Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
シャルルは、首を僅かに傾けながら、その端正な顔立ちに冷ややかな笑みを浮かべた。
いつもの芝居がかった大げさな身振りはない。ただそこに立っているだけで、肌を刺すような濃密な魔力圧が周囲を満たしていく。
「シャルル様、お下がりください。問答は不要です」
シルヴィの静かな、けれど有無を言わせぬ声が、冷え切った地下空間に響き渡る。
彼女の掲げた漆黒のダガーからは、影そのものを刃に変えたかのような、実体のない禍々しい殺気が立ち上っていた。
その視線は、俺の腕の中でビクッと身体を震わせたノアの眉間へと、真っ直ぐに固定されている。
「シルヴィ、待って! この子はもう――」
セイラが慌てて割って入ろうとしたが、シルヴィは視線を微塵も動かさない。
「ジングウジ様。お気持ちは察しますが、下がってください。彼女はエデン・グループが造り出した生体兵器。我々の敵です」
「違う! この子は操られていただけなの! お父様の呪縛は、私が切り裂いたから!」
「呪縛が消えたからとて、人外であることに変わりはないでしょう」
シルヴィは、極めて冷静に言い放つ。
「一度でもあのレベルの暴走を引き起こした個体です。もし再び魔力が不安定になり、この場で暴れ出したらどうするおつもりですか? ……これ以上の不確定要素は、ただの害悪でしかありません。速やかに処分します」
影がうねり、シルヴィの身体がスッと前傾姿勢になる。
一瞬で間合いを詰め、命を刈り取るための、無駄のない構え。
「いや、処分はさせない」
俺は、腕に抱えていたノアをセイラに預け、丸腰のまま、ノアを背中に庇うようにして、シルヴィの前に立ちはだかった。
「……ソウマ様。退いてください」
シルヴィの切れ長の瞳が、僅かに細められる。
アガートラームの装甲も失い、魔力も底を突いた、ただの雑魚。今の俺なんて、彼女がダガーを一振りするだけで容易く切り裂けるはずだ。
だが、俺は一歩も引かなかった。
「嫌だね。俺はこの子の兄貴らしいからな。だったら、何があっても守るのが、兄貴の役目だろ」
「……感情論ですね。失望しました」
「感情論じゃないさ。俺の『真贋鑑定』が、この子の安全性は証明している。俺の目はそっちだって信用してるんだろ?」
俺は右目を指さしながら、シルヴィに問いかける。
「アダムスとの繋がりは切れたんだ。この子はもう、ただの、行くあてのないお腹を空かせた子供だ……これでもまだ、危険だから殺すって言うのか?」
「貴方が嘘を告げている可能性もあります。何より、危険を排除するのが、私の仕事ですので」
「ちょっと、待たない? そこの影使いさん」
ひどく掠れた、けれど芯の強い声が、制御室の奥から響いた。
見れば、魔力を使い果たして壁にもたれかかっていた凛が、プラチナの腕輪をはめた左手で壁を支えながら、フラフラと歩み寄ってきていた。
「……サカイ様。貴女まで、彼女を擁護するのですか。貴女は直接殺されかけたでしょう。危険性は理解しているはずです」
「ええ、もちろん理解しているわ……だからこそよ、シルヴィ」
凛はフラフラの足取りをプラチナの腕輪で支えながら、獰猛な笑みをその唇に刻んだ。
「正真正銘のエデン・グループの最高傑作。それを何の利益も生まないただの死体にするなんて、ビジネスとして最悪の選択だと思わない?」
「……利益、ですか?」
シルヴィが不可解そうに眉をひそめる。
「そうよ。その子はエデンの最高機密……生きた情報源よ。この子が握っているエデンのシステム構造、そしてアダムスの計画の全容が、どれほどの価値を持つか、あなたに理解できないわけないでしょう?」
「それは……」
シルヴィが僅かに言葉を詰まらせた。
俺の感情論には「非合理的だ」と一蹴した彼女だったが、凛が提示した理屈は無視できなかったらしい。
「本気でエデン・グループを潰すつもりなら考えなさい。このプラント一つを潰した程度じゃ、生爪一枚剥いだくらいのもの。すぐに対処されるわ。だったら、この子を奪って、利用してやるほうが、アダムスは嫌がると思わない?」
「……なるほど。実に悪魔的で、そして魅力的な提案だね」
シャルルは階段を優雅に降りるような足取りで、ゆっくりと凛へと近づいた。その端正な顔立ちには、いつの間にか冷ややかさの消えた、心底楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「ただ排除するだけなど、無粋で野蛮なだけで『美』がない。……だが、宿主を裏切った最高傑作が、今度はその牙をかつての主に剥く。劇的で、美しい復讐のシナリオだね」
「じゃあ──」
「だが! 利益というなら、それを示してもらわねばなるまい。聞いてもいいかな? ノア」
シャルルのサファイアブルーの瞳が、すっと細められ、値踏みするようにノアを射抜いた。
「主要プラントの一つを潰され、本部のにも打撃を受けた。挙句の果てには、君という極上の戦力を失ってしまったアダムスは、次に何をする?」
「……私の予測でしかないけれど……お父様、アダムスは……計画を、前倒しにする」
「計画を、前倒しにする……?」
ノアの口から放たれたその言葉に、室内の空気が再び張り詰めた。
セイラがノアの肩をそっと抱き寄せ、シャルルはサファイアブルーの瞳を細めて、その先を促す。
「詳しく聞かせてくれ」
「お父様の目的は、神話級の遺物と魔物の因子を自らの肉体に融合させる『神化システム』の完成。本来なら、適合性を100%に高めるまで、あと数ヶ月の調整期間が必要だった……けれど、今回のプラント奪還の失敗、本社システムへの逆流。これらはすべて、彼の計算を大きく狂わせた」
ノアの茜色の瞳が、俺たちを静かに見つめる。
「お兄様たちが想定以上の速度で自分を脅かしていると知った以上、彼はこれ以上の遅滞を許さない。不完全な状態であっても、今ある魔力をすべて自らに充填し、強制的に『神化』を完了させるはず」
「強制的……嫌な予感しかしないわね」
凛がこめかみを指先でトントンと叩きながら、小さく息を吐き出した。
「お父様は、自分の目的のためなら、この大陸が魔物の群れに蹂躙されようと気にしない。すべてを焼き尽くしてでも、自らが神となるための魔力をかき集めるはず」
「そんなこと、絶対にさせない」
セイラが拳を強く握りしめ、その碧眼に強い決意の光を宿した。
腰の『エクスカリバー・アヴァロン』が、彼女の怒りに共鳴するように黄金の粒子を微かに散らす。
「……であれば、やるべきことは決まりだね。残る四つのプラントも同じように制圧するほかない」
「しかしながら、移動にかなりの時間を要します。アダムスの計画が完遂されるまで、どれほどの時間が残されているか分からない現状では、難しいと言わざるを得ません」
シルヴィは、現実的なタイムリミットを突きつけ、静かに首を横に振った。
アルプスの山脈をいくつも越え、さらに他国に点在する複数のプラントを制圧して回るには、数日、いや一週間以上の時間が必要だ。その間に、アダムスが本拠地で強制神化を終えてしまえば、すべては手遅れになる可能性は高い。
誰もが押し黙り、焦燥感がじわじわと広間を支配し始めた、その時だった。
「……できるかは分からないけど、お父様を止めるために、わたしから提案がある」
ノアの声が静寂を破った。
その瞳は、かつての虚ろな人形のそれではなく、自らの意志で未来を選び取ろうとする強い光を宿していた。