ポケットモンスター 元プラズマ団・Nが、伝説のポケモンと往く「トモダチ」ではない「愛」を探す世界再発見の旅   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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観覧車、二人の特異点 / SINGULARITY

「……円周率を、この回転速度で割る。3.1415……。ああ、この加速する円運動は、閉鎖された空間の中で永遠を擬似的にシミュレートしているようだね」

 

ライモンシティ。ネオンの洪水と電子音のノイズが溢れる、イッシュで最も高エネルギーなこの街の片隅に、その巨大な円形機械は鎮座していた。観覧車。垂直方向に回転し続けるだけの、論理的には無意味な移動装置。

 

「……乗らないのかい? 0度から360度まで、視点を垂直に変化させることで、人間は一時的に『俯瞰』という全能感を手に入れることができる。計算外の風景が見えるかもしれないよ」

 

僕は、遊園地の入り口で立ち止まっていたあのトレーナーを促した。

君は戸惑いながらも、僕の隣に並んだ。

ゴンドラがゆっくりと僕たちを迎え入れる。扉が閉まる。

カチリ、という機械的なロック音。

それは僕たちを世界から切り離し、半径数メートルの密室へと閉じ込める、物理的な境界線の音だ。

 

「……静かだね。地上のノイズが、反比例のグラフを描くように遠ざかっていく」

 

僕は窓の外を見つめた。

上昇するにつれ、ライモンの華やかな照明がただの光る点(ドット)へと収束していく。

隣に座る君の体温。

狭い空間を満たす、微かな呼吸の音。

(……。……!)

君のポケモンたちの鼓動が、薄い壁を透かして僕の脳内に同期(リンク)してくる。

それは、恐怖でも怒りでもない。

ただ、君という存在を信頼しきっている、あまりに純粋で、あまりに演算不可能なパルスだ。

 

「……ねえ。君に打ち明けなければならないことがあるんだ」

 

僕は窓に映る自分の顔を見つめた。

緑色の髪。感情を欠いた瞳。

僕という個体は、この世界を「解放」するために、ゲーチスというプログラマーによって最適化されたハードウェアだ。

 

「……僕は、プラズマ団の王だ」

 

君の息が止まるのがわかった。

驚愕、疑問、あるいは拒絶。

君の脳内で火花を散らすであろう感情の変数は、僕の計算通りだ。

だが、その後に続くはずの「軽蔑」という出力が、なぜか君からは感じられない。

 

「世界はあまりに歪んでいる。人間はポケモンを愛していると言いながら、その実、所有し、支配し、自らのエゴを埋めるための道具として消費している。……0か1か。白か黒か。その境界を明確に引き直すことだけが、僕に与えられた唯一の数式なんだ」

 

「……N。君は本当に、それが正しいと思っているの?」

 

「正しいか正しくないか、なんていう道徳的な主観に意味はない。あるのは結果(アウトプット)だけだ。僕は伝説のドラゴンを呼び覚まし、今の社会システムという名の『バグ』をすべてデバッグする」

 

ゴンドラが頂点に達した。

180度。

世界が反転を始める特異点。

眼下には、人間たちの欲望が作り上げた光の海が広がっている。

けれど、僕の目には、その光の一つ一つが、ポケモンたちの自由を縛り付ける鎖の輝きに見えた。

 

「……僕は、君を超える数式を見つけたいんだ」

 

僕は初めて、窓の外から視線を外し、君の瞳を正面から捉えた。

「君の戦い方、君のポケモンとの共鳴……。それは、僕がこれまで積み上げてきたすべての論理を否定する、巨大な例外処理(エクセプション)だ。なぜ君といるポケモンは、檻の中にいるのにあんなに暖かな色をした音を出すんだ? なぜ君は、支配という関係性の中に『幸福』という不純物を見出せるんだ?」

 

「それは……きっと、僕たちがバラバラじゃないからだよ。支配してるんじゃなくて、お互いに足りないところを埋め合ってるんだ。それは数式じゃ説明できないかもしれないけど」

 

「……説明できないものに、価値はない。……いや、価値がないと断じたいのに、僕の回路がそれを拒否している」

 

僕は自嘲気味に笑った。

頂点を過ぎたゴンドラは、重力に従ってゆっくりと下降を始める。

密室の魔法が解けていくカウントダウン。

 

「……僕は、君という特異点を解析し尽くす。君の持つ『不確定な調和』が、僕の『理想』を上回る真実(リアル)なのかどうか。伝説の神殿で、僕が王座に就くその瞬間まで、君には僕のライバル(変数)であり続けてほしい」

 

ゴンドラが地上に戻り、扉が開いた。

再び押し寄せてくる、ライモンの喧騒と熱気。

僕は先に降り、振り返らずに歩き出した。

 

「……サヨナラは言わないよ。座標は既に決まっているんだ。次に会うときは、僕の計算が世界を塗り替えるときだ」

 

僕はプラズマ団の影へと戻っていく。

機械音の反響。

観覧車は、何もなかったかのように次の1周を回り始めていた。

僕の胸の中で、初めて「割り切れない余り」が、熱を持って疼き続けていた。

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