水をキラキラと反射させていた。
「でも忘れないで。不協和音が解決(解決)に向かうには、すべての音が一度消えなければならない。リセットが必要なんだ」
1つの音が消え、また1つの音が重なる。
僕の世界からノイズが消えるその日まで、僕はこの孤独な演算を止めるつもりはない。
「サヨナラ。……次に会うときは、もう少しマシな数式を用意しておくよ」
僕は路地の闇に溶け込みながら、再び数字を数え始めた。
2、3、5、7、11……。
孤独な素数だけが、僕の唯一の味方だった。