Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~   作:えだのあ

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第28話 祝宴

 地下要塞の広大なオフィスで、俺はスマホの画面をタップし、連絡先アプリ『D・チャット』を開いた。

 画面の向こうにいるのは、日本最強のSランク探索者にして、俺たちの最強の後ろ盾である神宮寺(じんぐうじ)セイラだ。

 

『お疲れ様です、セイラさん。急で申し訳ないんですが、今日の夜って空いてますか?』

 

 送信ボタンを押すと、ものの数秒で既読がつき、スタンプと共に返信が飛んできた。

 

『空いてるよー! もしかしてご飯の誘い?』

 

『ええ。法人設立と新オフィスの完成祝いを兼ねて、パーッとやろうかと思いまして。うちの専務が最高の店をセッティングしてくれました。セイラさんもよければぜひ』

 

『会社作ったの!? 行く行く! 絶対行く! お肉がいいな!』

 

 相変わらずフットワークが軽すぎるSランクである。

 俺が思わず苦笑しながら「場所は後で送ります」と返信を終えると、横からひょっこりと酒井 凛(さかい りん)が顔を出した。

 

「どう? セイラ様、来てくださるって?」

 

「ああ、二つ返事だったよ。肉がいいってさ」

 

「よっしゃあ! さっすが社長! それじゃあ、銀座にある超高級焼肉店のVIP待遇で貸し切るわよ。予算は青天井、今日一日でセイラ様を完全に私たちの『身内』に引き込んでみせるわ!」

 

 凛はガッツポーズをし、意気揚々と店の予約手配に走っていった。

 

 ◇

 

 その日の夜。

 銀座の裏路地にひっそりと佇む、看板のない超高級焼肉店。

 通されたVIPルームは、焼肉店というよりは高級ホテルのスイートルームのような内装で、無煙ロースターの設えられた大理石のテーブルが中央に鎮座していた。

 

「……はぁ、緊張してきたわ。粗相のないようにしないと」

 

 いつものタイトスーツから、少しドレッシーなワンピースに着替えた凛が、テーブルの下で手を落ち着きなく擦り合わせている。

 無理もない。Sランク探索者といえば、この国ではトップアイドルと総理大臣を足して二で割ったような存在だ。俺はすでに何度か会っているから麻痺しているが、一般の探索者からすれば雲の上のバケモノである。

 

「お前が緊張するなんて珍しいな」

 

「当然でしょ!? これからの事業展開は、セイラ様の庇護があるかどうかにかかってるのよ。絶対に機嫌を損ねちゃダメだからね、社長も愛想よくしてよ!」

 

 凛が俺に念を押した、その時。

 

「やっほー! 遅れてごめんね!」

 

 ガチャリと扉が開き、プラチナブロンドの長い髪をふわりと揺らしながら、セイラが満面の笑みで個室へと入ってきた。

 宝石のように澄んだ碧眼を輝かせる彼女は、テレビで見るような重厚な鎧姿ではなく、ふんわりとしたオフショルダーのトップスにデニムという、年相応の可愛らしい出で立ちだ。だが、その場がパッと華やぐような、息を呑むほどの圧倒的な美貌とオーラは隠しきれていない。

 

「い、いらっしゃいませ、神宮寺セイラ様ッ!」

 

 その美しさと存在感に圧倒されつつも、凛がバネ仕掛けのように立ち上がり、見事な九十度の最敬礼を繰り出した。

 

「本日はお忙しい中、私どものささやかな祝宴にご足労いただき、誠にありがとうございます! 私、株式会社アンティーク・アイで専務取締役を務めさせていただいております、酒井凛と申します! 以後は透社長の右腕として、セイラ様のサポートに全身全霊を――」

 

 完璧なまでの営業スマイルと、流れるような口上。

 だが、セイラはぽかんと目を丸くした後、クスクスと笑い出した。

 

「あははっ、そんなに固くならないでよ! 透さんのビジネスパートナーなんでしょ? なら私の友達みたいなものだよ。よろしくね、凛さん!」

 

「り、凛さん……っていきなり名前!?」

 

 Sランク探索者という、雲の上の相手からのあまりにもフランクな呼び方に、凛がギョッと目を見開く。

 

「さ、座ろ座ろ! お肉頼んでいい? 私、今日お昼からずっとダンジョン潜ってたからお腹ペコペコでさー!」

 

 セイラは全く遠慮することなく俺の隣の席にドカッと座り、タブレットのメニューを嬉しそうにスワイプし始めた。

 凛は、自分が想定していた『気難しいトップ探索者への接待』というビジョンが開始十秒で粉砕され、呆然と突っ立っている。

 

「……ほら凛、座れって。この人は、こういう人なんだよ」

 

「あ、ええ……そ、そうみたいね。驚いたわ。テレビで見てた印象と全然違う……」

 

 凛はこんぐらがった頭を抱えつつも、気を取り直して席についた。

 

 しばらくして、テーブルには芸術品のように美しいサシの入ったA5ランク和牛の希少部位が、山のように運ばれてきた。

 

「ん~~~っ! 美味しいっ!! お肉が口の中で溶けちゃう!」

 

「慌てて食べなくても、肉ならまだまだありますからね、セイラさん」

 

「ちょっとセイラ様、それは私が狙ってたシャトーブリアン……! ああっ!」

 

「早い者勝ちだよ、凛さん! んふふ、美味しい~」

 

 最高級の肉の前では、ランクなど関係なかった。

 最初は媚を売ろうと必死だった凛も、セイラのあまりのマイペースさと圧倒的な食欲を前にして、いつの間にかただの『肉の奪い合い』へと発展している。

 

「透くんも食べなさいよ! あなた、一応社長なんだから」

 

「俺は余ったので十分だよ。霜降り肉ってあんまり量食えないしな」

 

「ダメよ! もっと栄養つけて、体力つけて、バリバリ働いてくれないと! 『万物転送の神碑(ヘルメス・リンク)』のおかげで海外への即時納品ルートが確立したんだから、来月は売上千億目指すわよ!」

 

 凛は高級肉を頬張りながらも、ちゃっかりと俺に発破をかけてくる。

 

「そうだよ、透さん。ほら、あーん!」

 

「えっ? いや、自分で食え――」

 

「あ・ー・ん!」

 

 セイラが箸で掴んだ焼きたての特上カルビを、俺の口元にグイグイと押し付けてくる。

 有無を言わさないSランクの圧力(物理的な腕力)に負け、俺が戸惑いながらもそれを受け入れる。

 うん、倍は美味い……

 

 騒がしくも、平和で、とてつもなく贅沢な時間。

 剛田たちに廃棄弁当すら買ってもらえず、安いポーションの残量を気にして怯えていた日々からは考えられない光景だ。

 間違いなく、今が俺の人生の絶頂だった。

 

 だが。

 絶頂とは、落ちる一歩手前の崖っぷちでもある。

 

 ――ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!

 

 突如。

 防音設備が完備されたはずのVIPルームの壁を貫通して、けたたましいサイレンの音が部屋中に鳴り響いた。

 

「っ!? なんだ!?」

 

 俺は持っていたトングを落とし、立ち上がった。

 凛とセイラも、肉を食べる手を止めて表情をこわばらせる。

 

『緊急警報。緊急警報。新宿ダンジョンにおいて、大規模な異常事態が発生。近隣の住民は直ちに指定シェルターへ避難してください――』

 

 街頭のスピーカーから、無機質な避難を促すアナウンスが流れている。

 俺は個室のブラインドを勢いよく開け放ち、窓の外を見た。

 

「嘘だろ……?」

 

 ここからでも見える、駅前にそびえ立つ巨大なダンジョンのエントランスゲート。

 それが、内側からの凄まじい衝撃によって()()()()()()()()いた。

 そして、ひび割れた大穴から、黒い濁流のようなものが次々と地上へと溢れ出しているのだ。

 

「……スタンピード」

 

 セイラが、ぽつりと呟いた。

 その声には、先ほどまでの無邪気さは微塵もない。

 あるのは、圧倒的な強者としての冷徹な覚悟だけだ。

 

 街中に火の手が上がり、悲鳴と車のクラクションが交錯する。

 地獄の蓋が、開いたのだ。

 

「どうして……あんな強固なゲートが破られるのよ……!」

 

 凛が顔面蒼白になり、震える声で窓の外を指差した。

 俺の脳裏に、数日前に凛から聞いた「中層の様子がおかしい」「自分の実力も分かっていない馬鹿なパーティが潜った」という言葉がフラッシュバックする。

 まさか、剛田たちが何かをやらかしたのか?

 だが、今はそんな推測をしている場合ではない。

 

「透さん、凛ちゃん。ここはもう危ない。二人は地下の拠点に避難して。頑丈なの買ったんでしょ?」

 

 セイラは空間収納から『聖剣エクスカリバー』と『アイギスの盾』を取り出すと、一切の迷いなく窓の鍵に手をかけた。

 

「セイラさん!? いくら貴女でも、一人であの数は――」

 

「大丈夫、負けないから。それに、すぐに招集がかかる、一人じゃないよ」

 

 俺に向かって小さく、けれど力強く微笑むと、剣聖は窓を蹴破り、魔物が溢れ返る夜の街へと身を翻した。

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