Fランク「鑑定士」の俺、ゴミ捨て場の「錆びた剣」が聖剣だと気づいてネットオークションに出品したら、宝くじ並みの値段で落札された件 ~ボロアパートから始まる、鑑定スキルでの現代成り上がりライフ~   作:えだのあ

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第42話 魔剣

 俺は作業服の袖を捲り上げ、自分専用のワークスペースに立っていた。目の前の作業台には、先日ギルドマスターの東郷さんから譲り受けた『泥まみれの魔剣』が置かれている。

 

 あらためて見ると、凄まじい汚れだ。

 刀身はヘドロのような泥と、何層にも塗り固められた魔物の返り血が乾燥し、まるで化石のようにガチガチに固着している。放っておけば、部屋中が生臭い呪いと悪臭で満たされそうなほどだった。

 

「さて……まずはこびりついたドロドロの怨念とサビから、じっくり剥がしていくとするか」

 

 俺が仕込んでおいた重曹とクエン酸をミックスした特製の洗浄液を入れていたボトルを手に取った、その時だった。

 

 作業台の上で、魔剣がカタカタと不気味に震え出した。

 次の瞬間、俺の脳内に直接、傲慢で突き放すような『声』が響き渡った。

 

『……キサマ……ワタシを……キサマのような貧弱な魔力の持ち主が、気安く触れるな……ッ!』

 

 脳を直接揺さぶるような、鋭い拒絶の意志。

 だが、俺は驚くよりも先に、妙な感心をしてしまった。

 

「おおっ、さすが魔剣。サビだらけのくせに随分と元気だな。よしよし、今ピカピカに洗浄してやるからな」

 

 俺がボトルを構えると、魔剣はさらに激しく震動し、禍々しい黒い霧を吹き出そうとした。だが、積年の汚れが詰まっているせいか、霧はプスプスと頼りなく漏れるだけで形を成さない。

 

『や、やめろ! その怪しげな液体は何だ!? ワタシは数多の英雄の血を吸い、世界を混沌へと――ギャアアアアッ!?』

 

 俺は魔剣の自己紹介を最後まで聞かずに、洗浄液を刀身の根本から先までたっぷりとぶっかけた。

 

 シュワシュワシュワッ!!

 

 重曹とクエン酸が激しく反応し、強烈な発泡作用が巻き起こる。真っ白な泡が、数百年分の泥と怨念を無慈悲に包み込み、浮かせ、分解していく。

 

『ア、熱い! 何だこの白い泡は! ワタシの衣が、ワタシのアイデンティティが溶けていく! やめろ、洗うな! ワタシを清めるなァァァッ!!』

 

 脳内で響き渡る断末魔のような悲鳴。

 喋られるとちょっと可哀想な気もするが、こいつが本来の姿を取り戻すためには、この工程は避けられない。

 

「いいから大人しくしてろ。お前、自分がどれだけ臭いか自覚してないだろ。これでお前も、最高の剣として生まれ変われるんだからな」

 

 俺はスポンジを手に取り、本格的な洗浄に取り掛かろうとした――まさにその瞬間。

 

「と、透くん! 大変よ!!」

 

 メインデスクの方から、凛が血相を変えて飛び出してきた。

 普段は冷静沈着な彼女が、ヒールを鳴らして転ぶような勢いで駆け寄ってくる。その手に握られたタブレットは、激しく明滅していた。

 

「どうした、凛? 俺は今いそが──」

 

「それどころじゃないわよ! オークションで、ダミー会社を使ってウチのアーティファクトを買い占めてた謎の組織……向こうから直接コンタクトが来たの!」

 

 俺の手が止まった。

 泡だらけで悶絶していた魔剣も、凛のただならぬ気配を察したのか、一瞬だけ静かになる。

 

「……っ! 相手は分かったのか?」

 

「眉唾だけど、ヨーロッパの経済界を裏で支配してるって噂の巨大企業グループ『エデン・グループ』よ! そこの会長名義で、会社の一番深い隠匿回線に直接メッセージが届いたの!」

 

 凛はそう言ってから、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 震える手で差し出されたタブレットの画面には、英語で綴られた簡潔な、しかし有無を言わせぬ圧力を放つ一文が表示されていた。

 

『Master_Eye殿。貴社の有する技術、および神宮寺セイラ氏との関係について、直接お話をしたく存じます』

 

 画面を見つめたまま、俺の背筋に冷たいものが走った。

 エデン・グループ。

 ただの金持ち企業の買い占めかと思っていたが、わざわざこちらの隠匿回線を特定して直接送りつけてくるあたり、彼らの情報網と技術力は、ギルドのそれすら上回っている可能性がある。

 

「……セイラのことまで把握してるのか」

 

「どうするの、透くん。これ、絶対にただの商談じゃないわよ。セイラにも話しておくべき?」

 

 俺はソファの方をチラリと見た。そこではセイラが、昨夜の疲れからか、まだ無防備に眠り続けている。

 

 セイラを名指ししている以上、このメッセージは、彼女とも無関係ではないのだろう。

 

「いや……今はまだいい。セイラを起こすのは、もう少し状況を整理してからにしよう」

 

 俺は凛の手からタブレットを預かると、一度画面を消した。

 そして、まだシュワシュワと音を立てている魔剣へと視線を戻す。

 

「凛、このメッセージを、ギルドに報告してくれるか? 東郷さんにも内密で調べてもらおう。返信は……すぐには返さなくていい。反応を見よう」

 

「……分かったわ。でも、向こうはかなり強気よ。気をつけて」

 

 凛が不安げな表情を残してデスクへ戻った後、俺は再び魔剣に向き直った。

 

 海の向こうからの巨大な圧力。そして、セイラの周囲に漂い始めた不穏な気配。

 せっかく、スタンピードを切り抜けたばかりなのに、気が休まらない。

 

「……おい、聞いてたか魔剣。どうやらお前をノンビリ磨いている時間は、あまり無さそうだ」

 

『はあはあ……フ、フン、ニンゲン同士の権力争いか。く、下らないな』

 

 魔剣は泡にまみれながら、声を震わせながら答える。

 悪態はついてくるが、はじめと比べると抵抗らしきものもない。

 

『だが……いいだろう。キサマの覚悟、ワタシの刃で確かめてやる。だから早く……早く!! このシュワシュワするやつを洗い流せ! ワタシの自尊心がシュワシュワと消えてなくなる前にッ!!』

 

「分かった。じゃあ、一気にいくぞ」

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