Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
指定されたのは、駅前の雑居ビルに入っている個室居酒屋だった。
高級店ではないが、全席完全個室で、密談にはうってつけの場所だ。
「ここよー、透くん!」
店員に案内された部屋の扉を開けると、
テーブルには既に、空になったハイボールのグラスが二つ。
彼女の頬はほんのりと赤い。
「待たせたか?」
「ううん、私が早く来すぎちゃっただけ。座って座って」
俺は警戒心を解かないまま、彼女の対面に座った。
凛はメニュー表を俺に押し付けながら、上目遣いで覗き込んでくる。
「何飲む? ここの厚切り牛タン美味しいのよ。あ、もちろん割り勘じゃなくて私の奢りだから安心してね?」
「用件を聞くまでは、喉を通らないな」
俺がそう言うと、凛は「つれないなぁ」と唇を尖らせたが、すぐにその瞳から酔いの色を消した。
スッ、と空気が変わる。
こういう切り替えの早さが、彼女がパーティの渉外担当として優秀だった理由だ。
「じゃあ、単刀直入に言うわね」
凛はテーブルの上で両手を組み、さっきまでのふざけた態度はどこへやら、真剣な眼差しを俺に向けた。
「透くんの今のやり方、正直言って
「効率?」
「ええ。エクスカリバーに、アイギスの盾。商品は超一流。でも、売り方がダメダメ」
凛はスマホを取り出し、俺の『D・マーケット』のページを表示させた。
「まず、オークションサイト一本に頼りすぎ。客層が国内に限定されちゃってる」
「一応、海外からも入札はあったぞ?」
「あったけど、対応できた? 英語や中国語での問い合わせ、全部スルーしてたでしょ?」
痛いところを突かれた。
確かに、翻訳アプリを使うのが面倒で、日本語以外のメッセージは無視していた。
「もったいない! 海外の富裕層やコレクターは、日本の相場の倍出すことだってあるのに。私が間に入れば、英語圏はもちろん、中華圏の大物バイヤーとも直接交渉できるわ。SNSを使ったブランド構築もね」
凛は自信満々に胸を張る。
そういえば彼女は、以前からパーティの交渉事や事務処理を一手に引き受けていた。剛田たちが脳筋だった分、彼女の実務能力はずば抜けていたのを思い出す。
「それに、一番の問題は
「アンチ?」
「そう。透くん、急に稼ぎすぎた。妬み嫉みを持つ有象無象が、これから必ず湧いてくる。『詐欺だ』『不正ツールだ』って騒ぎ立てて、透くんの信用を落とそうとする連中がね」
凛の声が少し低くなる。
「剛田くんみたいな、価値の分からない馬鹿ならまだマシ。厄介なのは、価値を分かった上で足を引っ張ろうとする同業者や、転売屋よ。そういう連中の相手、透くんにできる?」
俺は言葉に詰まった。
想像するだけで胃が痛くなる。俺はただ、静かに鑑定して、修理して、売りたいだけなのだ。炎上対策やクレーム処理なんて、一番やりたくない仕事だ。
「そこで私の出番ってわけ。面倒な交渉、SNS運用、アンチの駆除。全部私がやってあげる」
凛はニカっと笑い、グラスに残っていた氷をカランと鳴らした。
「その代わり、利益の20%……うーん、お友達価格で15%をマージンとして貰う。どう? 悪い話じゃないでしょ?」
15%。
俺の今の売上からすれば巨額だが、彼女が提示したメリットを考えれば安すぎるくらいだ。
俺に足りない「社会的な立ち回り」を全てカバーしてくれる。
「分かった。頼むよ、酒井」
俺が頷くと、凛は不満げに頬を膨らませた。
「あのさぁ、ビジネスパートナーになるんでしょ? その『酒井』って他人行儀な呼び方、禁止」
「え?」
「
彼女はテーブル越しに身を乗り出し、上目遣いで俺を見つめる。
こういう距離感の詰め方が、彼女が小悪魔と呼ばれる所以か。
「わ、分かったよ、凛」
「ん、よろしい!」
凛は満足そうに微笑むと、再び表情を引き締めた。
「さて、契約成立ってことでぇ……透くん、もう一つ大事な話があるの」
「まだあるのか?」
「ええ。むしろこっちが本題かも」
凛は声を潜め、周囲を警戒するように視線を巡らせた。
「私たちには用心棒が必要よ」
「用心棒?」
「そう。透くんは鑑定士、私はヒーラー。戦闘力に関しては、一般人と大差ないわよね?」
悔しいが事実だ。
聖剣を持っていても、俺にはそれを振るう剣技がない。凛も回復魔法は使えるが、攻撃魔法は不得意だ。
「今回の私みたいに何かのはずみで正体がばれたりしたら……だいたいは想像できるでしょ? 実際、今日だって危なかったわけだし」
「うっ」
確かに、あの再会時の剛田の目は危なかった。
剛田だけじゃない、金に困った探索者が何をするか、想像に難くない。
「でも、信用できる用心棒なんて見つかるか? 金で雇っても、そいつが裏切って俺たちを襲うかもしれないだろ?」
「その通り。だから、金じゃ動かない、圧倒的な
凛は不敵な笑みを浮かべた。
「透くん、最近できたコネがあるでしょ?」
「コネって……まさか」
「そう、
俺は思わず声を上げそうになった。
Sランク探索者、剣聖姫。
日本の探索者の頂点に立つ彼女を用心棒にする? 流石に無茶苦茶だ。
「無理だろ! 彼女は雲の上の存在だぞ。俺たちのビジネスに付き合ってくれるわけが――」
「可能性はゼロじゃない。だって彼女、透くんから剣を買ってから随分調子がいいでしょ? 私の勘でしかないけど、あなたに取引以上の恩を感じていると思うわ。交渉を持ちかける価値はあるはず」
「……そう、なのか?」
「それに、Sランク探索者が一番欲しがっているのは、金じゃない。『最強の装備』よ。透くんはそれを供給できる唯一の存在。彼女にとっても、透くんを守ることはメリットがあるはずだわ」
確かに、セイラは「また掘り出し物があったら優先的に」と言っていた。
自惚れかもしれないが、俺が死んだり、他の組織に囲い込まれたりするのは、彼女にとっても損失になる……かもしれない。
「交渉は私がやるわ。透くんはドーンと構えて、最高の商品を用意してくれればいいの。ね、完璧な計画でしょ?」
凛が悪戯っぽくウインクする。
まったく恐ろしい。Sランクすら手玉に取る算段があるのだろうか。
でも、もしセイラが後ろ盾になってくれれば、俺たちのビジネスは盤石になる。剛田どころか、政府だって手を出せなくなるだろう。
「分かった。凛のプランに乗るよ」
「決まりね! じゃあ、善は急げ。明日にでもセイラ様にアポを取るわよ」
凛はパンと手を叩くと、伝票を掴んで立ち上がった。
「それじゃ、男の子に恰好つけさせたいけど、約束通り今日は私の奢りね!」
彼女はレジに向かいながら、ふと足を止め、背中越しに言った。
「あ、そうそう……あの時のポーション代、ごめんね? 割れたの、透くんのせいじゃないのに」
「急にどうした?」
「フェアじゃないから、ずっと気になってたの。だから、これでチャラにしてよね」
彼女はフッと笑うと、手早く会計を済ませた。
店を出ると、夜風が心地よかった。
隣を歩く凛の横顔を見る。
計算高くて、ちゃっかりしていて、でもどこか憎めない。
「あ、そうだ」
別れ際、俺はずっと気になっていたことを尋ねた。
「剛田たちには、なんて言って抜けてきたんだ? 揉めなかったか?」
「ん? ああ、あの人たち?」
凛はケラケラと笑った。
「会ってないわよ。ここに来る前、共有ハウスのリビングに辞表を置いてきただけ」
「置いてきただけって……」
「大丈夫、ちゃんと気持ちは伝わるように書いといたから♡」
彼女は最後まで余裕の笑みを崩さず、夜の街へと消えていった。
◇
~一方その頃~
『ブレイブ・ソード』の拠点であるシェアハウスにて。
ダンジョン探索から戻った剛田たちは、荒れ狂っていた。
収穫はゼロ。装備はさらに劣化し、回復役の凛とも連絡がつかない。
「クソッ! 凛のやつ、どこほっつき歩いてやがる! 電話にも出ねぇ!」
剛田がリビングのドアを蹴り開ける。
すると、テーブルの上に一枚の便箋が置かれているのが目に入った。
「あ? なんだこれ」
ピンク色の可愛らしい封筒。
剛田は乱暴に封を破り、中身を取り出した。
そこには、ファンシーな丸文字で、簡潔にこう書かれていた。
『リーダー、および田代くんへ。
一身上の都合により、本日付けでパーティを脱退します。
あ、私物のドライヤーと美顔器は持っていったから探さないでね。
今後の連絡は
元ヒーラー・凛より』
「……は?」
剛田の手から、便箋がヒラヒラと落ちる。
「ふ、ふざけるなァァァァッ!!」
男の絶叫が、深夜の住宅街に虚しく響き渡った。