Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~ 作:えだのあ
第41話 陰謀
海を隔て、遠く離れた異国の地。深夜の静寂に包まれた超高層ビルの最上階執務室は、冷ややかな青白い月光と、無数に浮かぶホログラムモニターの光に満たされていた。
その部屋の主である初老の男は、最高級の革椅子に深く身を沈め、指の間に挟んだ葉巻の煙を静かに揺らしていた。彼の視線の先にあるモニターには、数日前に日本で行われた『Master_Eye公式オークション』の最終落札結果が映し出されている。
総落札額、十数兆円。
出品された三百点に及ぶ伝説級・神話級の武具は、その九割近くが『ある特定のルート』……すなわち、この男が動かした資金によって買い占められていた。
「これだけ露骨に買い漁れば、あちらからコンタクトを取ってくると思ったが……。こちらの正体を掴み損ねたか? それとも、泳がされているのか」
男の低く、重厚な呟きが室内に響く。その声には、思い通りに事が運ばないことへの微かな苛立ちと、それを上回る好奇心が混じっていた。
「申し訳ありません、会長」
影の中から音もなく現れた秘書が、恭しく頭を下げる。
「Master_Eye側の運営は、我々の想像以上に鼻が利くようです。世界中のダミー会社やペーパーカンパニー、数百のアカウントを経由して資金を分散させましたが、不自然な買い占めの動きを察知された可能性は否定できません。……あるいは、単に興味を引くには至らなかったか」
「……こちらを『取るに足らない存在』と判断した、か」
男は不機嫌そうに目を細め、ホログラムの画面を指先でスワイプした。
切り替わった画面に映し出されたのは、新宿ダンジョン前で行われた会見の映像だ。そこには、ガスマスクを被った『Master_Eyeの代理人』の肩を抱き寄せ、マスコミを射抜くような鋭い視線で牽制する――神宮寺セイラの姿があった。
「向こうには『あの子』がいるのは確実。Master_Eye……その保有戦力、および技術の全容は未だ未知数か」
男は椅子から立ち上がると、執務室の奥、分厚い防弾ガラスのさらに先を見つめた。
そこには、ビルの外観からは想像もつかない、冷ややかな空気に包まれた広大な地下研究施設が広がっている。
薄暗い施設の中央。
淡い緑色の培養液に満たされた、巨大な強化ガラスのカプセルがただ一つ、鎮座していた。
数多の生命維持装置のコードに繋がれ、液体の中で力なく浮遊しているのは――まだ十歳にも満たないであろう、幼い少女の姿だった。
その肌は死人のように白く、閉じられた瞼の奥に宿るはずの輝きは、未だ目覚める兆しを見せていない。
「……未だ遠く及ばない」
カプセルの中で眠る少女は、この組織が巨万の富と最新の魔導科学を注ぎ込んで作り上げたものだ。
幾度もの失敗を経てようやく形を成しつつあるものの、本物に至るには、まだ何かが決定的に欠けていた。
「代用品の育成は未だ途上だ。こちらから強引に仕掛けて、機嫌を損ねるのは避けたかったが……計画を前倒しにするべきかもしれんな」
男は吸いかけの葉巻を灰皿にもみ消した。
欲に満ちた瞳が秘書を捉える。
「何より、興味が湧いた。あの神話の武器を蘇らせた技術が本物ならば、我が組織の悲願を達成させるための最後のピースとなり得るだろう」
男はデスクの端末を叩き、一つの宛先を表示させた。
そこには、日本の新興企業『株式会社アンティーク・アイ』の文字。
「直接コンタクトを取る。まどろっこしい偽装はやめだ。直通の隠匿回線で、私の名義でメッセージを送れ」
「承知いたしました。……内容は、いかがなさいますか?」
男は不敵な笑みを浮かべ、短く告げた。
「――『Master_Eye殿。貴社の有する技術、および神宮寺セイラ氏との関係について、直接お話をしたく存じます』。……これだけでいい。賢明な彼らなら、行間を読むだろう」
メッセージ送信を意味する短い電子音が、深夜の執務室に鳴り響く。
欲望と謎、そして海の向こうから伸びる巨大な手が、平穏を取り戻したはずの透たちの日常に迫っていた。