Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~   作:えだのあ

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第21話 身の程知らず

Side:剛田 浩司(ごうだ こうじ)

 

「はぁっ、はぁっ……クソッ! なんで中層にこんなバケモノがいやがるんだよ!?」

 

 新宿ダンジョン地下30階、通称『中層エリア』。

 俺――剛田浩司は、薄暗い洞窟の中で、絶望的な逃走劇を繰り広げていた。

 息は上がり、全身は泥と自分の血で汚れきっている。

 

 後ろを振り返ると、ドスンドスンと地響きを立てながら、赤黒い巨体が迫ってきていた。

 中層の通常ボスであるオーガ……ではない。

 全身の筋肉が異様に膨れ上がり、四つの目を持つ狂暴な上位種――『ブラッド・オーガ』だ。深層エリアにしか生息していないはずの、Aランク相当の化け物である。

 

「ひぃぃぃっ! こっちに来るなァァッ!」

 

 俺の数メートル後ろを走っていた魔法使いの田代(たしろ)が、半狂乱になって叫んだ。

 

 ギルドの裏掲示板の噂は本当だったのだ。

 深層のモンスターが、何かから逃げるように中層へと上がってきている。特別報酬に目が眩んでクエストを受注したのが、完全に裏目に出た。

 

「田代! 足止めしろ! 魔法を撃て!」

 

「む、無理っすよ! さっきから魔力が全然通らなくて――」

 

 田代が走りながら杖を振り向けるが、先端の魔石は弱々しく瞬くだけで、火球の一つも生み出さない。

 凛がいなくなったことで、ポーションの残量管理もガタガタだ。すでに回復手段は底を尽きている。

 

(なんでだ……俺たちはツイてたはずだろ!?)

 

 先日、意味不明な黒い石がネットで1万円で売れた。

 俺たちはその金で美味いものを食い、「この勢いなら中層のボスだって余裕だ」と息巻いてダンジョンに潜ったのだ。

 あんな『足手まといの荷物持ち』も、『口うるさい女』もいなくなった。俺の自慢の剣技さえあれば、Bランクへの昇格も目前のはずだった。

 

 なのに。

 ダンジョンに入ってから、俺の愛剣はまるでナマクラのように斬れ味が悪かった。

 いつもなら簡単に切り裂けるはずのゴブリンの皮膚すら、まともに刃が通らない。田代の魔法も不発続きだ。

 

「……ッ、相馬の野郎! 俺の剣に呪いでもかけやがったのか!?」

 

 俺は理不尽な怒りを、すでにパーティにいないかつての仲間に向けた。

 アイツが毎日、気味悪いくらいに布で俺の武器を磨いていた姿が脳裏をよぎる。アイツがいなくなってから、明らかに武器の調子がおかしいのだ。

 メンテ不足? 寿命?

 そんなわけがない。俺の剣は、借金してまで買った業物なんだ。

 

 ――グォォォォォォォォォッ!!!

 

 背後で、ブラッド・オーガが鼓膜を破るような咆哮を上げた。

 その瞬間、猛烈なスピードで距離を詰めてきた巨腕が、田代の体を薙ぎ払った。

 

「ぐはぁッ!?」

 

 田代の体が紙切れのように吹き飛び、岩壁に激突して動かなくなる。

 

「た、田代ぉっ!?」

 

 俺は足を止め、ガクガクと震える手で大剣を構えた。

 逃げ切れない。

 やるしかない。

 

「舐めるなァァァッ!! 俺は、『ブレイブ・ソード』のリーダーだぞォォッ!!」

 

 俺は渾身の力を込め、ブラッド・オーガの丸太のような腕に向けて、大剣を振り下ろした。

 決まれ。

 俺の最強の一撃。

 

 ガァァァァァンッ!!

 

 鈍い金属音が、洞窟に響き渡った。

 

「……え?」

 

 俺は、自分の目を疑った。

 ブラッド・オーガの腕には、傷一つついていない。

 それどころか。

 

 パキッ……ピキィィィィン!!

 

 俺の自慢の、何百万円もした大剣が。

 刃こぼれしていた部分から無惨にひび割れ、粉々に砕け散ったのだ。

 

「あ、ああ……俺の、剣が……」

 

 折れた柄だけを握りしめ、俺はその場にへたり込んだ。

 オーガが、血走った四つの目で俺を見下ろしている。

 振り上げられた巨大な拳。

 死ぬ。

 ここで、俺はダンジョンの肥やしになるのか。

 

 俺はギュッと目を閉じ、痛みに備えた。

 その時だった。

 

「――おい! あそこで誰か襲われてるぞ!」

 

「ヤバい、あれブラッド・オーガじゃん! 中層になんで!?」

 

「とにかく加勢するぞ! 死なせるな!」

 

 若い、聞き慣れない声が通路の奥から響いた。

 目を開けると、俺たちよりずっと年下に見える、いかにも経験の浅そうな三人組の初心者パーティがこちらへ向かって走ってくるのが見えた。

 

「ば、馬鹿野郎! 逃げろ! そいつはAランクだぞ! お前らなんかの武器で――」

 

 俺が制止の声を張り上げようとした、次の瞬間。

 

 先頭を走っていた剣士が、腰から一本の『地味な長剣』を引き抜いた。

 装飾もない、ギルドの購買で売られているような量産品の剣だ。

 だが、その刀身が抜かれた瞬間、洞窟の空気がビリッと震えたのを俺は確かに感じた。

 

「はぁぁぁぁッ!!」

 

 剣士が、オーガの足元へ滑り込み、何の変哲もない横薙ぎの一閃を放つ。

 

 ――スパーンッ!!

 

 信じられない光景だった。

 俺の全力の一撃を弾き返し、大剣を粉砕したブラッド・オーガの分厚い皮膚が。

 少年の振るうただの長剣によって、まるで熱したナイフでバターを切るかのように、いともたやすく両断されたのだ。

 

「グ……ギェェェェェェッ!?」

 

 オーガが悲鳴を上げ、大量の血を噴き出しながらバランスを崩す。

 その隙を逃さず、後衛の魔法使いの女が杖を掲げた。それもまた、使い古されたような安物の木の杖だ。

 

「いっけぇぇぇ! ()()()()()()()()()()()()()()》ッ!!」

 

 放たれた魔法は、初心者とは思えないほど極太で、圧縮された灼熱の斬撃だった。

 それがオーガの顔面に直撃し、爆発。

 巨体がドスンと音を立てて倒れ伏し、二度と動かなくなった。

 

「や、やった……! 俺たち、ブラッド・オーガを倒したぞ!」

 

「信じらんない! この間ネットで買った格安武器、性能ヤバすぎ!」

 

 ガキどもが歓喜の声を上げて抱き合っている。

 俺は、腰を抜かしたまま、ただただ呆然と彼らを見上げていた。

 

「な、なんだよ……それ」

 

 俺は震える声で、剣士のガキに尋ねた。

 

「お前……その武器、一体どこで……」

 

「え? あ、大丈夫ですかおじさん!」

 

 ガキが屈託のない笑顔で、オーガの血を振り払った長剣を鞘に納める。

 

「これですか? 『D・マーケット』のフリマ枠で、数千円で売られてたんですよ!」

 

 剣士のガキは自慢げに胸を張った。

 言われてみれば、なんとなく見覚えがある。

 格安の、雑魚が使う武器だとスルーした……

 

「『練習がてら直したB級品です。初心者向け』って書いてあったんですけど、切れ味バツグンで! 出品者の名前、たしか――『Master_Eye』って人です!」

 

「……マスター……アイ、だと?」

 

 ギリッ、と。

 俺の奥歯が、砕けそうなほど強く噛み鳴らされた。

 

 Master_Eye。最近、テレビやネットで騒がれている正体不明の職人。

 神宮寺セイラの隣で、ガスマスクを被ってふんぞり返っていたあの不審者の裏にいるであろう何者か。

 

「ふざ……けるな……」

 

 どこの馬の骨とも知れないぽっと出の職人が「練習」で作った数千円の玩具が。

 俺が血の滲むような思いで借金して買った、何百万円もする大剣を上回るだと!? 

 

「あ、あの、おじさんたち怪我してるし、俺たちが上層まで護衛しましょうか?」

 

「……触るなァッ!!」

 

 俺は差し出された手を激しく払い除け、折れた剣の柄を握りしめて立ち上がった。

 

「おじさん?」

 

「同情なんていらねえ! 俺はBランク間近の冒険者だぞ! てめえらみたいなヒヨッコに哀れまれてたまるかッ!」

 

 気絶している田代を担ぎ上げる余裕すらない。

 俺はフラフラとした足取りで、初心者たちに背を向けて洞窟の奥へと歩き出した。

 

(このままじゃ終われない……! 凛に逃げられ、相馬みたいなゴミも消え、武器まで失って……この上、初心者ガキに同情されて手ぶらで帰れるか!)

 

 何か、何か高く売れるお宝はないか。

 血走った目で周囲を見渡す俺の視界に、あるものが飛び込んできた。

 

 ブラッド・オーガが現れた通路のさらに奥。

 岩壁に埋め込まれた、赤黒く脈打つ巨大な結晶体。

 その表面には、何重にも複雑な魔方陣が刻み込まれている。

 

「あ、あぁ……!」

 

 直感が告げている。あれはダンジョンの構造そのものに関わる、ヤバい代物だ。あのオーガは、きっとあれを守っていたか、あれの放つ魔力に引き寄せられていたに違いない。

 だが、同時にとてつもない純度の魔力を秘めているのも分かる。

 

 あれを持ち帰ってギルドに、いや裏ルートで売り飛ばせば、数千万……いや億単位の金になるかもしれない!

 そうすれば、Master_Eyeの作った装備だって買える。最強の装備を揃えて、俺を馬鹿にした奴ら全員を見返してやる!

 

「俺は……『ブレイブ・ソード』のリーダー、剛田 浩司(ごうだ こうじ)だぞォォッ!」

 

 俺は狂ったように叫びながら、その巨大な結晶体に駆け寄り、折れた剣の柄で力任せに殴りつけた。

 

 ガキィィィンッ!!

 

 ピキッ……パリンッ!

 

 呆気なく砕け散る結晶体。

 その瞬間――ダンジョン全体を揺るがすような、地の底からの()()()()()()が幾重にも重なって響き渡ったような気さえした。

 

 

 剛田 浩司は砕けた石の欠片を握りしめ、暗闇の中で下品に笑っていた。

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