Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
Side:
新宿ダンジョンギルド本部、一階の鑑定買取窓口。
大理石が敷き詰められた広々としたロビーで、俺――剛田浩司は、カウンター越しに座る初老の鑑定士をギロリと睨みつけていた。
「……おい。今、なんて言った?」
「ですから、何度見ても同じですと申し上げております。ただの不気味な石の欠片ですね。微量な魔力の残滓は感じますが、素材としての価値は全くありません。よって、買取価格はゼロ円です」
鑑定士は、事務的な、悪く言えば俺を完全に虫けら扱いするような冷淡な声でそう告げた。
そして、俺がダンジョン中層の最奥から命からがら持ち帰ってきた『赤黒い結晶の欠片』を、まるで汚物でも扱うかのようにトレイに乗せて押し返してきたのだ。
「ふ、ふざけるな! 適当なこと言ってんじゃねえぞ! これは俺が、中層の奥深くにいたブラッド・オーガから命懸けで奪ってきたヤバい魔石だぞ!? ちゃんと鑑定しやがれこのヤブジジイ!」
俺はカウンターに身を乗り出し、怒鳴り声を上げた。
この石は、俺の最後の希望なのだ。これが億単位、いや数千万円でもいいから売れなければ、俺は完全に終わってしまう。
「お客様、大声を出さないでください。ギルド内で暴れるようであれば、規約に則り警備員を呼びますよ」
鑑定士は微塵も怯むことなく、冷ややかな視線を俺に向けた。
「……だいたい、最近の中層エリアは深層の魔物が徘徊していて非常に危険な状態です。そんな場所から逃げ帰ってきた挙句、出所も分からないようなただの瓦礫の欠片で一攫千金を狙おうなんて、探索者という職業を舐めるのも大概になさい。あなたのような身の程知らずが、無駄に命を落としてギルドの処理費用を嵩ませるんですよ」
「なっ……てめぇ……ッ!」
俺は拳を振り上げた。
だが、その手が振り下ろされることはなかった。周囲の探索者たちが一斉に足を止め、こちらに冷笑や哀れみの入り混じった視線を向けていることに気づいたからだ。
かつてはBランク昇格間近の有望株として、誰からも一目置かれていた俺が、今やただの厄介者として嘲笑の的になっている。
これ以上ここで騒げば、本当にギルドのブラックリストに入れられ、ダンジョンへの入場制限をかけられかねない。
俺は奥歯を噛み砕きそうなほどギリッと鳴らし、トレイの上の石の欠片をひったくるようにして、逃げるようにギルド本部から飛び出した。
◇
ギルドから離れた路地裏を歩きながら、俺は舌打ちを繰り返していた。
ポケットの中のスマホが、何度も震えている。画面を見ると、画面のひび割れた向こう側に『田代の母親』という表示が浮かんでいた。
「……チッ、うぜぇな」
俺は着信を拒否し、スマホをポケットにねじ込んだ。
魔法使いの
田代の親は、パーティのリーダーである俺にその費用を払えと泣きついてきているのだ。
払えるわけがない。
俺の全財産を注ぎ込んで買った自慢の大剣は、あの中層の洞窟で粉々に砕け散り、手元には無惨な柄の部分しか残っていない。
現在の所持金は、千円札が数枚と小銭が少しあるだけ。新しい武器を買うどころか、今日の飯代すら怪しいのだ。
ヒーラーの凛は、俺たちを裏切ってどこかへ消えた。
あの女がいれば、金回りの管理も回復もどうにかなったはずだったのに。
「あいつのせいだ……あの女が勝手に抜けやがったから……!」
自分勝手な恨み言が口を突いて出る。
だが、本当に俺の心を蝕んでいたのは、凛への怒りだけではなかった。
築五十年の木造ボロアパート、四畳半。
俺は帰宅するなり、近所のコンビニで買ってきた一番安いストロング系の缶チューハイをプシュッと開け、一気に半分ほど喉に流し込んだ。
床には空き缶やコンビニ弁当のゴミが散乱し、万年床からはすえた臭いが漂っている。
「クソッ……クソッ! なんで俺がこんな目に……ッ!」
壁に背中を預けてズルズルと座り込み、残りの酒を煽る。
アルコールが脳を麻痺させようとしても、あの忌まわしい光景だけは鮮明にフラッシュバックしてくるのだ。
中層で俺たちを助けた、経験の浅い初心者パーティのガキども。
あいつらが持っていた、数千円の安物の長剣。
俺の数百万の剣を粉砕したAランクの魔物を、いともたやすく、まるでバターを切るように両断したあの異常な切れ味。
そこに刻まれていた、『Master_Eye』のロゴマーク。
「どいつもこいつもうるせえんだよ! マスターアイだか何だか知らねえが、たまたま運が良かっただけの素人が調子に乗りやがって……!」
空になった缶を、力の限りに壁に投げつける。
カンッ、と虚しい音が響き、隣の部屋から「うるせえぞ!」と怒声と共に壁ドンが返ってきた。
以前の俺なら隣の部屋に乗り込んでボコボコにしてやるところだが、今の俺にはそんな気力すら残っていなかった。
苛立ちと絶望で、頭がおかしくなりそうだった。
俺より弱い奴らが、俺より良い思いをしている。
俺より後から始めたガキが、俺の全財産よりも優れた武器をフリマサイトで数千円で手に入れている。
そして何より、俺がこの手で追放したあの『役立たずの荷物持ち』相馬透。
あいつだって、今頃どこかで野垂れ死んでいるか、這いつくばって泥水を啜っているに違いない。いや、絶対にそうじゃなきゃ割に合わない。
俺がこんなに苦しんでいるのに、あいつが平穏に暮らしているなんて絶対に許せない。
「俺は特別なんだ……俺には才能があるんだよ! ちょっと運が悪かっただけだろォッ!」
俺は酔いに任せてふらふらと立ち上がり、部屋のちゃぶ台の上に転がっていた『赤黒い結晶の欠片』を乱暴に拾い上げた。
ギルドの鑑定士が「価値がない」と吐き捨てた、忌まわしいゴミ。
これさえ億単位で高く売れていれば、俺はまた最強の武器を買って、もう一度やり直せたはずだった。あんな初心者どもを見返して、Bランクに昇格して、大金持ちになれたはずだったのだ。
「こんなもん……こんなもんがあるからッ!!」
やり場のない怒り、嫉妬、絶望、そして自分の無力さから目を背けるための底知れない惨めさ。
俺はありったけの憎悪を右手に込め、その赤黒い結晶の欠片を、部屋の壁に向かって全力で叩きつけた。
ガシャァァァァンッ!!
石の欠片が壁に激突し、粉々に砕け散る。
俺は肩で息をしながら、砕けた破片が床に散らばるのを虚ろな目で見下ろした。
……はずだった。
「……あ?」
砕け散ったはずの破片が、床に落ちない。
空中で静止した無数の欠片たちが、まるで自らの意志を持っているかのように、あるいは血を吸って喜悦に震えているかのように、
ドクンッ。
心臓の鼓動のような、悍ましい音が四畳半の部屋に響いた。