Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
「はぁ……はぁ……わ、たしは、失敗……できない」
赤黒い魔力の靄を全身の隙間から噴き出させながら、ノアは喘ぐようにそう呟いた。
彼女の背中から生えた二対の漆黒の翼は、過剰な魔力の負荷に耐えきれず、先端からボロボロと黒い灰のように崩れ落ちていた。全身を覆う溶岩のような黒い皮膚も、至る所に亀裂が走り、その割れ目からエネルギーがパチパチと不気味な放電を繰り返している。
(もう限界が近いみたいだな……)
『真贋鑑定』の視界が、彼女の活動限界まで残り一分を切ったことを冷酷に示している。
「……お父様の、ために。……私は、本物の……」
消え入りそうな声。だが、そこに込められた妄執は、かつてないほどに深く、重い。
ノアはガクガクと震える膝に無理やり力を込め、両手で引き裂かれた大地を掴むようにして、じりじりと俺たちを睨みつけた。
すでに身体能力は限界を迎えているはずだ。だというのに、彼女が放つプレッシャーは未だ衰えることを知らない。むしろ、迫り来る死期を悟った獣のように、その殺気は鋭さを増して俺の『神魔機装アガートラーム・カリバーン』のバイザーにアラートを点滅させ続けていた。
「ノア……」
セイラが『エクスカリバー・アヴァロン』を低く構え、痛ましそうな、けれど一歩も退かない強い意志を瞳に宿して彼女を見つめる。
弱ってはいるものの、そのスピードとパワーは健在だ。
(あの暴れ馬みたいな速度と障壁を維持されたままじゃ、ミリ単位の魔力糸を狙い撃つなんて芸当はセイラでも不可能だ。まずは動きを止めないとな……魔力を吸い尽くしてみるか?)
『主様、あ奴の魔力の表面、黒いトゲのようなものがびっしりと逆立っています。ワタシの闇の力でも、あれを強引に剥がすには時間が足りません!』
「対策済みってわけか……」
俺の脳内に響くカリバーンの声。アガートラームの超演算システムと『真贋鑑定』も、ノアの不規則な魔力シールドを突破するための確率を「極めて低し」と算出し続けていた。
(ちょっとかわいそうな気もするけど……これしかないか)
俺はアガートラームのヘルメットの奥で、深く、静かに息を吸い込んだ。
セイラが力をためている現状で、物理的な攻撃でノアの足を止めるのは、困難だ。
ならば、攻めるべきは肉体ではない。
『真贋鑑定』が白日の下に晒した、彼女の魂の最も柔らかく、最も脆い部分――創造主アダムスへの盲信の裏に隠された、底知れない恐怖だ。
「おい、ノア。お前、本当は全部気づいているんだろ?」
「……な、にを……」
ノアの動きが一瞬だけ止まる。血のように赤い瞳が、怪訝そうに俺のヘルメットを捉えた。
「お前がどれだけ『お父様』と呼んであの男を慕っても、アダムスはお前のことなんか見ていない。娘だなんて、一度だって思ったことはないはずだ」
「違う……! 私は、お父様の、最高傑作……! お父様は、私を、愛して……」
「愛しているなら、それを止めない? 」
俺は一歩、のっそりと前に踏み出した。アガートラームの白銀のガントレットをだらりと下げ、敵意がないことを示しながら、しかし言葉の刃だけは容赦なく彼女の核心へと突き刺していく。
「お前の全身の細胞が、過剰な魔力に耐えきれずに融け始めているんだぞ。お前を造ったアダムスに、それが分からないはずがない」
「それは……私は、この程度では、壊れない……! 本物、だから……!」
「嘘をつくな。お前自身、自分の身体がもうもたないことを一番よく分かっているはずだ」
俺の声は、彼女の脳内で頑強に機能していたアダムスの支配を、内側から削り取るように響く。
「お前がここで俺たちを道連れにして自爆しようが、それとも任務に失敗してスクラップになろうが、アダムスにとってはなんてことはない。あいつにとってお前は、ただのセイラの代わりでしかない。お前が壊れたら、あいつは次のノアを作り出すだけだ」
「ち……ちがっ……私は、あなたたちを捕まえて……お父様に褒めて──あ、れ?」
ノアの言葉が、途中で唐突に途切れた。
何かを言いかけ、そのまま喉の奥に言葉が張り付いてしまったかのように。
彼女の茜色に濁った瞳が、泳ぐ。
「褒めてもらう」
その、ごくありふれた、子供なら誰もが抱くはずのささやかな願望。
それを自らの口で紡いだ瞬間、彼女自身の脳内に、これまでアダムスによって頑強に植え付けられていた「生体兵器」としてのプログラムと、内側に隠されていた「幼い自我」が激しく衝突したのだ。
「う……うぅ……わたしは……な、んで? がんばれば……
本物になれば……いつか……でも、もとめちゃ……」
ノアの小さな身体が大きく揺れる。
そして、急激な精神の動揺によって、魔力障壁が緩んだ。
「よし……! セイラ、今だ!!」
「はぁぁぁぁッ!!」
俺の叫び声と同時に、セイラが爆発的な踏み込みで地を蹴った。
『エクスカリバー・アヴァロン』の刀身から、夜の暗闇を完全に一掃するほどの神聖な黄金の光が溢れ出す。
「……お父、様……わたしを、捨てない……で……」
ノアは頭を抱え、すがるようにつぶやいている。
彼女の脳内で、アダムスから植え付けられた強固な支配と、こじ開けられた幼い自我が、激しく衝突し、引き裂かれようとしている。
その激しい精神の動揺に呼応するように、彼女の額に生えた赤い角の周囲に、空間を歪めるほどのノイズが発生した。
アダムスと彼女を繋ぐ、『
普段は完全に隠蔽されているはずのその呪いの鎖が、今、激しい拒絶反応を起こして、物質化するかのように赤黒い鎖の輪となってノアの頭上に浮き上がったのだ。
「セイラ、あの鎖の輪っかだ! ぶった斬れ!」
「わかってる!」
セイラは空中で身を翻し、一対の魔力翼を爆発的に羽ばたかせた。
──神速。
ノアは反射的に対応しようと崩れかけた黒い翼を動かそうとしたが、セイラの刃はすでにその上空、赤黒い鎖の真上に達していた。
「聖剣解放――アヴァロン・ブレイク!!」
黄金の魔力を放ちながら刀身が振り下ろされる。
音すらも置き去りにするその一閃は、ノアの小さな身体には傷一つつけず、彼女の頭上に浮かび上がる赤黒い精神の鎖だけを、正確に、そして冷酷に両断した。
パキィィィィィィンッ!!!!
まるで、世界で最も硬いガラスが同時に粉々に砕け散ったかのような、甲高い魔音波が地下空間に響き渡った。
「あ……」
ノアの口から、張り詰めていた緊張が完全に解けたような、小さな吐息が漏れた。
彼女の赤い瞳から濁りが消え、吸い込まれるように澄み切った茜色の瞳が、ゆっくりとセイラの顔を見つめる。
直後、彼女の身体から、暴走していた赤黒い魔物因子が嘘のようにスッと消え去っていった。
背中の黒い二対の翼はサラサラと光の塵になって床へと崩れ落ち、全身を覆っていた溶岩のような硬質の皮膚も、剥がれ落ちるように崩落して、中から本来の、雪のように白い、幼い少女の肌が現れる。
活動限界は残り数秒。 魔力を完全に失い、力なく崩れ落ちていくノアの身体。
「おっと……!」
俺はアガートラームのサポートを限界まで引き出し、倒れそうになる彼女の身体を、床に激突する寸前で、両腕の中に優しく受け止めた。
腕の中の彼女は驚くほど軽くて冷たかったが、その小さな胸は確かに、鼓動を刻んでいた。俺はセイラと視線を交わし、勝利を確信するのだった。