Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
先ほどまでの死闘が嘘のように、静寂を取り戻した地下空間。
俺の両腕の中には、魔力を失って力なくぐったりとした、セイラと同じ顔を持つ幼い少女――ノアが横たわっていた。
「はぁ……はぁ……」
彼女の白い肌は、まるでひび割れた陶器のように細かな亀裂が走り、そこから淡い光の粒子が絶え間なく溢れ出している。
呼吸は浅く、今にも消え入りそうだった。
「透、その子の身体……」
セイラが『エクスカリバー・アヴァロン』を鞘に収めながら、心配そうに俺の隣に膝をついた。
「……ああ。まだ一件落着とはいかないみたいだな」
俺は右目の『真贋鑑定』に意識を集中させ、ノアの身体に走る不気味な魔力の乱れを見つめた。
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【対象】ノア
【状態】魔物因子の反動による細胞自壊が現在進行中。あと数分以内に適切な処置を行わなければ、生命活動を停止する。
【処置方法】
対象が放出し、戦闘中にカリバーンを介して吸収した魔力を、ノアの肉体へ緩やかに還元する。同時に、清浄なエネルギーを持つ、神話級以上の触媒(※『エクスカリバー・アヴァロン』を推奨)を経由し、純粋なエネルギーを体内の深層循環へ直接流し込むことで、魔物因子の暴走を中和し細胞構造を再構築する。
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「魔物因子の反動……。あと数分、時間がないな」
俺はすぐに、隣にいるセイラに向き直った。
「セイラ、もう一度エクスカリバーを抜いてくれ。この子の命を救うために必要だ」
「えっ……? うん、わかった!」
セイラは一瞬驚いた表情を見せたが、俺の言葉を信じて、迷わずに腰の『エクスカリバー・アヴァロン』を抜き放った。
創世級の力を持つ聖剣が、薄暗い地下空間に清らかな黄金の光を投げかける。
「俺がアガートラームとカリバーンの力を使って、さっきの戦闘中に吸い取った魔力をノアに還す。その魔力が馴染むように、セイラは聖のエネルギーをエクスカリバーを通して、この子の体内に直接流し込んでくれ」
「うん、やってみる!」
セイラは真剣な表情で頷き、聖剣の剣先をノアの胸元へと優しく添えた。
「よし、いくぞ、カリバーン。コントロールは任せた」
『御意に、主様。お任せください……少々手荒になりますが、愛を込めて還して差し上げましょう!』
俺は神魔機装アガートラームの左腕をノアの胸元にかざし、意識を集中させた。
装甲に宿るカリバーンの魔力回路が逆回転を始め、戦闘中に奪い取った赤黒いエネルギーが、細い光の糸となってノアの体内へとゆっくり流れ込んでいく。
「っ……!」
ノアの小さな身体が、急激な魔力の流入にピクリと拒絶反応を起こす。
それに合わせて、セイラのエクスカリバー・アヴァロンから、まるで万物を包み込むような温かさを持つ黄金の光が溢れ出した。
「……いい子だから、暴れないでね」
セイラが囁くと同時に、黄金の光の粒子がノアの体内の深層循環へと直接染み込んでいく。
赤黒い拒絶の霧を、セイラと聖剣の清浄な魔力が中和しながら、優しく包み込み、溶かしていく。
バチバチと音を立てていたノアの肌の亀裂が、少しずつ、穏やかに塞がり始めた。
ひび割れた陶器のようだった白い肌に、瑞々しさが戻っていく。
「……よし、うまく馴染んでる。そのままゆっくり、細胞を繋ぎ合わせるんだ」
俺はノアのバイタルを鑑定で監視しながら、慎重に魔力を流し続けた。
しかし、限界は突然訪れた。
ピキ、ピキィン……。
全身を包んでいた神魔機装アガートラーム・カリバーンから、光が失われていく。
バイザーの視界に、緊急システムエラーの赤い文字が点滅し始めた。
《警告。魔力残量が極限まで低下。安全維持のため、強制解除シーケンスを実行します》
「……くっ、エネルギー切れ、か……」
全身の関節から力が抜け、俺はたまらず床に膝をついた。
俺の身体を包んでいた流線型の装甲が、淡い光の粒子となって剥がれ落ち、アイテムボックスへと戻っていく。
そして、ガラン、と元の姿に戻った一振りの剣、カリバーンが床に転がった。
『ハァ……ハァ。主様、ワタシ、魔力を全て使い果たしてしまいました……しかしながら、小娘の命は……繋ぎ止められたようでございます……』
「そうか……ありがとうな。あとでたっぷり手入れしてやるから」
『フッ……それが聞ければ……こちらのものです、ね』
力を使い果たしたカリバーンの掠れた声。カリバーンはそれだけ言うと、深く眠るようにその輝きを失った。
「……透、大丈夫?」
セイラがエクスカリバーを収め、心配そうに俺の肩を支える。
俺はヘトヘトになりながらも、腕の中の温もりを確かめ、小さく頷いた。
「ああ。俺はただの魔力切れだ。それより、ノアは――」
「……う、ん」
微かな小さな呻き声が静かな広間に響く。
ノアの長いまつ毛が震え、ゆっくりと、その瞼が開かれる。現れた瞳は、先ほどまでの光を吸い込むような濁った赤色ではなかった。
セイラの宝石のような碧眼とはまた異なる、夕焼けの空のように澄み切った、美しい茜色の瞳。
「……こ、こは?」
ノアは、自分が生きていることに困惑するような表情を浮かべた。
そして、目の前にある俺の顔と、隣で心配そうに見つめるセイラの顔を交互に見つめる。
「わたし、お父様の命令を、失敗した……なのに、どうして……?」
消え入りそうな、けれど疑問に満ちた掠れた声。
俺は深く息を吐き出し、腕の中の彼女を落とさないよう、ゆっくりと上体を起こした。
「もう、その命令を聞く必要はないんだよ」
俺は空いた右手で、彼女の額をそっと撫でた。
そこには、一対の小さな赤い角が、静かに残されたままだった。
しかし、『支配の箱舟《ドミネーション・アーク》』の赤黒い魔力の光は完全に消え去っている。
「お前を縛っていた呪いは、全部セイラが切り裂いた。お前はもう、自由だ」
「じゆう……?」
ノアは、その言葉の意味が理解できないというように、小さな両手で額の角に触れた。
いつも頭の奥を支配していた、お父様の声。逆らおうとすれば全身を焼かれるようなあの呪縛が、どこを探しても感じられない。
「うそ……お父様との、繋がりが、ない……? わたし、捨てられたの? わたしは、もういらないの……?」
ノアの澄んだ茜色の瞳が、みるみるうちに大きな不安と絶望に染まっていく。
感情を排された兵器として作られ、任務を果たすことだけが自身の存在価値だと刷り込まれてきた彼女にとって、その命令から解放されることは、己の存在意義そのものの消滅を意味していたのだ。
ガタガタと震え、自らの身体を抱きしめるようにして縮こまるノア。
「そんなことないよ」
その小さな肩を、セイラがそっと包み込むように抱きしめた。
「君はゴミなんかじゃない。誰かの代わりでもない。……だって、こんなにあったかくて……一生懸命、生きてるじゃない」
「オリジナル……どうして……わたしは、あなたを──」
「私の名前はセイラ。オリジナルじゃないよ」
セイラは優しく、けれど力強く微笑んで、ノアの小さな手を両手で握りしめた。
「そして、君はノア。誰かの代わりじゃない、たった一人のノアでしょ?」
「たった一人の、ノア……」
その言葉が、ノアの小さな胸の奥に、かつてない温かな響きとなって広がっていった。
失敗すれば処分される。代わりはいくらでもいる。そう教え込まれて生きてきた彼女にとって、「たった一人のノア」という言葉は、世界がひっくり返るほどの衝撃だった。
「ノア……それが、わたし……」
「そうだよ。とっても可愛い名前じゃない」
セイラが優しく微笑み、ノアの頭をゆっくりと撫でる。
お母さんから貰った優しい温もりを、今度は自分がこの小さな妹へと引き継ぐように。
「う、ぅ……」
ノアの茜色の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。
彼女は自分の涙に驚いたように手を当てたが、一度決壊した感情はもう止まらなかった。
「うああああぁぁぁ……っ!」
小さな身体を震わせ、声を上げて泣きじゃくるノア。
セイラは何も言わず、その小さな背中を優しく、何度もさすりながら抱きしめ続けた。
それは、兵器として生まれてきた少女が、初めて「一人の人間」として世界に産声を上げた瞬間だった。