Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
深夜、アルプス山脈の麓、フランス領シャモニー。
標高三千メートルを超える極寒の氷河地帯は、吹き荒れる猛吹雪と、世界を白く塗り潰す純白の闇に包まれていた。
防寒仕様のタクティカルウェアに身を包んだ俺たちは、シルヴィが展開した『影の天幕』の内側で、身を寄せ合うようにして雪原を進んでいた。
「……信じられないわね。この猛吹雪の中で、風の一吹きも、雪の冷たさも全く感じないなんて」
凛が、自身の体を抱きしめるようにしながら、驚き混じりの感嘆の声を漏らす。
俺たちの周囲を取り囲むのは、シルヴィの影魔法によって生み出された、光も温度も透過しない特殊な球状の結界だった。吹き荒れる極寒の嵐は、この影の境界に触れた瞬間に受け流され、内側には春の木漏れ日のような静けさと適度な温かさが保たれている。
「フッ……これこそがフランスギルドの至宝、シルヴィの『影魔法・隠密天幕《オンプル・パヴィヨン》』さ。美しいだろう?」
俺たちの隣で、金糸の刺繍が施された防寒コートを優雅に着こなしたシャルルが、紅茶の代わりに温かいスパイスワインのボトルを片手に微笑んだ。
パリの本部を留守にしていいのかと思ったが「美しき芸術家《アルティザン》の活躍を、この美の探求者たる私が見届けないわけにはいかないからね」と、当然のように同行してきたのだ。
「シャルル様。これ以上の無駄口は、影の維持に余計な魔力を割くことになります。音の遮断も自動ではないことをお忘れなく」
影を展開しながら先頭を行くシルヴィが、感情の起伏が感じられない冷淡な声で釘を刺した。
「おっと、すまない。美しい静寂を乱してしまったね」
シャルルは肩をすくめて大人しく引き下がる。
そんな中、俺の背後でカリバーンが小さくブォンブォンと震えながら脳内に不満の声を送ってきた。
『主様ぁ……。なぜワタシはこのような狭い暗がりに押し込められているのですか? あの生意気なフランスの小娘が展開する影などより、ワタシが光と闇を爆発させて、この雪山ごと薙ぎ払って差し上げますのに!』
「……悪い、シルヴィ。うるさくして」
「いえ……しかし、静かにさせていただけると大変助かります」
「はぁ……カリバーン。帰ったらピカピカにしてやるから、静かにしてろ」
『大人しく従いましょう!』
相変わらずのチョロさに呆れていると、突然、シルヴィがピタリと足を止めた。
彼女の切れ長の瞳が、前方の暗闇のさらに奥へと向けられる。
「……前方に敵影。魔力枯渇によって狂暴化した、野生の『フロストウルフ』の群れです。数は八」
吹雪の奥から、青白く光る目をギラつかせた巨大な氷の狼たちが、獲物の気配を察して低く唸り声を上げ始めた。
彼らはダンジョンの外へと溢れ出し、周囲の村々を脅かしている元凶の一部だ。
「私が――」
セイラがエクスカリバーの柄に手をかけようとしたが、シルヴィがそれを手で制した。
「ジングウジ様。貴方では目立つ。ここは、私が処理します」
シルヴィが短く呟いた瞬間、彼女の姿が文字通り、床の大理石に落とされた影のようにスッと雪原に溶けて消えた。
次の瞬間、フロストウルフたちの背後に落ちた『彼ら自身の影』が、不自然に波打つ。
「――終わりです」
闇の中から滑るように現れたシルヴィの手元で、黒いダガーが静かに閃いた。
音すらなかった。
フロストウルフたちが何が起こったのかを理解する間もなく、その首筋を影の刃が一瞬で正確に切り裂いていく。
一撃。また一撃。 声を上げることも、血を激しく噴き出すことすら許されず、巨大な氷の狼たちはただの物言わぬ死体となって、雪原へと静かに崩れ落ちていった。
隠れるだけではない。一寸の狂いもない、Sランク探索者の絶対的な実力。彼女もまた探索者の頂点に立つ一人なのだ。
「……すごい」
セイラが息を呑む。
シルヴィは再び何事もなかったかのように、自身の影を俺たちの足元へと繋ぎ、姿を現した。
「……お騒がせしました。行きましょう。プラントを囲む『魔力探知障壁』は、もう目の前です」
純白の嵐の向こう、氷河を不自然にくり抜いて作られた、エデン・グループの巨大な地下施設の輪郭が、冷ややかに浮かび上がっていた。