ポケットモンスター 元プラズマ団・Nが、伝説のポケモンと往く「トモダチ」ではない「愛」を探す世界再発見の旅   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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凍てつく塔の影 / FROZEN TOWER

「……マイナス10度。空気中の水分が結晶化し、熱力学的なエントロピーの増大が一時的に猶予される。ああ、この凍てつく静寂こそが、僕の求めていた世界の完成図に近いのかもしれないね」

 

セッカシティ。雪が音もなく降り積もり、すべてを等しく白く塗りつぶしていく。

僕は街の象徴であるネジ山の麓、凍りついた湿原を望む高台に立っていた。伝説のドラゴンを手に入れ、神の代理人となった僕の視界には、もはや数式以外の不純物は映らない。

……はずだった。

 

「……若いの。そんなに急いで世界を計算しきって、何が楽しい?」

 

背後から響いたのは、重厚で、それでいてどこか使い古された楽器のような掠れた声だ。

振り返ると、そこにはイッシュ地方の頂点――チャンピオン、アデクが立っていた。

オレンジ色の髪を荒々しくなびかせ、その肩には数多の戦いを経てきたであろうウルガモスが静かに控えている。

 

「……アデク。イッシュ最強と定義された個体。だが、君の出す波形(パルス)はあまりに不規則だ。チャンピオンという絶対的な記号を背負いながら、なぜそれほどまでに『揺らぎ』を許容しているんだい?」

 

「揺らぎ、か。ははは! それを人間味と呼ぶのさ。お前の言う数式には、きっと『痛み』や『迷い』の定数が入っていないんだろうな」

 

アデクは豪快に笑い、雪を踏みしめて僕に歩み寄る。その足音は1歩ごとに、僕が構築した冷徹な論理の氷層にヒビを入れていく。

 

「……痛み? 迷い? そんなものは演算を遅延させるバグに過ぎない。君は最強でありながら、なぜポケモンを戦わせることに疑問を持たないんだ? 君のウルガモスが発する信号(シグナル)を聞いてごらん。それは誇りではなく、ただの慣性による反復運動だ。最強という座を維持するために、生命の輝きを固定(フリーズ)し続けている。それが君の言う『強さ』の正体だ」

 

「……強さとは何か、か。それはお前さんが思っているような、完成された答えじゃない。傷つき、失い、それでもなお明日へ向かって歩き出す……その『過程』こそが強さだと、わしは思うがね」

 

「……過程。ああ、非論理的だ。あまりに人間中心的な自己正当化だね」

 

僕は吐き捨てるように言い、空を見上げた。

伝説のドラゴンが雲の向こうで放つ、絶対的な威圧感。それに比べれば、目の前の老人の言葉は、冬の風に吹かれる枯れ葉のように頼りない。

 

「いいかい、アデク。君の言う強さは、弱者を支配し、固定し、現状を維持するための残酷な檻だ。リーグの頂点で君が君臨し続ける限り、ポケモンたちは永遠にバトルの道具という定義から逃れられない。だから僕は、その王座を物理的に破壊する。強さという概念そのものを、この世界から消去してやるのさ」

 

「……悲しいのう。お前さんの目には、ポケモンたちが笑っている姿は映らんのか。わしの相棒を亡くした時、わしを支えてくれたのは、この世界の不完全な優しさだったというのに」

 

「……死。損失。マイナスの事象。それを語ることで、僕の同情を誘うプログラムかい? 100点満点中、0点だ。死すらも管理できない今の不条理なシステムを終わらせるために、僕は伝説を呼び覚ましたんだから」

 

その時、遠くからもう1つの足音が聞こえてきた。

雪を切り裂き、まっすぐにこちらへ向かってくる。あの「特異点」。

君がここに来る確率は、僕の計算では98パーセントだった。残りの2パーセントは、僕が君に抱いてしまった「来てほしくない」という非論理的な願望による誤差だ。

 

「……来たね。君もアデクと同じ、この凍てついた強さの信奉者なのかな?」

 

「違うよ、N。アデクさんは悲しみを知っているから、強いんだ。君みたいに、全部を消してなかったことにしようとするのは……それは強さじゃない、逃げだよ!」

 

「逃げ……? 0への回帰を逃げと呼ぶのか。……。……面白い。アデク、そして君。君たちの出す不協和音が、このセッカの寒気の中でも、不快なほどに熱を帯びている」

 

僕は2人を見据え、腕を広げた。

「強さとは残酷な固定だ。それは、今この瞬間を切り取り、二度と変化させないという暴力だ。僕はその鎖を断ち切る。ポケモンリーグで、君たちが信じるその『不完全な強さ』を、僕の『完璧な理想』で上書きしてやる」

 

アデクは悲しげに目を細め、ウルガモスの羽音を響かせた。

「……ならば、戦うしかあるまいな。言葉では溶かせぬ氷があるのなら、魂のぶつかり合いで証明するしかない」

 

「……望むところだ。だが、君たちの演算結果は既に決まっている。最強のチャンピオンという記号も、成長という名の誤差も、伝説の前ではすべて0に収束するんだ」

 

僕は背を向け、雪の深淵へと足を踏み出す。

背後でアデクとトレーナーが交わす言葉は、もはや僕の耳には届かない。

脳内では、10、9、8……と、世界崩壊へのカウントダウンが始まっていた。

 

「……さあ、始めよう。イッシュの全ての物語(プログラム)を終了させるための、最終局面(ラストフェーズ)を」

 

凍てつく塔の影が、雪原をどこまでも長く伸びていく。

その黒い線は、僕と彼らの間に引かれた、決して交わることのない平行線だった。

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