Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
重厚なアンティークデスクの上に、信じられないほどの厚さの法的書類が整然と並べられていた。
その対面に座るアダムスは、額から脂汗を流し、指先を小さく震わせながら、事務的な動作で次々と署名端末に電子サインを書き込んでいく。
「こ、ちらが……相馬透氏の提示された新たな経営方針に基づく、新生エデングループの事業計画書、および各種資産の譲渡誓約書で……す。ただちに、世界中の関連会社へ配信いたします……」
アダムスの喉から、かすれた、自らの運命を呪うような声が漏れる。
彼の意志は未だ『服従の種』に激しく抵抗し、俺を今すぐ噛み殺さんばかりの殺意を瞳に宿していた。
だが、その肉体は俺の命令に寸分の狂いもなく従い、世界で最も豪勢なパシリとして完璧に機能させられている。
「うん、素晴らしいわアダムス。これからはアンタのその優秀な経営能力を、すべて私の……こほん、透くんの資産を増やすためだけに、タダ働きで搾り取らせてもらうわね」
隣でタブレットを操作していた凛が、獲物を狙う雌豹のような笑みを浮かべて、データの同期完了を確認した。
「さて透くん、これで、手続きは全部終わったわ。たった今『株式会社アンティーク・アイ』へと名実ともに完全移行されたわけだけど……感想はある?」
「いや、感想って言われても……正直、俺もまだ夢を見てるみたいで……」
ぽつりとこぼした言葉は、本心だった。
ほんの数ヶ月前、俺は家賃2万5千円のボロアパートで、明日の食費にも困る底辺探索者だったのだ。それが今や、世界最大の魔導インフラ企業を丸ごと手中に収め、その創業者をデスクワークの奴隷にしている。
急激すぎる環境の変化に、脳の理解が追いついていないのが現実だった。
「ふふ、ちょっと情けないけど、変わらないのが透くんのいいところよね。まあ、実感が湧かないなら、これから口座に振り込まれてくる桁違いの数字を見て、ゆっくり慣れていけばいいわ」
「うんうん! 透は透のままが一番なんだから!」
「なんだよそれ……」
「褒めてるんだよ?」
セイラが嬉しそうに目を細めて俺の肩をぽんぽんと叩き、その横でノアも小さくコクコクと頷いている。
『フンッ、当然でございます! 主様は世界を統べるに相応しいお方!
それを陰ながらお支えしたのが、この第一の剣たるワタシなのですから、このような大企業の強奪など朝飯前というものですよ!』
背後でカリバーンが、偉そうに飛び回る。
「お前、今回は何もしてなかっただろ」
『なっ……!? ひ、酷い! ワタシが鋭い牽制を放っていたからこそ、あの男も諦めてサインをしたのです! 褒めてください!』
「もう、相変わらずねぇ」
凛がこめかみを押さえてため息をつく。
どこか浮ついていたが、この何気ない日常のやり取りが、これが現実であると俺に教えてくれる。
「さて、アダムス。俺たちは日本へ帰るが、お前はここに残ってエデングループの実務をこなしてもらう。俺だけじゃなく、凛とセイラの指示にも従って、魔力吸引プラントの完全停止と、これまでの被害地域への補償手続きを最優先で進めるんだ」
俺が静かに命令を告げると、アダムスはギリッと奥歯を噛み締め、血が滲むほど拳を握りしめた。 だが、彼の肉体は主人の言葉に逆らうことを許さない。
「……畏まりました。ただちに、残るプラントの安全な解体作業……並びに、被害地域への賠償ファンドの設立を……実行いたします……」
「よし。あと、一日の仕事が終わったら、掃除とか雑用諸々、忘れるなよ。お前が心から反省するまで、それが日課だ」
「が……っ、あ、あぁ……了解,いたしました……」
世界一のコングロマリッドの元頂点が、涙を流しながら雑用の命令を受理する。その無残で滑稽な姿に、俺たちは小さく息を吐いてから、アダムスの執務室を後にした。
◇
「おや、もうアダムスとの話はついたのかい?」
執務室の外に出ると、そこには美しい白スーツに身を包んだシャルルが、壁に寄りかかって優雅に紅茶のカップを傾けていた。その背後からは、音もなく影が揺らめき、シルヴィが静かに姿を現す。
「シャルルさん。ええ、手続きはすべて終わりました。アダムスはこれから、私たちの監視下でエデンの解体と賠償処理を進めることになります」
俺が答えると、シャルルはサファイアブルーの瞳を輝かせ、深く満足そうに頷いた。
「ブラヴォー。世界一の独裁者が、自らの意志を奪われ、美しく調律されたシステムの歯車となる……。これほど劇的で、皮肉に満ちた喜劇はそうそうお目にかかれないよ。実に美しい結末だ」
『フフン、よく分かっているではありませんかよ! これこそが我が主様の描き出した至高の美! 貴様のその美意識だけは評価して差し上げましょう!』
カリバーンが俺の背後でふんぞり返ったような体勢で偉そうに頷く。シャルルは「おや、やはりその魔剣も実に素晴らしい」と嬉しそうに目を細めていた。
「……アダムス・ヒューズの魔力波形の完全な変化はこちらでも確認しました。エデン本社の監視システムも、完全にアンティーク・アイの制御下にあります」
シルヴィがカリバーンを完全にスルーし、いつも通りの冷淡な声で淡々と報告する。だが、その切れ長の瞳には、俺たちに対する確かな敬意が宿っている。
「シャルルさん、シルヴィ。今回の欧州遠征、お二人の協力がなければ、俺たちはここまで辿り着けませんでした。本当にありがとうございました」
俺が深く頭を下げると、シャルルは「よしてくれたまえ」と華やかに手を振った。
「お礼を言うのは私の方さ、トオル。君の直してくれた『天上の涙《セレスティアル・ティア》』、そしてアガートラームの覚醒……。真の美に触れられただけで、私のパッションは十二分に満たされた。……それに、エデンのような醜悪な存在がこの美しき欧州から排除されたのは、ギルドにとってもこの上ない利益だからね」
シャルルはそう言って優雅に微笑むと、フロアの奥へと歩き出した。
「さあ、お別れの時間だ。君たちの祖国、日本への帰還ルートはすでに解放してある。国家間転送陣へ案内しよう」
「うん! ありがとう、シャルルさん,シルヴィ!」
セイラが元気よく手を振り、ノアもその隣で、シャルルとシルヴィに向かって小さく、ペコリと頭を下げた。
◇
フランスギルド本部の最深部。 無機質な大理石の床に刻まれた、巨大な幾何学模様の魔法陣――『国家間転送陣』が、淡い蒼光を放ちながら静かに明滅していた。
「それでは、気をつけて。……また、美しい奇跡を見せてくれる日を楽しみにしているよ、トオル」
「ええ。またいつか、こっちにも遊びに来ます」
俺たちはシャルルとシルヴィに見送られ、転送陣の中央へと足を踏み入れた。
「それでは、転送陣を起動します」
シルヴィが端末を操作すると、足元から凄まじい光の柱が立ち上り、俺たちの身体を優しく、包み込むようにして浮遊させた。
視界が真っ白な光に覆われ、空間が心地よく歪んでいった。