Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
圧倒的なインフレを引き起こした『オープン・オークション』から数日後。
十数兆円という国家予算レベルの売上金が、特A級VIPパスの特権を経由して、無事に『株式会社アンティーク・アイ』のメイン口座へと振り込まれた夜。
俺たちの拠点である地下要塞のメインフロアには、場違いなほど豪勢な香りが漂っていた。
「んん~~~~っ! 美味しいっ! 大トロが口の中で溶けちゃうよぉぉっ!!」
巨大なモニターの前に設置されたテーブルで、
テーブルの上に並んでいるのは、銀座の超高級寿司店から特上で握ってもらった出前の数々だ。大トロ、ウニ、アワビ、そして金箔の乗ったキャビア寿司まである。
「ほらセイラ様、こっちのウニも最高よ! 今日は社長のおごりなんだから、限界まで食べ尽くしてやりなさい!」
「えへへ、凛さんもありがとう! 透さんも、ごちそうさまです!」
凛も最高級のシャンパンを片手に、すっかり出来上がった様子でセイラにウニの軍艦を勧めている。
セイラは出された寿司を、ほっぺたをリスのようにパンパンに膨らませて幸せそうに咀嚼している。ヒドラを一刀両断する最強の剣聖とは思えない、小動物のような愛くるしさだ。凛に勧められて口にしたシャンパンがすっかり回っているらしく、いつもよりずっと隙だらけになっている。
「はい、遠慮なく食べてください。いろいろとお世話になったお礼なので」
俺は熱いお茶を啜りながら、笑って答えた。
数日前の俺なら、一貫数万円もする寿司を前に手が震えていただろうが、今は口座に兆単位の金がある。
金銭感覚が麻痺しているのはあるのかもしれないが、自分や身内のために使う金は全く惜しくなかった。
だが、ふとセイラが箸を止め、少しだけ不満げに頬を膨らませた。
「……ねえ。前からずっと思ってたんだけどさ」
「ん? どうしました? ワサビが効きすぎでしたか?」
「違う!!」
俺が首を傾げると、セイラはツンと唇を尖らせて否定し、俺と凛を交互に指差した。
「『セイラ様』とか『セイラさん』って呼ぶの、ヤダ! 私だけ様とかさん付けで、なんだかお客さんみたいで仲間外れ感がすごいんだもん! あと敬語もやめて!」
「えっ、いや、でも貴女はSランク探索者で……」
「ランクなんて関係ない! 私たちは一緒に東京を救った『株式会社アンティーク・アイ』のチームでしょ!? 上も下もない!」
セイラはテーブルからグッと身を乗り出し、真っ直ぐな碧眼で俺たちを見つめてきた。
アルコールのせいか、雪のように色白い肌にはほんのりと桜色の赤みがさし、潤んだ瞳がとろんと揺れている。普段の凛々しさとは違う、無防備でどこか艶のある表情に、俺は思わずドキッとさせられた。
「だから、これからはお互いに呼び捨て! 私のことは『セイラ』って呼んで! その代わり、私も二人のこと『透』『凛』って呼ぶから!」
その言葉に、俺と凛は顔を見合わせた。
日本のトップに君臨する英雄を呼び捨てにするなんて、セイラの熱狂的な信奉者に知られれば殺されてしまいそうだ。だが、彼女の瞳には「絶対に譲らない」という強い意志が宿っていた。
「……ああ、分かったよ。よろしく、セイラ」
「もう、強引なんだから。よろしくね、セイラ」
俺と凛が少し照れながら呼ぶと。
セイラはパァッと花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに俺の隣にすり寄ってきた。
「うんっ! 改めてよろしく、透、凛! これからは遠慮しないで、何でも私に頼ってね。私、透の専属の護衛なんだから!」
胸を張って笑う彼女の柔らかい肩が触れ、ほんのりと甘い香りが漂ってくる。
こうして呼び合ってみると、悪くない気分だ。
小さなことかもしれないが、ただのビジネスパートナーや利害関係を超えて、俺たちが『本当の仲間』になれた気がした。
◇
やがて、用意していた極上のネタを文字通り限界まで食べ尽くしたセイラは、「もう……お腹いっぱいで動けないぃ……」と幸せそうな寝言を呟きながら、高級ソファに沈み込んでスヤスヤと寝息を立て始めた。
よほど美味しかったのか、みんなで食べる食事が楽しかったのか、寝顔が緩みっぱなしだ。
「……ふぅ。嵐みたいな子ね、本当に」
凛がシャンパングラスを置き、寝入ったセイラにそっとブランケットをかけてやった。
地下要塞に、心地よい静寂が戻る。
「お前もよく働いてくれたよな。今日も一日中、海外の取引先への発送手続きでパソコンに齧り付いてて、寝てないだろ。少しは休めよ」
「休んでる暇なんてないわよ。あのオークションの後処理がどれだけ大変だったか。まだまだやることもあるし……でも」
凛はテーブル席に戻り、手元のタブレットで『口座残高』の画面を表示させた。
「こんな圧倒的な数字を見せられたら、疲れなんて一瞬で吹き飛ぶわ」
凛はふと、いつもの強気な笑みを消し、グラスの底を見つめながらポツリと呟いた。
「ありがとう、透くん。私を……捨てないでくれて」
彼女らしくない、弱々しい表情。そして彼女らしくない真っ直ぐな感謝の言葉に、俺は少し気恥ずかしくなって、後頭部を掻く。
「ど、どうしたんだよ、急に」
「別に……もう普通に生きられるって思ったら、お礼が言いたくなったの。だから、ありがとう」
凛は顔を上げ、俺に向かって、憑き物が落ちたような、とても綺麗で純粋な笑顔を見せた。
「よせよ。俺だってお前には色々助けられてる。俺一人じゃ、どっかでずっこけて終わってた。俺の方こそ、感謝してるよ、凛」
「……ふふっ、そうね。私は世界一優秀だもの」
凛は誇らしげに胸を張り、いつもの調子に戻ると、残りのシャンパンを一気に飲み干した。
「さて! しんみりするのはこれでおしまい! 私は明日からの資産運用と、あのアホみたいに金を持ってる『海外の謎の巨大企業』の調査計画を立てるから、社長は自分の仕事に戻りなさい!」
凛はそう言って再びデスクに向かった。
「自分の仕事、ねぇ」
俺は苦笑して立ち上がり、フロアの隅に設置した俺専用の『作業台』へと向かった。
大金持ちになったとはいえ、俺の根底にあるのはやはり、『ガラクタを綺麗に直す』という原点だ。こればっかりは、いくら口座の残高が増えても変わらないらしい。
俺は左手の『亜空間の指輪』に魔力を通し、先日ギルドの未鑑定品保管庫から譲り受けてきた『報酬』を作業台の上に取り出した。
ゴトリ、と鈍い音が響く。
それは、泥と血錆で原型を留めていない、禍々しいオーラを放つ一本の長剣。
俺の『真贋鑑定』によれば、こいつは意志を持ち、持ち主の魔力を吸って乗っ取ろうとする邪悪な呪いの魔剣らしい。
「さーて……まずはこびりついたドロドロの怨念とサビから、じっくり剥がしていくとするか」
俺は作業台に置かれた高圧洗浄機と、新しく仕入れた業務用の強力洗剤のボトルを眺めながら、ニヤリと笑った。
最強の剣聖と、守銭奴の凄腕秘書。
そして明日から直す予定の、生意気な呪いの魔剣という新たな在庫。
世界を揺るがす大商会『株式会社アンティーク・アイ』の社長としての、騒がしくも清々しい、俺の新しい日常が始まろうとしていた。
――第1章 完――