Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
大理石の床に落とされたシャンデリアの影。そこから、染み出すようにして現れた少女に、俺は思わず息を呑んだ。
夜の闇をそのまま形にしたような、体にぴったりとフィットする漆黒の隠密服。
肩口で切り揃えられた藍色の髪の隙間から、切れ長の静かな瞳が、じっと俺たちを見つめている。
無駄な肉が一切ないしなやかな体躯は、まるで闇に潜む豹のようだった。
「紹介しよう。彼女はシルヴィ。我がフランスギルドが誇る隠密のスペシャリストにして、Sランク探索者。美しき『影魔法』の使い手さ」
シャルルは紅茶のカップを傾けながら、自慢げに彼女を紹介した。
「エデン・グループがアルプスの麓で密かに進めている『魔力吸引プラント』。その正確な位置と防衛網を調べてくれたのは、すべて彼女の美しい仕事によるものでね」
「……
シルヴィは感情の起伏が感じられない、淡々とした声でシャルルの言葉を遮った。
(……フランス語だ。そういえば、ここはパリだったな)
シャルルが流暢な日本語を話すからすっかり油断していたが、現地の人間が全員日本語を話せるわけがない。
俺は慌ててポケットに手を伸ばし、日本の地下要塞で修復しておいた『ある物』を取り出した。
手のひらに収まる、小さな金属製のイヤーカフ。
耳元に近づけると、俺の右目に自動的にそのステータスが浮かび上がった。
====================
【名称】超小型万能翻訳機(イヤーカフ型)
【ランク】国宝級
【状態】極めて良好。断線していた魔力回路は完璧に修復され、超音波洗浄により細部の汚れも完全に除去された。
【効果】あらゆる言語・暗号のリアルタイム自動翻訳。装着者と会話相手の脳内に直接音声を届ける。
====================
俺はそれをスッと左耳の縁に挟み込んだ。
カチャリ、と微かな動作音がして、魔力回路が俺の精神波と同調する。
「初めまして。ご紹介にあずかりましたシルヴィ・ルクレールと申します。ソウマ様、サカイ様、ジングウジ様、 どうぞ気安くシルヴィとお呼びください」
耳元から聞こえてきたのは、フランス語の発音とほぼ同時に、脳内に直接響く流暢な日本語だった。
どうやら『超小型万能翻訳機』の性能は上々のようで、ノイズや不自然な翻訳のラグは一切感じられない。
「……あ、聞こえてるな。俺は相馬透。こっちが凛で、そっちがセイラだ。よろしく、シルヴィ」
俺が日本語で答えると、シルヴィはわずかに切れ長の目を見開いた。
彼女の脳内にも、俺の言葉が完璧なフランス語に翻訳されて届いているはずだ。
「……脳内への直接翻訳ですか。魔力による精神介入の気配がありませんが、どのような術式なのでしょう。いや、魔道具ですか?」
「まあ、ちょっとした掘り出し物さ。使い勝手は悪くないだろ?」
俺が少し濁して笑うと、シャルルが我がことのように誇らしげに胸を張った。
「そうだろう、シルヴィ! トオルは私が認めた美しき芸術家《アルティザン》なのだからね。彼の手にかかれば、数百年前に失われた遺物すら本来の美しさを取り戻すのだよ」
「……御一行の様子は監視しておりましたので、私も彼の腕前は把握しております。……とはいえ、ここまで何でも出てくると、やはり驚かされますね」
シルヴィは表情を崩さないまま、大理石の床に視線を落とした。
その影が再びうねり、彼女の足元から一枚の青い結晶板――ホログラム投影機が浮かび上がってくる。
「では、本題に入りましょう。これが、エデン・グループがアルプスの麓、シャモニー近郊の氷河地下に建設した『第一魔力吸引プラント』の構造です」
結晶板から青い光が放たれ、空中に入体的な立体マップが描かれる。
アルプスの険しい山肌をくり抜くようにして作られた、巨大な地下施設。その最深部には、地底のダンジョンから湧き出す魔力を強引に吸い上げる、巨大なタービンが据え付けられていた。
「……随分と大掛かりな泥棒ね」
凛が腕を組み、不快そうに眉をひそめる。
「ええ。このプラントが稼働して以来、周辺地域に存在していた三つのダンジョンが魔力枯渇状態に陥りました。その結果、行き場を失った魔物たちが地上へ溢れ出し、麓の村々に大きな被害が出ています」
シルヴィの説明は、実態を正確に捉えていた。
「しかし現在は、フランス国境側の防衛網は彼らが買収した私兵、そして魔導科学によって量産された『人造クローン兵』によって固められています。常時稼働している魔力探知障壁もあり、普通のアプローチでの接近は困難な状況にあります」
「人造クローン兵……。あの子と同じようなものが、そこにもいるってこと?」
セイラが少し拳を握りしめ、不安そうに尋ねる。
彼女が思い浮かべているのは、自分と同じ顔をした少女『ノア』の姿だ。
「安心したまえ、セイラ。プラントに配置されているのは、知性を持たない自律型の粗悪な戦闘ドールの類さ。だが、数は非常に多い」
シャルルが紅茶を一口飲み、セイラに優しい視線を向ける。
「……数は力、と言いますからね。正面からぶつかれば、プラント自体の破壊は可能だとしても、その前に施設全体を爆破され、証拠を隠滅される可能性が高いです。だからこそ、隠密潜入による中枢の制圧が必要になります」
シルヴィはそこで言葉を区切り、俺たちに厳しい視線を向けた。
「今回、私の『影魔法』を使えば、全員の気配を完全に闇に溶け込ませて潜入することが可能です。ですが、施設外周の魔力探知障壁は常に不規則な周期で変動しています。完璧に気配を消していても、障壁そのものに物理的、あるいは魔力的に接触してしまえば、一瞬で探知されてしまいます。その周期を完璧に見極めるのは、私一人の目では極めて困難です」
「それなら、俺がタイミングを指示するよ」
俺はシルヴィの言葉に、軽く頷いて答えた。
「……トオル様が、ですか?」
「ああ。俺の『目』なら、あの探知障壁の魔力の流れも、その周波数が変動する周期もリアルタイムで視認できる。シルヴィが影魔法で全員を包み込み、俺の指示するタイミングで動けば、障壁の隙間を完全に通り抜けられるはずだ」
俺は一歩、立体マップへと歩み寄った。
そして、右目に僅かに意識を集中させる。
視界が歪み、青いホログラムの中に流れる魔力の配管や制御バルブの裏側に、システムウィンドウが重なって展開された。
====================
【名称】アルプス第一魔力吸引プラント・制御中枢(ホログラム情報に基づく解析)
【構造】
エデン製魔力吸引器。プラント全体の魔力過負荷を検知すると、自動的に安全弁(セーフティバルブ)が作動し、余剰エネルギーをアルプス山脈の地中へと安全に逃がす仕組み。
【弱点】
吸気マニホールドのバイパス部分、および予備冷却水の制御バルブを物理的に固定し、魔力回路を逆接続(ショート)させた場合。安全弁が作動せず、蓄積された全魔力がパイプラインを通じてスイスの本陣へ『逆流』する。
====================
(これは……最高の嫌がらせができるぞ)
俺はホログラムの一部――吸気部分のバルブを指差した。
「シルヴィ。エデンの連中は、もしプラントが襲撃されたら自爆装置を使ってでも証
拠を隠滅するつもりなんだろ?」
「……ええ。彼らの行動規約を調べる限り、中枢の安全が脅かされた段階で、施設ごとすべてを消し去る術式が作動するようになっています」
「なら、それより先に『自爆もできない状態』にしてやればいい」
俺は指先を滑らせ、魔力バイパスの配管をなぞった。
「俺のスキルで見る限り、このプラントには過負荷がかかった時に魔力を逃がすバルブがある。ここを固定して、魔力回路を逆流させれば、自爆装置を起動させるための魔力ごと、すべてがスイスの本社へ逆流して、相手のシステムをパンクさせられる。……施設を大きな損傷なしで制圧し、証拠データを回収した上で、向こうの本陣を大きく弱体化できるはずだ」
「……え?」
シルヴィが、初めてその切れ長な目をごく僅かに丸くした。
彼女が何日もかけて調べた構造データ。しかし、その内部にある細かなシステム構造や、物理的な逆流を発生させるための正確なバルブの位置など、図面だけでは普通は分かり得ないはずの情報だ。
それを、俺がただのホログラムを一瞥しただけで正確に指摘したのだから。
「……驚きました。図面の不鮮明な箇所から、そこまで見抜くとは。シャルル様が『神の目』と評したのも、納得がいきます」
「ただ表示された情報を見てるだけさ。たいしたことじゃないよ」
俺は謙遜しながら答えた。実際、スキルの効果が視界に文字として出てきているだけなのだ。自慢するようなことじゃない。
「私の影魔法と、トオル様の観測。それらが噛み合えば、プラントへの無傷の潜入、そして無力化作戦の成功率は飛躍的に高まりますね」
「よし。役者は揃ったな」
俺が不敵に笑うと、凛が誇らしげに胸を張り、セイラが「私も頑張るよ!」と元気よく拳を握りしめた。
『フンッ。影魔法だの何だの……主様、やはりワタシを一番近くに置いておくことをお忘れなきよう! いざとなればワタシがすべてを凪ぎ払って差し上げます!』
背後でカリバーンが小さくブォンブォンと震えながら囁いたが、俺はそっとそれを手で叩いて宥めた。今回の作戦は戦闘になるのは失敗みたいなもんだから、こいつの出番は正直無いほうがいい。
「作戦の開始は今日の夜半、山脈の魔力が最も活性化し、探知が曖昧になる時間帯を狙います」
シルヴィがそう告げ、その姿を再び影へと溶け込ませるようにして消え去った。
エデン・グループとの最初の衝突。
俺は左手の指輪と、胸元で温かく明滅する『防呪の聖十字』をそっと確かめ、アルプスへ向けた最初の戦いに向けて、静かに覚悟を固めた。