ポケットモンスター 元プラズマ団・Nが、伝説のポケモンと往く「トモダチ」ではない「愛」を探す世界再発見の旅 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……0。1。そして、無限。ああ、この場所には数式の限界を超えた『意志』が、地層のように積み重なっているんだね」
セッカシティの北、霧の中にそびえ立つリュウラセンの塔。イッシュ地方で最も古いとされるこの構造物の最上階で、僕は冷たい風を浴びていた。
石造りの床には、何1000年もの時間が刻んだ幾何学的な紋様。
螺旋を描く階段を登るごとに、空気の密度が、重力の定数が、書き換えられていくような感覚。
「……お待たせ。ようやく、この座標で君と再会できたね」
背後で崩れた石柱を跳ね除け、あのトレーナーが息を切らして現れた。
視線の交差。
0.1秒の沈黙の後、塔の頂を満たす「静寂」が、暴力的なまでの「咆哮」に塗り替えられた。
「……!!」
天を裂くような雷鳴。あるいは、空間そのものが燃え上がるような熱波。
僕の目の前で、石の塊から「それ」が目覚める。
黒き英雄の理想、あるいは白き英雄の真実。
伝説のドラゴンが、数1000年の眠りを経て、僕という「演算子」に呼応したんだ。
「見てごらん。これが神の数式、世界を再定義するための絶対的なプログラムだ。人間が勝手に作り上げた矮小なルールなんて、この翼が1度羽ばたくだけで、すべて塵に帰る」
僕はドラゴンの背中に手を触れた。
伝わってくるのは、圧倒的な「全能感」。
僕の脳内に直接流れ込む情報は、もはや0と1の羅列ではなく、銀河の運行を司るような壮大なアルゴリズムだった。
(……。……!)
ドラゴンの声が、僕の魂を震わせる。
(……きみに、従おう。セカイを、わかつために)
「……N、やめて! そんな力で世界を変えても、誰も幸せになれない!」
「幸せ? まだそんな不確定な変数に固執しているのかい。幸福の定義なんて、観測者の立ち位置で180度変わる。僕が求めているのは幸福じゃない。ポケモンの完全な自由だ。人間という名のノイズを、彼らのライフサイクルから完全に排除する。そのための絶対的な意志(コマンド)が、いま僕の手の中にあるんだ」
僕はドラゴンの背に飛び乗った。
地上から数百メートルの高さ。
ライモンの観覧車で見た景色とは比較にならない、圧倒的な「支配者」の視点。
「……ああ、素晴らしい。この高さから見れば、人間たちの営みがいかに脆弱で、論理性に欠けているかがよくわかる。あそこで怯えている君も、君のポケモンも、僕から見ればただの微細なデータに過ぎない。……今の僕は、神の代理人だ」
僕は天に向かって手を掲げた。
ドラゴンの咆哮が雲を散らし、眩いばかりの雷光(あるいは炎)が塔を包み込む。
圧倒的な出力(パワー)。
僕を縛り付けていたすべての迷いが、この熱量によって蒸発していくのを感じる。
僕はもう、1人で素数を数えるだけの寂しい計算機じゃない。
世界というシステムを根底から書き換える、システム管理権限(管理者権限)を手に入れたんだ。
「……これが神託だよ。君。世界は2つに分かれる。選ばれたポケモンたちと、それ以外の不浄なものたち。君がどれほどそのポケモンを愛していても、その関係性はもはや無効化される。数式の前では、感情なんてただのバグに過ぎないんだから」
「……バグじゃない! この子が僕を助けてくれるのは、数式なんかじゃない! 僕は、君の悲しい理想には屈しない!」
「……悲しい? 救済を悲しいと呼ぶ君の言語回路は、やはり致命的に壊れているようだね」
僕はドラゴンに合図を送った。
巨大な翼が広がり、塔の頂上が激しく揺れる。
上昇気流。
気圧の変化が耳を叩く。
「……次は、ポケモンリーグで会おう。そこが、この世界の旧バージョンが終了し、新しい世界が起動(ブート)する場所だ。君に、僕を否定する権利があるというのなら……もう1匹の伝説を呼び覚まし、僕の前に立ってみせろ」
僕はドラゴンの背に乗り、セッカの空へと飛び出した。
眼下には、雪に覆われたイッシュの平原。
すべてを真っ白に塗りつぶすその雪は、僕がこれから行う「初期化」の予行演習のように見えた。
「……1。0。1。0。……」
僕はドラゴンの拍動に合わせ、数字を刻む。
全能感という名の毒が、僕の血管を駆け巡る。
僕は王。
世界を救う、孤独な神の代理人。
リュウラセンの頂で受け取ったその「神託」だけが、僕の存在証明を完璧なものにしていた。
「サヨナラ。……次に会うときは、どちらの『正義』がより強固なプログラムか、歴史に刻むことにしよう」
僕は雲の中に消えていった。
後に残されたのは、崩れかけた塔と、1人のトレーナーが発する、か細くも消えない、エラーのような熱い吐息だけだった。