Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
パリ郊外、鬱蒼と生い茂る古い森の奥深く。
かつて人々が祈りを捧げたであろうその廃教会は、今や崩壊した石壁と、割れたステンドグラスから差し込む冷たい木漏れ日だけが支配する、静寂の檻と化していた。
瓦礫が散らばる礼拝堂の中央。 俺は一人、埃っぽい長椅子の背にもたれかかり、手のひらの上にある一粒の「種」を見つめていた。
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【名称】服従の種(未消費)
【ランク】危険物(測定不能)
【真価】条件を満たすことで、対象と絶対的な主従関係を結ぶ使い捨てアイテム。
【発動条件】
1.対象と会う直前にこの種を飲み込む(この種を飲み込んでから最初に会った人物が対象となる)。
2.対象に特定の3つの動作(握手、名前を呼ぶ、頷く)を行わせる。
3.以上の過程を、一切の不審を抱かれずに完遂すること。
【リスク】途中で意図を見破られた場合、使用者は自身の『メインスキル』を永久に喪失する。
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スキルの喪失。俺にとっては、あまりにも重すぎる代償だ。
もしアダムスに少しでも「怪しい」と思われれば、俺の『真贋鑑定』は永遠に失われるとなれば、さすがに緊張せざるを得ない。
「……ふぅ」
深く、長く息を吐き出す。 心臓が嫌な音を立てて脈打っているのが、自分でもよく分かった。
だが、怯えている時間はない。遠くから、落ち葉を踏みしめる規則正しい足音が聞こえてきた。
俺は意を決し、その黒い種を口の中に放り込んだ。
ゴクリ、と喉を鳴らして飲み込む。冷たい異物が食道を通って胃へと落ちていく感覚とともに、俺の全身の魔力回路が、見えない『楔』のように張り詰めた。
ギィィィ……。
錆びついた教会の重い扉が、ゆっくりと押し開けられた。 逆光を背に受けて、一人の男が静かに足を踏み入れてくる。
アダムス・ヒューズ。 すべてを失い、システムも崩壊したはずだというのに、彼の佇まいは未だ「王」そのものだった。
仕立ての良い漆黒のコートを羽織り、白金の装飾が施された杖をコツコツと鳴らしながら、彼は真っ直ぐに俺の前へと歩み寄ってくる。
そのサファイアブルーの瞳に宿る冷徹な光は、衰えるどころか、俺への深い侮蔑を湛えていた。
「はじめまして、俺が──」
「その薄汚い装い、貴様、影武者だろう。本物はどこだ?」
「……影武者、ですか。まあ、そう見えるのも無理はないですが、俺がMaster_Eye本人ですよ」
「本人?」
アダムスは鼻で笑い、持っていた杖を床に軽く突いた。
その目は、俺の事を、ただの路傍の石ころのように見下している。
彼にとって、己の世界を揺るがしたMaster_Eyeとは、もっと威厳に満ちた存在でなければなかったのだろう。
「その安っぽい服、強さの欠片も感じられない貧弱な魔力。貴様のような塵が、私の楽園に牙をむいたと? 欺瞞も大概にしたまえ。時間の無駄だ、今すぐ本物を呼べ。私の気は長くない」
「信じられないなら、あなたの手元にあるその杖についてお話ししましょうか」
俺はスッと右目を細め、彼の持つ杖を指差した。
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【名称】白金の守護杖(アダムス専用)
【ランク】伝説級
【真価】外見を18世紀のアンティークに擬態した、エデン製最高峰の魔導杖。指紋および魔力波形による認証ロック機能。内部にアダムスの生命維持をサポートする「緊急治癒魔力カプセル」を内蔵。
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「それは『白金の守護杖』。外見は18世紀のアンティークに見せかけていますが、内部には現代の魔導技術をはるかに超える超高密度の魔力増幅回路が仕込まれている。持ち手部分の白金細工はただの飾りではなく、指紋認証と連動した安全ロックだ。……そして、その奥にはアダムスさん、あなた専用に調整された『緊急用の治癒魔力』が圧縮されたカプセルが内蔵されている。……違いますか?」
「……っ!?」
アダムスの表情が、初めて微かに強張る。
『真贋鑑定』によると、彼の持つ杖の内部構造は、エデンの研究部門の中でも極限られた技術者しか知らない最重要機密らしい。それを、初対面の相手が、一瞥しただけで正確に言い当てたとなれば、俺が本物だと信じざるを得ないだろう。
「……なるほど。確かにその
アダムスは不快そうに目を細めながら言う。
あえて、眼だけはと言っているあたり、俺に対する評価自体は覆っていないようで何よりだ。
「ようやく信じてもらえたようで何よりです。……では、改めましてご挨拶を」
俺は、右手をアダムスの前に差し出す。我ながら、流れは悪くないはずだ。
プライドの高いこの男がこの状況で、握手を拒否するという弱みを見せるわけがない。
アダムスは差し出された俺の手を見つめ、不愉快そうに口元を歪め、差し出した手を見つめている。
「くだらん……まあ、いいだろう」
アダムスは手袋をはめた右手を伸ばし、俺の右手を握り返した。
――ガシッ。
(条件1、クリア。握手完了……やっぱり、俺からのアクションからは逃げようとしない。これは大分やりやすいぞ)
俺は静かに手を引き、長椅子に再び腰掛けた。アダムスは立ったまま、見下ろすように俺を睨みつけている。
「どうぞ、お座りください」
「用件を言え、Master_Eye。私をここまでおびき寄せて、何の真似だ」
「無視ですか……まあいいでしょう。しかしながら、Master_Eyeと呼ぶのはやめてくれませんか? 俺は商売の時はその名を使いますが、今は一人の人間として、あなたと対等に話がしたい。俺の本名は『相馬透《そうま とおる》』です。交渉を続けたいなら、俺のことは本名で呼んでください」
「何だと?」
アダムスの眉間に、ピキリと不快そうな青筋が浮かび上がった。
格下と見下している相手からの、対等発言と主導権を握るかのような要求。アダムスのプライドはさらに刺激されたことだろう。
「大事なことですよ。お互いの素性を正しく呼び合うことこそが、対等な交渉のスタートラインです。それを拒否されるのであれば、この場での話し合いは無意味です」
「……チッ、愚者ほど形式にこだわるものだな……相馬 透、これで満足か?」
「ええ。ありがとうございます」
俺はそう言って小さく頷き、アダムスを煽るように、椅子の背にもたれかかった。
(条件2、クリア。本名を呼ばせることに成功。あとは……最後の一つ、「頷かせる」だけだ)
全ての条件の達成が目前に迫り、心臓の鼓動がさらに高鳴るのを感じる。
しかし、油断は禁物。ここからが、最大の難所だ。
このプライドの塊にに首を縦に振らせなければならない。
「さて、本題に入りましょう……アダムスさん。あなたの進めていた計画……あれは、本当に完璧なものだったんですか?」
「何が言いたい」
アダムスの目が、一瞬にして殺気を帯びる。
「俺の『目』には、すべてが視えているんですよ。……あなたが造り出したクローン適合体、ノア。そして、あなたが自身の肉体に施そうとしていたシステム。あれらはすべて、魔物の細胞と人間の遺伝子を強引に適合させるためのものだった。……ですが、そもそも、魔物因子の適合率は、どれだけ調整を重ねても『99%』が限界だったはずだ」
「……っ」
「残りの『1%』の不確定要素。魔力回路が一時的に過負荷を起こした瞬間、体内の因子が暴走し、ノアのように、細胞の崩壊が始まる。……あなたは、自身の『神化』が成功したとしても、その後に肉体が内側から崩壊していく未来を、心のどこかで予見していたんじゃないですか?」
俺が突きつけたのは、『真贋鑑定』によって暴かれた、アダムス自身すらも目を背け続けていた欠陥だった。
「……あなたは、それを知っていながら、計画を強行しようとした。……違いますか、アダムスさん」
俺は、どこまでも静かに、彼の目を真っ直ぐに見据えて問いかけた。
アダムスは、相変わらず不愉快そうに俺のことを見据えているままだが、頷かないわけがない。アダムスにとって、俺ごときが知っている情報に、知りませんでしたと答えることは最大の屈辱に違いない。
そして、アダムスの肥大化したプライドは、その屈辱を決して許さない。
「……ああ。確かに、その不確定要素は、最後まで排除できなかった」
アダムスは、俺の予想通りに、小さく『頷いた』。
(よし!! 条件3、完遂――!)
その瞬間。
キィィィィィィンッ!!!!
脳内で、頭の芯を直接揺さぶるような、極めて高い高周波の共鳴音が鳴り響いた。
俺の腹の中に落ちていた『服従の種』が、一瞬にして眩い黄金色の光の粒子となって融解し、俺の全魔力回路を通じて、目の前にいるアダムス・ヒューズの魂へと、見えない『絶対の鎖』を伸ばした。
「がっ……!? な、何だ、これは……っ!?」
アダムスが、自らの胸元を強く押さえ、膝をついた。
彼のサファイアブルーの瞳が、一瞬だけ黄金色の光に支配され、激しく明滅する。
彼の脳内で、アダムス自身の強固な自我と、『服従の種』がもたらす『絶対順従』の命令が、激しく衝突し、融け合っていく。
──数秒後。
「はあっ……はあっ……!」
アダムスは、激しい荒い息を吐き出しながら、ゆっくりと顔を上げた。
彼の瞳からはすでに黄金の光は消え去り、元の冷徹な輝きに戻っている。彼の自尊心、俺を見下す冷ややかな視線も、何一つ変わっていない。
だが、彼の身体は、俺の存在に対して、本能的な『絶対の服従』を示していた。
「貴様……何をした!?」
「俺の勝ちだな。アダムス」
俺はゆっくりと長椅子から立ち上がり、床に転がっていた白金の杖を拾い上げた。
アダムスは反射的に俺を睨みつけ、その左手を突き出して、隠し持っていた魔力弾を放とうとした。
「消えろ、相馬透――ッ!」
「魔力を霧散させ、その杖を捨てろ」
静かに、明確に告げる。
「なっ……!?」
アダムスが目を見開く。
彼の意志とは裏腹に、左手に集まりかけていた凶悪な魔力の光が、まるで最初から存在しなかったかのように、スッと霧散して消えた。
さらに、彼が命よりも大切に握りしめていた『白金の守護杖』が、彼の右手の指先から勝手にはなれ、カラン……と、無機質な音を立てて石畳の床へと転がっていった。
「ば、馬鹿な……私の身体が、なぜ動かん……! 私の意志を無視して、なぜ……ッ!」
アダムスは、自らの自由にならない右手を凝視し、狂ったように声を震わせた。
俺のような雑魚の命令に従った事実。プライドの高い彼にとって、受け入れがたいことだろう。
「お前がセイラやノア、そしてお前の妻である琴音さんにしてきたことと同じだよ。他人を道具として扱い、利用してきた報いさ。……これからは、お前がその立場を味わう番だ」
俺が冷たく告げると、アダムスは屈辱のあまり、自らの舌を噛み切って自殺しようと奥歯を噛み締めた。
あまりの思い切りの良さに一瞬驚いたが、ここで死なれては琴音さんの呪いが解けなくなるかもしれない。
「っ……自傷行為、および自殺につながる一切の行動を禁止する」
「が……あ……っ」
俺の短い命令が下った瞬間、アダムスの顎の筋肉が勝手に弛緩し、彼は舌を噛むことすらできなくなった。
「お前はもう、俺の命令なしに傷つくことも死ぬこともできない……さあ、立ち上がれ、アダムス」
「う……おぉぉぉぉぉッ……!」
アダムスは、喉から血を吐くような悔しげな呻き声を上げながらも、その意志とは裏腹に、極めて優雅に、美しく、スッとその場に立ち上がった。
「よし、それじゃあ帰るぞ。黙ってついてこい」
「~~っ……!!」
俺はアダムスを従え、古い廃教会を後にした。