Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
あれから、数年の月日が流れた。
かつて新宿の地下数十メートルにひっそりと造られたアンティーク・アイのシェルターは、今や世界最大の魔導技術開発センター、そして『株式会社アンティーク・アイ』の総本部ビルとして、地上へ向けて壮大にそびえ立っていた。
エデン・グループを完全に吸収したことで、俺たちの会社は世界中のダンジョンインフラと、魔導具の流通を完全に掌握していた。
会社の総資産はもはや一国の国家予算すら遥かに凌駕し、世界一の富豪となった俺の口座残高は、数え切れないほどのゼロが並ぶ、バグったゲームの数字のようになっていた。
だが、俺たちの生活自体は、驚くほどに、あの日と何も変わっていなかった。
「――ねえ、透くん。本当に今日も、この書類全部に目を通さなきゃダメか、なんて顔しないでちょうだい」
総本部ビルの最上階、東京を一望できる広大なプライベートルーム。
ふかふかのソファに沈み込んでいた俺に対し、デスクの向こうから凛が鋭い視線を投げかけてきた。
仕立ての良い高級なオフィススーツを着こなし、今や世界を裏から操る「鉄の女」として恐れられている彼女だが、その左腕には、あの日俺が渡した『聖女の反逆盾《イージス・リフレクト》』が、今も大切に嵌められている。
「いや、ちょっと目を休めてただけだよ……」
「言い訳は却下よ。アンタがサボったら、世界中の魔導具の流通が一時的にストップしちゃうの。ほら、エデンから回収されたジャンク品の査定リスト、早く目を通して」
「はぁ……社長って、意外と重労働だな」
俺が苦笑しながらコーヒーを啜っていると、部屋の扉が静かに開き、上品な制服に身を包んだ少女が歩み寄ってきた。
「お兄様、お疲れさま。……お茶、淹れたよ」
少しだけ背が伸び、見違えるほど綺麗な少女に成長したノアが、俺の隣にそっとカップを置いてくれた。
茜色の瞳は穏やかな光を湛え、額の小さな角は、今や彼女の愛らしいチャームポイントとして定着している。彼女は現在、アンティーク・アイの特別技術スタッフとして、俺の修復したアイテムの検証や、後衛の補給支援を一手に引き受ける頼もしい家族になっていた。
「ありがとう、ノア。助かるよ」
「うん、お兄様。お姉さまも、もうすぐ戻ってくるって」
ノアが穏やかに微笑んだ、まさにその時だった。
バァンッ! とプライベートルームの重厚な扉が、勢いよく開け放たれた。
「ただいまーっ、透! ノア、凛! 今日の遠征も大成功だよ!」
風を巻き起こすようにして入ってきたのは、プラチナブロンドの長い髪をハーフアップにまとめたセイラだった。
数年の歳月を経て、彼女の美しさはさらに洗練され、今や世界最強の探索者にして人類の至宝である『剣聖』として、その名を轟かせている。
だが、腰に帯びた『聖剣エクスカリバー・アヴァロン』の神々しいオーラとは裏腹に、彼女は天真爛漫なままだ。
「おかえり、セイラ。早かったな」
「うん! 深層に新しいボスが出たらしいから、運動代わりにちょっと叩いてきただけ。ほら、これお土産!」
セイラはそう言うと、背負っていたバッグから、泥と結晶にまみれた『奇妙な形状の金属塊』を、大理石のローテーブルの上にドスンと置いた。
「ちょっとセイラ! テーブルの上に、そんな泥だらけのゴミを置かないでよ! 高いんだから!」
「えー、いいじゃん! これ、深層のボスの部屋の奥に落ちてたんだよ? すっごく気になるオーラが出てたから、透に見てもらおうと思って!」
セイラはむっと頬を膨らませ、俺の隣に座り込んで、テーブルの上のお茶菓子を早速つまみ食いし始めた。
「まあまあ。せっかくセイラが拾ってきたんだ、見てみるよ」
俺はコーヒーカップを置き、右目に意識を集中させて『真贋鑑定』を発動した。
――ブォン。
視界が軽く歪み、泥だらけの金属塊の上にシステムウィンドウが展開される。
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【名称】
【状態】重度の泥汚染、魔力休眠
【真価】着用者の魔力限界を永続的に上昇させ、精神干渉魔法を完全に無効化する。
【修復方法】超音波洗浄と、中性洗剤による表面洗浄。
【推定市場価格】130億円以上
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「……アタリだな。それ、100億はくだらないぞ」
「100億……!」
俺の口から告げられた査定額に、凛の瞳が一瞬にして眩い円マークへと切り替わった。
先ほどまでの「テーブルが汚れる」という怒りはどこへやら、彼女は手元の端末を猛烈な勢いでスワイプし、すでに買い手のリストアップを開始している。
「セイラ、よくやったわ! アンタこそ我が社のエースよ!」
「えへへ、でしょ!」
セイラは誇らしげに胸を張り、お茶菓子を美味しそうに咀嚼した。
「よし、じゃあ軽く治しちゃうか。ノア、いつもの超音波洗浄機と洗剤を用意してくれ」
「うん、お兄様。すぐ持ってくるね」
ノアが嬉しそうにパタパタとキッチンへ向かおうとした、その時だった。
『――ちょっとお待ちください、主様ァッ!!!』
テーブルの上に置かれていたカリバーンが、突然カタカタと激しく震え出し、フワリと俺のすぐ隣に飛んできた。黒と銀の刀身を小刻みに揺らしながら、脳内に直接、必死な抗議の声を届けてくる。
『また新しい神器に浮気するのですか!? 酷いです! そんなものに構う暇があるのなら、ワタシを手入れしてください!』
「その王冠を洗った後に、お前を最高級のオイルで磨いてやるから。ほら、静かにしてろ」
俺は、浮遊しているカリバーンの柄の部分を、優しくポンポンと撫でてやった。
『……ああっ、主様の優しきぬくもりが、ワタシの魂の髄まで……至福、至福でございますッ……!』
カリバーンは一瞬にして刀身を(魔力の光で)ほんのり桜色に染めてモジモジと震えながら、嬉しそうに俺の背後に寄り添うようにして浮かんでいた。
凛は完全に呆れ顔になり、セイラとノアは楽しそうにクスクスと笑い声を上げている。
窓の外に目を向ける。
広大なプライベートルームのガラス越しに広がる、東京の煌びやかな夜景。その中心にそびえ立つ、巨大なダンジョンのゲート。
かつてFランク探索者としてパーティを追放され、残高1,280円だったあの冷たい雨の日。
ゴミ捨て場で錆びた剣を拾わなければ、俺は今頃どうなっていただろうか。
手の届かないほどの大富豪になっても、俺のやることは変わらない。
汚れたガラクタを拾い、市販の洗剤で磨き上げ、本来の価値を取り戻してやる。それだけだ。
大事なのはいつだって、丁寧なお手入れ。
そして何より――。
(俺が手に入れた、世界一の『お宝』は……)
俺は、賑やかにじゃれ合うセイラとノア、嬉しそうに端末を叩く凛、そして俺の背後にすり寄るカリバーンの姿を見つめた。
(……こいつらと出会えたことだな)
「社長、のんびりしてないで、さっさとその100億円、洗ってらっしゃい!」
「お兄様、お洗濯、わたしもお手伝いする」
「私も! あ、洗った後は焼き肉ね!」
「はいはい。それじゃ、サクッと洗ってくるとするか」
俺は笑いながら、中性洗剤のボトルを手に取り、作業台へと向かった。
俺たちの眩い日常は、これからもずっと、温かい笑い声とともに続いていくことだろう。
完