Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
午後2時頃。
指定されたのは、都内一等地にある会員制ラウンジのVIPルームだった。
重厚な扉を開けると、酒井 凛が、いかにも高級そうなスーツに身を包み、足を組んで座っていた。
テーブルの上には、分厚い契約書が二部、綺麗に並べられている。
「よく来たわね、透くん。待ってたわ」
凛は、まるで勝利を確信している女王のような笑みを浮かべていた。
昨日のニュース――セイラが俺のバックについたという報道を見たはずなのに、その余裕。
彼女は「セイラが同席していない」この状況こそが、自分にとって最大のチャンスだと信じて疑っていないのだ。
「……待たせたな」
「さっそく本題に入りましょうか。これが、透くんの利益を最大化するための『専属マネジメント契約書』よ。内容は昨日データで送った通り。マージンは約束通り、たったの15%にしておいたわ」
凛は、マニキュアの塗られた指で、契約書のサイン欄をトントンと叩いた。
「これにサインしてくれれば、面倒な海外展開も、アンチの処理も、全部私がやってあげる。透くんは、ただ安全な部屋でアイテムを直してるだけで、一生遊んで暮らせるお金が入ってくるわ。……最高でしょ?」
甘い声。柔らかな微笑み。
少し前の俺なら、この雰囲気に呑まれて、中身もろくに読まずにサインしていただろう。
相手は元パーティメンバーで、交渉のプロ。対する俺は、戦闘力皆無のFランク。
彼女の目には、俺が「運良く大金を手にしただけの、扱いやすいカモ」にしか映っていない。そのことを今はしっかりと理解している。
「……なぁ、凛」
「ん? 何?」
「この第8項の『海外取引における為替差損益の帰属』と、第12項の『システム管理費の外部委託』についてなんだけど」
俺がその項目を口にした瞬間。
凛の肩が、ほんのわずかにビクッと跳ねた。
「これ、要するに……お前が新しく立ち上げたペーパーカンパニーを経由して、俺の利益の約70%が、合法的にそっちに流れる仕組みになってないか?」
「っ……!」
凛の顔から、スッと表情が消えた。
ラウンジの優雅なBGMだけが、やけに大きく響く。
「な、何言ってるのよ透くん。そんなわけ――」
「誤魔化しても無駄だ。俺のスキルで見てみたんだ。アイテムだけじゃなく、こういう『書類の真意』みたいなのもはっきりと視えるらしい」
俺はそう言って、自らの右目を指差した。
凛の顔色が、みるみるうちに青ざめていく。
鑑定スキルが書類の法的トラップまで見抜くなど、常識ではあり得ない。だが、俺がピンポイントで罠の条項を指摘したことで、彼女は完全に理解したはずだ。
自分の仕掛けた完璧な罠が、最初からすべて見透かされていたことに。
「……っ、ふ、ふざけないでよ!」
バンッ! と凛がテーブルを叩き、立ち上がった。
先程までの甘い態度は完全に消え失せ、本性の剥き出しになった瞳で俺を睨みつける。
「ただの荷物持ちの分際で……! ちょっと小金を手にしたからって調子に乗らないで! あんたみたいな世間知らず、一人じゃ商売なんて回せないわよ! 結局、私みたいなプロがいないと――」
「ああ、だからプロに頼んださ」
俺は冷静に彼女の言葉を遮り、自分の鞄から、別の真新しいクリアファイルを取り出した。
「な、によこれ……」
「新しい契約書だ。今朝、D・マーケットのプレミアム会員権を使って、弁護士にオンラインで急ピッチで作成してもらった。金はあるからな」
「べ、弁護士……!?」
「ああ。そっちの契約書も一応見せたんだけどさ、『あまりにも悪質すぎる』って呆れてたよ。詐欺未遂で訴えることもできるって言われた」
凛がワナワナと震え出し、その場にへたり込むように座り直した。
「……昨日、一人で行くって言ったのは……」
「お前を安心させるためだ。セイラさんを連れてきたら、お前は警戒して尻尾を出さないかもしれないだろ?」
俺は、俺自身が用意した契約書を、スッと凛の前に滑らせた。
「俺は、お前の実務能力と、金の匂いを嗅ぎつける才能だけは買ってるんだ。だから、俺の元で
俺は冷たい声で、条件を告げた。
「マージンは2%。俺の指示に絶対服従。少しでも不正を働いたり、情報を漏洩させたりした場合は、違約金として100億円を請求する。……もちろん、サインするかどうかはお前の自由だ」
「にっ、2%!? 違約金100億!? 冗談じゃないわよ! 奴隷契約じゃない!!」
「なら、この話はなかったことにしよう」
俺はあっさりと契約書を引っ込めようとした。
「ま、待って!!」
凛が悲鳴のような声を上げ、契約書を押さえた。
「お前、剛田のパーティを勢いで抜けちゃったんだろ? 手持ちの資金なんて大してないはずだ。ここで俺との契約を蹴ったら、お前は無職だ」
「うっ……」
「おまけに、俺の背後には『剣聖』神宮寺セイラがいる。昨日のニュースで見たろ? 俺に不当な搾取をしようとした奴がどうなるか。……もし俺がこの詐欺未遂の契約書の件をセイラに話したら、お前、この業界にいられると思うか?」
完全に詰みだ。
俺が金とコネ、そしてスキルをフル活用して構築した、逃げ場のない包囲網。
凛はギリギリと唇を噛み締め、悔し涙を浮かべながら俺を見上げた。
「……こんな、はずじゃっ……都合のいいカモのはずだったのに……!」
「誰かさんに騙されそうになって、反省したんだよ」
俺はペンを差し出した。
「さあ、選べよ。俺の優秀な
震える手でペンを受け取った凛は、数秒の葛藤の後――自らの敗北を認めるように、契約書にサインを書き殴ったのだった。