Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
静まり返った特別療養施設の廊下。
窓の外に広がる郊外の森は夕暮れ時に染まり、斜めに差し込む茜色の光が、床に長い影を落としていた。
先頭を歩くセイラの後ろを、俺、凛、そしてノアが静かに進んでいく。
ちなみに、カリバーンは感動の再開を台無しにしかねないので、アイテムボックスの中に幽閉してある。
一番奥にある、重厚な木製の個室の扉。セイラがその前でピタリと足を止め、ゆっくりと深呼吸をした。
「心の準備はいいか?」
「……うん」
俺が東郷さんから受け取った『特別入館証』をドアのセンサーにかざすと、カチャリ、と電子ロックが外れる静かな音が響く。
「……お母さん。入るよ」
セイラが震える手でノブを回し、扉を押し開けた。
病室の中央。
リクライニングベッドの背を起こし、窓の外に広がる夕焼けの庭園を眺めていた女性――
「あら……セイラ。お帰りなさい」
その顔を見た瞬間、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
あの日に見た、あの死人のように青白かった肌が嘘のようだ。頬には健康的な桜色の赤みが差し、枕に流れる艶やかな黒髪は、夕陽の光を浴びて美しく輝いている。
何より、その瞳には、以前の濁った灰色ではなく、深く澄み切った黒い輝きがあった。
(念のため、確認しておくか)
俺の右目の『真贋鑑定』が、彼女の身体に走る魔力の波形を捉える。
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【対象】神宮寺 琴音
【状態】健康体(回復期)
【詳細】
体内を蝕んでいた『魔力枯渇症(深淵の呪い)』の核は完全に消滅。
長年の寝たきりによる軽微な筋力低下、および一時的な魔力伝導率の乱れは見られるものの、内臓器官・魔力回路ともに完全なる自己修復が進行中。
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「……本当に、綺麗に消えてるな」
俺が小さく呟くと、隣のセイラはもう、堪えきれなくなったように床にバッグを落として駆け出していた。
「お母さん……っ! お母さん……!」
セイラはベッドの脇に崩れ落ちるように膝をつき、琴音さんの細い両手をぎゅっと、壊れ物を扱うようにやさしく握りしめた。その大きな碧眼から、ボロボロと堰を切ったように大粒の涙が零れ落ちる。
「セイラ、泣かないで……本当に、身体が軽いのよ。あの重苦しい澱みが、突然すっと霧が晴れるように消え去ってしまったの」
琴音さんは優しく微笑み、自由になった右手をゆっくりと伸ばして、泣きじゃくるセイラのプラチナブロンドの髪を愛おしそうに撫でた。
「お帰りなさい、セイラ。私の、愛しい娘。……東郷さんからすべて聞いているわ。頑張ってくれたのね」
「ううん、違うの……! 私一人じゃ、何もできなかった。透や、凛が、私と一緒に戦ってくれたから……っ!」
セイラは首を横に振り、涙に濡れた顔で俺と凛を振り返った。
琴音さんはその深い黒い瞳を俺たちに向け、ベッドの上で上半身を僅かに折って、深々と頭を下げた。
「透さん、凛さん。……我が儘な娘を支え、そして私のような、一度は死を覚悟した身に再び光を与えてくださり……言葉では尽くせぬほど、感謝しております」
「いえ……お礼なんて結構ですよ、琴音さん。俺たちは、セイラに何度も命を救われてきました。助け合いですよ」
少し照れくなって頬を搔きながら応えると、隣で腕を組んでいた凛も、小さく笑みをこぼした。
「そうですよ、お母様。弊社の大恩人を泣かせたままにするなんて、プライドが許しませんもの。……まあ、今回の出費と心労のぶんは、これからのエデン・グループの利益で1万倍にして回収しますので、お気になさらず」
「ふふ、たくましいお嬢さんね。良かったわ、セイラにこんなに素敵なお友達がいてくれて」
琴音さんの穏やかな笑い声が、病室に満ちていく。
だが、そんな温かな光が満ちる部屋の隅。
俺のすぐ後ろで、ノアが小さく震えながら、俺の作業服の裾をぎゅっと握りしめて立ち尽くしていた。
彼女は、自分が琴音さんの視界に入ることを恐れるように、小さく身体を丸め、その茜色の瞳を伏せている。
「お母さん。……紹介したい子が、いるの」
ノアの様子に気が付いたセイラが立ち上がり、その小さな手を優しく引いて、ベッドの前に引き寄せた。
「この子は、ノア。お父様が……私の遺伝子から造り出したクローン。……でもね、私たちと命がけで一緒に戦ってくれた妹なの」
「……! そう……完成していたのね」
琴音さんの視線が、ノアへと向けられた。
ノアは、琴音さんの視線を受けて、拒絶を覚悟したようにぎゅっと目を瞑り、その細い身体を震わせた。
「……神宮寺、琴音、さま。初めまして、ノアです。……わたしは、あなたを苦しめるのに協力してて……その……ごめんなさい、こんな、わたしが……っ」
不器用に言葉を紡ぎながら、ノアの目からぽろぽろと零れ落ち、大理石の床に小さな丸いシミを作っていく。
だが、琴音さんはそんな少女を、憎むような目は一切していなかった。
「はぁ……娘に『神宮寺 琴音さま』なんて……傷ついちゃうわね」
「え? む、すめ?」
ノアは、濡れた睫毛を震わせながら、信じられないというようにゆっくりと顔を上げた。
そんな少女に向けて、琴音さんは苦笑交じりの、けれど心からの慈愛に満ちた柔らかな微笑みを向け、ベッドの上でそっと両腕を広げた。
「当たり前じゃない。セイラと同じ血を分け、そして何より、そうやって私を思いやって涙を流せる優しい女の子を、私の娘と呼ばなくてどうするの?」
琴音さんはベッドから上半身をそっと起こし、ノアをその温かな両腕の中に引き寄せた。
「あ……っ……」
ノアの小さな身体が、琴音さんの胸にすっぽりと包み込まれる。
アダムスの冷たいガラスカプセルの中でも、暗い地下の実験施設でも、一度だって感じたことのない、すべてを優しく包み込むような本物の温もり。
「傍にいてあげられなくて、ごめんなさいね。ずっと寂しかったでしょう? これからは私のことを『お母さん』と呼びなさい。セイラと一緒に、たくさん美味しいものを食べて、たくさんお話ししましょうね」
「お、かあ……さん……」
ノアの小さな唇から、ようやく絞り出されたその一言。
アダムスの都合のいい『人形』として造られ、愛を知らずに生きてきた彼女が、生まれて初めて口にした、家族を呼ぶ声だった。
「ええ、そうよ。お母さんよ。ノア、私の可愛い娘……」
琴音さんは愛おしそうに、ノアの背中を何度も、何度も優しくなでる。
「う、うわぁぁぁぁんっ……! お母さん、お母さんっ……!」
ノアは感情を完全に決壊させ、琴音さんの胸に顔を埋めて、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
張り詰めていた緊張も、自分がクローンであることへの罪悪感も、すべてが琴音さんの無償の愛によって、温かく溶かされていく。
「あはは、よかったね、ノア!」
セイラも涙をこぼしながら、二人をまとめてぎゅっと強く抱きしめる。
夕暮れの優しい茜色の光が、抱き合う母娘の三人を優しく包み込んでいた。
その温かな光景を、俺と凛は少し離れた場所から静かに見守っていた。
「……本当に、良かったわね」
凛が目元を指先でそっと拭い、静かに呟く。
「ああ。色々あったけど、これで本当に全部、片付いたな」
三人が抱き合い、涙が落ち着くまで、俺たちは静かに待っていた。
やがて、ノアが少し恥ずかしそうに顔を上げると、琴音さんは優しく微笑んでその涙を拭ってやる。その手つきは、どこまでも慈愛に満ちている。
「透さん、凛さん。この子たちを私の元に連れてきてくれて、本当にありがとうございました。神宮寺の血に縛られていたあの子が、こうして心から笑えるようになったのは、お二人のおかげです」
琴音さんは改めて、深く感謝の意を示してくれた。
「お安い御用ですよ、お母様。これからリハビリもあるでしょうし、何か必要なものがあればアンティーク・アイが全力でサポートしますから」
「あら、頼もしいお言葉ね。でも、まずは美味しいご飯をみんなで食べたいわ。ギルドの病院食は、身体には良くても少し味気なくて」
琴音さんがお茶目に笑うと、セイラとノアが同時に目を輝かせた。
「お母さん! 美味しいものって、やっぱりお肉!? それともお寿司!?」
「……わたし、お姉さまと同じものが、食べたい」
「ふふ、やっぱり親子ねぇ。じゃ、近々、お祝いに特上のお寿司でも出前しましょうか。もちろん、社長のおごりでね?」
凛が意地悪そうに俺を肘で小突く。
「ああ、いいよ。いくらでも奢ってやるさ」
俺が胸を張ると、病室はまた温かい笑い声に包まれた。
窓の外では、茜色だった夕焼けが徐々に深い夜の青へと溶け込んでいく。
『真贋鑑定』で視るまでもなく、いま俺の目の前にある、手を取り合って笑い合うセイラたちの姿――これこそが、俺がどん底から這い上がり、守り抜いた、何よりも価値のある本物の宝なのだと確信できた。
「さて、お祝いの準備を始めようか」
「ええ、極上の宴にするわよ。アダムスから巻き上げたヴィンテージワインも開けちゃいましょう」
「お前、いつの間に……」
「さすが、凛!」と笑うセイラに、ノアも嬉しそうに頷く。
賑やかな彼女たちの声を背に、俺は出前アプリを開いた。俺たちの新しい日常は、今ここから、最高の温かさとともに新しく始まっていくのだ。