Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~   作:えだのあ

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第36話 因果応報

Side:剛田 浩司(ごうだ こうじ)

 

「ぐっ、あぁぁぁ……ッ! 離せ! 俺は英雄だぞ! お前ら、自分が何をしてるか分かってんのかァッ!」

 

 アスファルトに顔を擦り付けられながら、俺は必死に踠いた。

 だが、女の細い腕から伝わってくる力は、まるで万力のようにビクともしない。関節が軋み、激痛で涙がボロボロとこぼれ落ちる。

 

「だから動かないでってば、本当にやっちゃうよ?」

 

「うるせえ! おい、そこのガスマスク! 窓口なら、Master_Eyeに伝えろ! 俺が全てを与えてやったんだって……ん?」

 

 地面に顔を押し付けられた状態で、俺の視界の端に、ガスマスクの男の足元と『手元』が映り込んだ。

 男は、俺を見下ろしながら、少し暑そうに黒いタクティカルスーツの袖口を捲り上げていた。

 

 その時。

 スーツの袖口と、黒いグローブの隙間から()()が見えた。

 

 右手首に巻かれた、安い耐火布で自作された継ぎ接ぎだらけの不格好なリストバンド。

 しかも、その端には、三日月型の焦げ跡がくっきりと残っている。

 

「……あ?」

 

 俺の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。

 知っている。あの不格好なリストバンドを、俺は知っている。

 一年前、中層で俺の荷物を運んでいた役立たずの荷物持ちが、俺の防具に飛び火しそうになったファイヤー・スライムの粘液を庇って出来た火傷の跡。それを隠すために、そいつがゴミ捨て場から拾ってきた布でチマチマと縫い合わせていた、あの貧乏くさい手作りのリストバンドだ。

 

『お前、いつまでそんなゴミみたいな布巻いてんだよ! 貧乏くせえから俺の後ろ歩くな!』

 

 俺はあの時、そいつをそう言って笑い飛ばした。

 そんな、世界でたった一つしかないゴミが。

 なぜ、Master_Eyeの代理人を名乗るこの男の腕に巻かれている?

 

「そ、相馬……? まさか……う……そ、だろ?」

 

 無意識のうちに、俺の口からその名前がこぼれ落ちていた。

 ガスマスクの男の肩が、ピクリと揺れる。

 

 まさか。

 そんなはずがない。だって、あいつは戦闘力皆無の無能で、俺が追放したゴミで、持っているスキルだって『真贋鑑定《しんがんかんてい》』とかいうただのガラクタの発掘スキルだったはずだ。

 

「……あ」

 

 掃除、スキル?

 ……ガラクタを、磨く?

 

 熱くなっていた体が急速に冷え、血が上っていた頭が異様に冴えてくる。

 

『この剣、そしてこの盾。これらは全て、ある一人の天才的な職人によって修復・浄化されたものです』

 

 テレビの会見で、セイラが言っていた言葉が脳裏にフラッシュバックする。

 ガラクタを直す、天才職人。

 一万円で俺が売ったゴミを買った、物好きの正体。

 

「あ……ああ……?」

 

 パズルが、今度こそ本物の真実に向かって組み上がっていく。

 Master_Eyeの代理人が、相馬透だなんてそんなチャチな話じゃない。

 

 相馬透こそが、Master_Eyeそのものだったんだ。

 

 俺が『無能』だと罵って捨てた荷物持ちが、世界中が熱狂する億万長者の天才職人。

 俺が『一万円のゴミ』として売った石は、その天才の才能を開花させる最後のピース。

 そして俺は、その男に今、見下されている?

 

「嘘だ……嘘だろ……! お前が、相馬だって言うのか!? あの無能が、Master_Eyeだなんて……そんなの、そんなのあり得ねえッ!!」

 

 気が付けば俺は叫んでいた。止められない。ふざけるな。ありえない。

 俺より下だと思っていた奴が、遥か雲の上の存在になっていた。それどころか、俺の命運すらも完全に握られていたのだ。

 そんなこと許されるわけがない。道連れでもいい、どうにかアイツだけはぶっ殺して──

 

「そこまでだ、剛田浩司ッ!!」

 

 路地の入り口から、数台のギルド調査車両と警察のパトカーがサイレンを鳴らして突っ込んできた。

 重武装のギルド職員たちが飛び降りてきて、アスファルトに這いつくばる俺の腕に、冷たい魔力封じの手錠をガチャリとはめ込まれ、魔力が練れなくなる。

 

「ダンジョン崩壊誘発罪、および高位探索者への襲撃容疑で拘束する!」

 

「離せ! 俺は英雄だ! 俺があいつに石を売ってやったんだぞ! 俺は英雄だ!! 感謝しろよ!! 手柄を横取りした雑魚をぶっ殺してやらなきゃいけねぇんだよ!!」

 

 両脇を抱えられ、護送車へと引きずられていきながら、俺はガスマスクの男に向かって泣き叫んだ。

 だが、男は――相馬は、一言も発することなく、ただ冷たいレンズ越しに俺の惨めな姿を見下ろしているだけだった。

 

「ご協力感謝いたします。神宮寺様と……そちらの方もですね。後ほど、事情聴取にご同行いただけますでしょうか」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 ギルド職員が深々と頭を下げ、相馬が静かに頷く。

 

 その光景を見た瞬間、俺の中で張り詰めていた何かが、プツンと音を立てて千切れた。

 

 誰も、俺の言葉など信じない。

 世界を救った神と、世界を滅ぼしかけた罪人。その言葉の重さは、天地ほどに開いてしまっているのだ。

 

「はっ、ははは……はは」

 

 自分が手放したものの巨大さと、己の犯した罪の重さにようやく気づき……俺の口からは、もはや言葉にならない乾いた笑い声だけが漏れ続けていた。

 

 護送車の冷たい鉄格子の奥へと放り込まれる直前。

 朝日に照らされたガスマスクの男の姿が、どうしようもなく巨大で、手の届かない『本物の英雄』に見えた。 

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